173 女王陛下に呼ばれました
はい、領地問題で代官のフォードさんと対策を練った話し合いをしてから数日後。
嵐の大精霊で女王陛下の守護者エルシフォーネが、申し訳なさそうな表情をして女王陛下からのお手紙を持参してやって来た。
まあ、その内容が推測できていたので私に否はなく、王城に参内した。
今回は、以前案内された女王陛下の執務室に、フィディルに繋いで貰った。
宰相閣下に内密にとの事だったので、女王陛下が直に話たいのだろうと思われた。
「ミーア様! この度は、緊急にお呼びだしして申し訳ありません」
「いえ、女王陛下の臣である身故に、参内に応じるは臣の務めでありますから」
「むぅ。確かに、ミーア様には我が国の爵位や領地を、私の名により叙爵や任命しましたけれども。ミーア様は臣下ではなく、私の相談役であり、私より多数の守護者の主人でもありますから、私の女王位よりも上位なお方です。ああ、悔しいです。貴族院の過半数は、ミーア様を私より上位の地位に就いていただきたいと、相応しき地位を用意しましたのに。頭の固い古き血筋の方々に反対されたが為に、それが叶わなくなった事が恨めしいです」
ええーと。
本来なら、女王陛下の執務室とか宰相閣下の執務室とか私室とかを訪うと、扉前には護衛の騎士なり兵士なりいて、訪問者が正式な手順を得て訪問した旨を示し、許可をえているのを認められたら、室内にいる秘書官さんか補佐官さんに訪問者の取り次ぎをしてから、漸く室内に入れるといったやり取りがある訳で。
エルシフォーネが直に、女王陛下の執務室に繋いでいいと頼まれたので、その手順を丸っと無視して私達(私の護衛役のフィディルとファティマ込み)は、執務室に入ってしまったのである。
てっきり女王陛下一人だけと思い込んだ私も悪く、室内に女官さんと秘書官さんがいて、取り次ぎなしに室内に入ってきた私達を警戒されたんだよ。
なので、私から訪う際の手順を無視した無礼を詫びようとする前に、女王陛下が自ら駆け寄ってきて頭を下げようとしたので、慌てて私も臣下の礼式に則った口上の挨拶をしたのだが。
どうも、お気に召さず。
頬を膨らませて、女王陛下は愚痴をこぼした。
いや、まあね。
最初に私が女王陛下の相談役に就任する際も、爵位もなく無位無官の身分も怪しい人物がと、爵位に固執する貴族上位主義的な方々から反発があったのは知っている。
それを、女王陛下は、王位就任時に三回だけお願いを叶える権利を行使して、領地無しの法衣貴族として子爵位を私に賜せ、相談役にと貴族院の了承をもぎとった。
宰相閣下も、私が六柱の大精霊の守護者持ちであり、休眠状態の三柱の大精霊も保護している、大精霊に支えられている女王国として、私を他国に渡す訳にはいかないと指示し、ついでに私がエルネスト枢機卿猊下の後見持ち人物であると、暗に口喧しい貴族を黙らせた。
女王国が建国した時期より、女王国を庇護してくださるエルネスト枢機卿猊下の機嫌を損ねる訳にもいかないというのが、喧しい貴族達が黙った共通意識だったりする。
神である過保護な人外さんより、隠れた姿の枢機卿の方が怖がられているとは、普段の人外さんを知る私には今一理解しがたい。
ああ、サーナリア国で冷徹な一面を見せて貰ったが、あの状態がエルネスト枢機卿のデフォルトな姿なんだろうね。
そういや、私に何かしたら破門が、付いて回っていたな。
何名か、容赦なく破門してたわ。
そりゃあ、怖がられるわ。
で、そんな怖がられる後見人がいる私を、貴族院は女王相談役に任命し、以前は警戒というか、もしかしたらエルネスト枢機卿猊下が女王国が庇護に値するか調査させる為に派遣したのではと、距離を取られたもんだ。
が、実際に近寄ってみたら、調査なにそれ、それより領地くれてありがとうございます。
美味しい野菜収穫しましたから、お裾分けしますね。
次回からは、安値で購入してくださると、ありがたいです。
あ、それから。
初代女王の遺産や錬金術の教本に間違いがあるので、正しいの渡しますね。
残された遺産ですけど、大半がガラクタです。
正式なアイテムはこれですから、これからはこうした方がいいですよ。
的な、対応したら、毒気を取り除いてしまったらしく。
今や、貴族院のご意見番の長老さん達にまで、相談役を果たしてしまっていたりする。
目下のところは、女王陛下の王配問題だがな。
それから、六柱の大精霊が守護者だからか、相談役が女王陛下より上位の地位にと、格を上げようと画策されたりしている。
こっちは、女王陛下がおっしゃる通り、私が女王陛下より上位になったら困る方々がいて頓挫しているけどね。
反発している貴族達は、希少な虹色真珠だったり、縫製不可能なドレスだったり、まだ何か隠し持っている本当に希少価値が高い資産を、女王陛下が命じて私に譲渡か献上するのを期待している。
だが、残念ながら、女王陛下は国が再建不可能な災害に見舞われ、莫大な資金が必要にならない限りは、私に無心したりしないと宣言してるぞ。
よって、フィディルによる、そんな未来は遥か先にあるかないかでしょうと言われてるので、多分出番はないのだろう。
「女王陛下。では、余人が場にいない席では、友人として対応致しますので、今は呼び出しの一件が終了するまでは、臣下として扱いくださいませ」
