167 面談·アルバレア家でした
「で、この建物が、急拵えの仮役場?」
「ええ、そうです。仮役場です。苦情は、バーシー伯の守護者殿にお願いいたします」
噴水広場を起点に四方を、神聖国の教会、冒険者ギルド、商業ギルドときて、正面に領民の皆さんが陳情できる役場を仮にレオンが建てたのだったのだが。
どこが、仮の役場やねん。
赤煉瓦造りの二階建ての仮役場は、外観はライザス領主のシェライラが住まうお屋敷のミニチュア版だった。
まあ、出入口は大柄な人でも余裕で頭を下げなくてよい二メートルは優に越す観音扉で、力の弱い子供が駆け込んできたら開けれるのかと疑問が湧いた。
「私も初見で、子供が開けられないのではと思いましたが。五歳児が楽々開けられる事は確認済みです」
成る程。
良く視てみたら、扉にちゃっかり重量軽減付与されてるわ。
それから、悪意ある人物は扉を開けれない仕掛けも施してあった。
うん。
後、役場内からは、覚えがある気配もある。
「これも、事後報告になります。バーシー伯のお屋敷の家妖精のクリスさんのお身内が管理してくださっており、私が不在中は彼が役場の対応をしてくださる手配となっております」
私がゲーム内で知り合ったブラウニーは、クリスとアンジーとノエルだけ。
その三人以外のブラウニーを、私は知らない。
多分、召喚師であったダレンが召喚したブラウニーなんだろうな。
案の定、仮役場に入ると、クリスに似た容姿の青年に出迎えられた。
「お帰りなさいませ、ミーア様。そして、改めて自己紹介致します。自分の名は、リヒトと申します。容姿から見ていただくとお分かりになるかと思いますが、ミーア様のお屋敷にてお仕えするクリスの兄でございます。自分を召喚したのはダレン様でございますが、お仕えする方はミーア様と誓約を課しております」
玄関口の広間にて、優雅にお辞儀をして恭順を明かすリヒトは、無駄なく私達を一階にある応接室に案内した。
いや、まだ私は挨拶を返してないのだけどねぇ。
クリスの兄にしたら、少し無作法過ぎやしないかな?
「……リヒト」
「はい、守護者様。自分は、何か失態をしでかしてしまいましたでしょうか?」
それはもう、セレナばりに低い声音が絶対零度を含んだ威圧感を、フィディルが醸し出す。
「マスターに会えて弾む心は分かりますが。君は、マスターの挨拶を受けなくて良いと思われているのならば、マスターにお仕えするには不適応と判断しました」
「! そ、それは、大変申し訳ございません。あまりにも、ミーア様にお仕えできる嬉しさのあまり、無作法致しました。大変申し訳ございません」
フィディルの指摘に、顔面蒼白になったリヒトが土下座、いや五体投地して謝罪してくる。
うん。
リヒトに私を侮る意思は全く感じない。
言葉通りに、単純に浮かれていたらしい。
「マスターに、会えて嬉しいのはエスカも分かるよ」
「ぼく達飛びついちゃったしね」
「……マスターに、会えて嬉しい、分かる。でも、先走りは駄目」
「お前、そんな性質だから、本屋敷に配置できなかったんだぞ」
「少し、アンジーに再教育して貰ったらいいですわね」
「ひいぃぃ。それだけは、ご勘弁を。アンジーの再教育だけは、二度も三度も受けたくはないですぅ」
エスカ、ユリス、セレナ、レオン、ファティマに次々とお小言をくらうリヒト。
最終的に泣きが入り、エスカとセレナに宥められるというていたらくを披露した。
何でも、アンジーのお仕え教育はスパルタ方式だそうで、笑顔で毒を吐きまくり、時にはクズを見るような視線で物理的教育的指導が入るというのが判明した。
いや、まあ。
アンジーって、見るからに華奢な体型だから、与し易い隙があり、破落戸な輩に絡まれる率半端ないんだよねぇ。
だから、私が痴漢対策にと、父親直伝対処方法教えたら、家から離れられないブラウニーが外出するわ、町でナンパ野郎を撃退するわの活動をして、目の当たりにしたプレイヤーがアンジーを運営のお仕置きNPCと勘違いされたっけ。
あれは、その噂を終息させるクエストにまで発展して、私達が対処する大仕事だったわ。
何故に、アンジーのAIがあんな風になったかをやらかしたのは、勿論ダレン・グレイスコンビだったという落ちがねぇ。
知った途端滅多に怒らないエララが、ダレンを説教したのには驚いたさ。
