174 先々代からの信頼がなかったでした
「そして、これも頭の痛い問題だけどね。ランカ領主が、荒廃した領地に恵みを与えたおかげもあり、国内随一の富みを恵む領地になるだろうと、姿なき賢者様が託宣しやがったのさ」
子供捨てる問題も宰相閣下によれば、頭の痛い問題だけども、女王国の影の立役者でもあり、国の道筋を照らす託宣を与えてくれる姿なき賢者=上位精霊の恩恵が今回は悪い方向へ導いてしまったらしい。
養護院の助成金を着服横領しているせこい貴族の名は既に判明している。
今は、有能な官吏と騎士団総出で、証拠集めの真っ最中。
王城で働く料理人や庭師といった一般職から侍従や侍女や女王付きの女官といった上級職に至るまで、捕縛対象者の貴族に縁があれば精査の対象になるので、王城内もやや騒がしくなっているそうである。
まあね。
基本的に、王城内で見聞きした事柄を、身内にでさえぺらぺら喋ったりしてはならない決まりがあるのは常識だろう。
王城内で勤務する法衣貴族や大臣クラスの貴族であれど、それは誰にもあてはまる。
王城内の一般職に採用されるには貴族の保証人や推薦状がいる訳で、便宜を図って貰ったお礼に王城内の噂話程度なら漏らしてもと考える一般職の人間がいて、それを罰すると下働きの成り手がいなくなり人手不足を危惧した管理者が、見てみぬ振りをしている場合もあったりする。
ただし、保証人の貴族に何らかの査察が入るとか、騎士団が捕縛に向かうだとか、噂話では済まない事態の緊急性ある内容の話題を、件の貴族に内密に連絡した場合は、その貴族を逃亡させたり、物的証拠を隠滅させたりする可能性が高いゆえに、ばれた時点で重い罰則が課せられる。
まあ、そうした事態も姿なき賢者には通用しない。
逃亡先を逐次報告され、隠滅したはずの物的証拠は再現される。
騎士団が捕縛に向かう前には、既に足留めされているか、何なら無抵抗よろしく捕縛されていたりする。
女王国の影の立役者たる精霊達の暗躍は凄まじいわ。
で、宰相閣下が言いたいのは、最近子供を捨てる親が続出している事態に対して、その立役者の精霊達が、私の領地が国内随一の豊穣の土地になると宣言しちゃった事と。
私がある養護院の子供達を保護して、仕事を与え、教育まで施してあげていると自慢しちゃったのが、真逆の事態を引き起こしてしまった、と。
王都にも、親に見捨てられた子供や、冒険者ギルドに所属して無茶をやらかし働けない身体になった大人が暮らすスラム街がある。
大貴族のバウルハウト侯爵家の領地にも、どうしても行政の手が行き届かない地区があり、最低な暮らしを余儀なくされている家庭や孤立している人がいる。
そうした人達の受け皿になっているのが、神聖国の支援である神殿だったり、まともな人材が派遣されている聖母教会だったりする。
けれども、その神殿や教会も全ての支援が行き渡る訳でもないし、働かなくても支援されると分かると寄生するだけになり、人は堕落する。
堕落した人間を更正させるには、時間と無駄な出費が重なる。
支援されないとなると、堕落した人間はこれまでの支援を享受したにも関わらず怒りの矛先を向ける悪循環を産む。
定期的な炊き出しや物資の支援は、良く考えて行わないとならないのが難点だ。
まあ、女王国ではユーリ先輩が施政に打ち出した、支援法が唯一まともに機能していて、スラム街の子供や働けない身体の大人達にも、最低限の暮らしが出来る制度があり、冒険者ギルドと商業ギルドもその機関に多大な寄付金を納めているのだとか。
「まあね、私等王城の人間も寄付金は惜しみ無くしているよ。だけどね、この度の託宣はランカ領地の名をあげてしまった。先の祝勝会でランカ領主が誰もが知らない希少な装飾品やドレスを披露した。穿った見方をすれば、ランカ領主は莫大な資産を所持しているのではないか。そんな、領主がいる領地になら子供も保護して貰える、教育だって施してくれる。万が一にも、気に入った子供がいたら後継者にだってなれるかもと期待する親が現れても仕方ない状態になってしまったんだよ。しかも、税金を納めてくれない領民を移住者として押し付けようと浅はかな魂胆をした貴族が、託宣に後押しされて出てきてしまったんだ」
「大叔母上は、この問題にかかりきりになってね。カイゼル領地の新領主に関しては、自分が対処しようと仕事を肩代わりした結果が、アリス嬢がご立腹なさる結果になってしまい、申し訳なかった」
アリスは、不機嫌そのものの表情を隠そうとせずに、私に抱き付いたままでいる。
うちの子達が、アリスが抱き付いているのを容認しているのは、アリスの感情を慮っての事で、珍しく沈黙している。
まあ、お子様ズは頬を膨らませているけどね。
留守番していた筈のお子様ズ。
フィディル辺りに中継されて、来ちゃったよ。