「……分かりました。お約束ですよ。私的な場では友人として対応してくださいね。それでは、バーシー伯爵。私がお呼びした件についてお話致します」
おーい。
臣下として扱いなさいとお願いしたのに、まだ私を上位扱いしますか。
女王陛下自ら、執務室の机越しに対応するのではなく、来客用のソファを勧めてきますよ。
女官さんも何気に私が何者か理解されたか、作り笑いではない笑みでお茶とお茶菓子出してくれたしね。
「事の発端は、宰相閣下の守護者のご立腹にありました。私は宰相閣下が勧める人物ならと、カイゼル領地にヘンドリックス伯爵を領主に任命し、承認致しましたが。思いもよらない事態が判明し、ミーア様の領地にも被害が及んでいると聞きました」
「被害といいましても、税金の増税で一家離散し、見捨てられた子供を保護しただけですが」
「いいえ。一報が入った折り、宰相閣下は甥であるユークレス卿を査察に向かわせましたところ、看過できない策が始まろうとしておりました。フェルナンデス伯爵は、衰退している聖母教会と手を組み、ミーア様の領地に武力介入しようとしておりました。正直、私の感想は、幾ら強者の武力を有していたりしても、ミーア様ならばたちまち鎮圧してしまうお粗末な結末になるだろうと」
女王陛下の視線が、ソファの背後に控えるフィディルとファティマに向けられた。
うん。
ベルゼの森を一直線に突き進んで来ようが、迂回して来ようが、結末に代わりはないな。
我が領地には、他領地からのいわれなき侵略に対する大義名分があるから、反撃に応じて処罰されたりはしない。
むしろ、好き勝手荒らされたりしたら、領主失格の烙印を甘んじなくてはならず。
下手したら、爵位剥奪だってあり得る。
新米貴族で、領地開拓は始まったばかり。
領地を守る私兵はいないだろうと、油断されているそうだが。
冒険者ギルドランカ支部ギルド長のお姉様や、商業ギルドランカ支部長のテオドールさんは、着々と領地の自警団組織を作り上げているし。
何より、ロンバルディアの獣人さん達も不審者制圧に意欲的なんです。
おかげで、ランカ領地の平穏は、移住者さん達が来る以前の水準までに戻りつつある。
どうせ、武力介入しようと画策する貴族なりが他にいたりしても、事前に報告してくれる心強い味方がいるしねぇ。
計画を練った時点で宰相閣下辺りにも報告されて、実行させる前に捕縛が目に浮かぶ。
だから、女王陛下の感想も間違いなかったりする。
「この度の事態は、事前に終息させましたが。先にも述べましたが、宰相閣下の守護者がご立腹となりました。そのご立腹な感情に釣られ、眷属の精霊も宰相閣下と甥のユークレス卿にお仕置きを敢行してしまいまして、ミーア様に取りなしていただきたいと、ご足労を願ったのです」
「分かりました。なら、アリスと話させていただきます」
火の大精霊アリス。
火の性質か暑苦しいまでに、曲がった事が大嫌い。
何ら無関係な精霊や気に入った人間が、迷惑かけられていたら、お仕置き紛いな報復を辞さない。
今回は、宰相閣下やユークレス卿の推薦した人物が暴走したせいで、私に迷惑があったとしてご立腹なのだろう。
果たして、女王陛下はエルシフォーネに頼んでアリスを呼んで貰ったら、何故か件の宰相閣下とユークレス卿まで現れた。
ああ?
アリス、何やっちゃったの。
宰相閣下とユークレス卿を見て、私は絶叫したくなった。
だって、二人とも見事なアフロ髪してました。
「アーリースー。何、やらかしてんの」
「だって、だって、ミーア様に、顔向けできないやらかしした、お仕置きをしないと、この二人です。ミーア様を、都合のよい駒扱いにしないと限りません。お仕置きは、必然なのです」
あかん。
アリスのマスターが、宰相閣下では相性不足だったか、役不足だったか。
話題を変えようか。
「宰相閣下にお聞きしたいと思いますが。子供を捨てる親がいたり、治療困難な病に対する制度だったり、機関ってないのですか」
「この姿を見てみぬ振りしてくれて、ありがたいね。前者は養護院が初代女王陛下が国の公共事業とした制度だったが、建国間のない女王国では、不慮の事態で親を亡くした子供しかいなかった。それが、どこをどう間違いが起きたのか、現在はどこぞの勘違い馬鹿な貴族が、強要した関係で望まれない子供の受け皿としての養護院として認識し、勝手に子供を捨てる。そうした前例が周知されてしまい、一般庶民もなさぬ仲の子供を捨てる行為が頻繁した。国営の養護院は、手厚く保護できるし、将来の職の斡旋もしているよ」
ただし、貴族が子供を捨てるから一般庶民も捨てる悪循環が増え、国営の養護院だけでは、捨てられた子供を救えなくなってきた。
大黒柱を失い、泣く泣く子供を捨てる母親はまだまともな部類。
再婚に邪魔な子供を捨てる親が続出して、国営の養護院では足りない。
助成金を出すから、領地には最低二つは養護院を保有する制度が法律で定まったも、その助成金を着服して養護院の運営に消極的な貴族がかなりを占めて、挙げ句に民間の養護院に頼らざるを得なくなった昨今。
民間の養護院に支払われる助成金をも、領主がくすねる始末。
近々、大鉈を振るう予定だそう。
そっか、ならばエバンス司祭に相談して養護院つくらないとね。
これで、また還元できる資金の行方ができた。
しめしめ、よい口実をくれてありがたいね。