「ヘンドリックス伯爵は、領地経営も無難に行い、以前は領民に慕われる領主だったが。溺愛している娘が治療成果が効をなさない、余命が宣告されたせいもあってか、人が変わったといって差し支えない悪徳領主に成り下がった。治療費を捻出する為の増税に加え、前領主の取り巻きであった商会につけこまれ、人身売買も黙認して賄賂を受け取りはじめた」
ベルゼの森に逃げ込んだ兄弟は、目を付けられた親が苦肉の策に逃がした結果だった。
いや、済まぬ。
てっきり、親から逃げてきたと思っていた。
しかし、私が保護してしまったから、これからは逃がす方式が増えてきそうだな。
「それについては、治安維持に問題があると称して、騎士団を派遣する草案を議会に提出してある。近いうちに騎士団が動くよ」
「カイゼル領地に関する騒動に巻き込んだ事は、深くお詫びする」
「あと、もう一つの問題だけどね。ヘンドリックス伯爵が、溺愛する娘の治療方針を王城へ相談してくれなかった件も分かってきたよ」
「どうやら、溺愛している娘は単なる病ではなく、呪詛されているみたいだね」
「我が国において、治療困難な病人が現れたならば、初代女王陛下が残された教本から病や呪いを浄化する万能薬のポーションを、定められた金銭を対価に下賜する仕組みがあるんだがね」
「何故か、ヘンドリックス伯爵はそれを頑なに拒否している。調査してみたら、以前ライザスの町に現れた高名な治療師を秘密裏に探しているようだ」
ああ、私か。
邪の大精霊のグレイスから、私に関して箝口令を徹底するように、誓約魔法で縛った薬師だったか治療師が拷問の末亡くなる事件が起きたっけ。
どうやら、正体が判明しない治療師として探されているんだ。
やはり、治療困難な病人が出た場合も、王城に報告したら支援はされる。
しかし、ヘンドリックス伯爵は拒否した。
何故に?
王城に届ければ、溺愛する娘助かるんじゃないか。
助けたくないのに、増税してお金を入手する意味がわからんが?
「これも後ろ暗い事があるかと調査した結果、判明したことだが。先々代の女王のやらかしが、王城を頼りに出来ない大きな刺が背景にあった」
ユークレス卿曰く、ヘンドリックス伯爵の祖母は当時美貌に優れ性格も穏やかで、社交界にて既婚者ながら信望者が列をなすほど、人望があった。
当然、気にくわないのが当時の女王で、話題や衆目を独占する祖母君を敵視していた。
些細な失敗で夫を閑職に左遷し、領地も遠く離れた地に鞍替えさせて社交界に出れないようにした。
が、信望者は女王を非難して、少ない味方であった貴族も離れていった。
棚からぼたもち的に女王になれただけで、先々代の女王は人気がなかった。
守護者も中位精霊であり、錬金術の腕も今一つ。
ヘンドリックス伯爵の祖母が病であり、女王のみが錬金調薬できるポーションの下賜を願っても、はなから作成できはせず。
必要な素材がないからと嘘つき、のらりくらりと要請を無視していた。
素材がないならとヘンドリックス伯爵の祖父と息子は自費で購い、王城へ持参した。
そこで、漸く女王が作成できない事実が明るみになり、またヘンドリックス伯爵の祖母を憎んでいたのも知った。
ふざけるな、と激昂した二人に追い討ちがかかる。
領地でポーションを待つ祖母が敢えなく死去した。
看取る事ができなかった恨みも積もり、以降ヘンドリックス伯爵は女王が二代代替わりした式典も祝辞だけ送り、出席はしなかった。
成る程ね。
悪質な手口に翻弄されたら、信頼は無くすわ。
だから、当代ヘンドリックス伯爵も王城へ報告して要請を出さなかった訳である。
そして、自力で治療師を見つけようとしているのか。
「当代ヘンドリックス伯爵は、王城が絡まない限り無害な人物なのだが。どうやら、ライザスの町に現れた治療師に関係する詐欺にあっているのも判明したのだが。ユークレス家が縁戚であれど、治療師に話が及ぶと聞き入れてはくれない困った状態になってしまっているんだ」
「ライザスの治療師として、ヘンドリックス伯爵が目を付けているのがライザス領主の筆頭女王候補だよ。その詐欺師は彼女に仲介すると偽り、多額の金銭を請求し、何度か劣化版な万能薬や上級ポーションを渡しているらしく、ヘンドリックス伯爵の信頼を得ている」
うわ、何て汚いやり方だ。
最初は効能あるポーションを惜しみ無く渡して、信頼を得てから財産をむしりとろうとしているのが透けてみえる。
こりゃぁ、シェライラと一緒にヘンドリックス伯爵家に突撃しようかな。
『マスター。その際には、目眩ましに司祭の同行を』
『それから、彼の枢機卿猊下にも話を通しておくべきかと存じます』
ああ、はい。
そうだね。
要相談しますよ。
だから、背後で視線に圧をこめないでってば。
絶対に忘れないから。
ほら、相対している宰相閣下とかユークレス卿とかが、自分が怒らせていると勘違いするから、止めなさいな。
アリスまで、固まったから。
はよ、止めなさい。