「二度はありません。同じ間違いはしないように」
「はい、分かりました。肝に銘じます」
「では、案内の続きを」
「はっ。では、ミーア様。移住者の代表達がお待ちです。後、教会の聖職者と両ギルド長さんもです」
「はい? 今日会う予定だったの?」
あっ、馬鹿な発言した。
今日は、視察に来たんだった。
そりゃあ、代表者と顔合わせするよな。
「はい、バウルハウト家はアンナさんが付き添いを。アルバレア家はご長男がいらしてます。ロンバルディアの方は、先の騒動で狼の部族が代表になられたそうです」
「もしかして、随分と待たせてた?」
「いえ、元々本日は、何やら各三移住者ブロックの細かな取り決めをする会談でしたから、領主様にも同席を願ったりだとかで、皆さん自主的にお待ちになってます」
ありゃ、ならアンナマリーナさんもいたりするのかなぁ、と思った。
はい、案内された会談の部屋はブラウニーの家魔法を駆使した、絶対に外観からはあるはずがないだろう広々とした会議室だった。
「皆さん、お待たせして申し訳ありません。こちらの方が、ランカ領主バーシー伯爵です」
先に安全を確保する為、フォードさんが入室して私の到着を知らせる。
私が姿を見せたら、皆さん揃って頭を下げて出迎えられた。
幾ら、私の種族が長命種族でも、外見年齢は未成年ですから。
身の丈にあわない爵位を叙爵されたけど、十代の小娘です。
皆さんの方が年齢的にも、人生経験豊富な先輩ですよ、と弱い本音は言えんわな。
「初めまして。縁があり女王国にて伯爵位を叙爵された新米貴族のミーア=バーシーです」
「代官のアイザック=フォードです」
フォードさんに促されて上座に就く私。
その隣に代官のフォードさん。
うちの子達は、隠行してます。
私が入室した瞬間に、代表の皆さんは起立して一礼、私の許可待ちしたので着席を許可する。
ああ、年輩の方に命令するのに、貫禄や威厳無くて悪いわぁ。
いたたまれませんが、顔はポーカーフェイスで無難に乗りきれたか?
アルバレア家代表は、アンナマリーナさんの上のお兄さんのアレイスタさんに、アレクシスさん達三兄妹と移住者の代表で日焼けした素肌に引き締まった無駄な贅肉がない農家の方だろう。
バウルハウト家代表は引退した元騎士さんと内政に詳しい文官さんらしき方が。
ロンバルディア国の代表は、何と先の諍いで私が捕虜にした狼の部族の方と熊の部族の方が。
微妙に距離を取り固まって座っていた。
会議室にありがちな大きなテーブルを挟んでではなく、諍いを起こさない配慮で、三グループに分かれていた。
まあ、各場所にはミニテーブルが置いてあり、軽食と飲み物が既に配られていた。
「では、私から自己紹介で構いませんか?」
「はい、構いません」
「我も依存はない」
口火を切ったのはアルバレア家側。
用意してあった書類の束をリヒトが受け取り、フォードさんへ。
何せ新米貴族、書類の内容次第では、私が分からないままにしていたら、せっかく移住してくれた方々に迷惑掛けそうなので、確認して貰ってます。
ついでに、リヒトは私とフォードさんの軽食と飲み物を準備してくれた。
「確かに、記載されている方と移住者の内容はあっておりますが。この持参金はどういった意味でしょう?」
「はい、代官様の疑問は当然のこと。此度の移住者の受け入れに関しては、そちらから金銭的支援は受けないとありました。ですが、現状アルバレア家後継者並びにその次代のお子様達の保護、我が家の妹と護衛の騎士をバーシー伯は滞在許可されております。そちらに記載されている持参金は名目上はそうしてありますが。先のロンバルディアとの些細な行き違いによる諍いを治めてくださいましたお礼金であります」
「それにしては、金額が多すぎではないかと」
「その件は、そもそもバーシー伯が先の諍いの礼を一切受けとらなかったせいで、我が領地に差し出す金がないと思われ、領民が自発的に集めたお金だ。受け取ってくれないと、こちらも困るのだ」
アレイスタさん曰く、私が金銭目当てに先の諍いに関与した訳でないので、復興やロンバルディア国へ寄付して上げてと断った話が曲解されて美談になったらしく。
なら、領民が代わりにお礼しようと少しずつ集めたら、大金になったとか。
「幼い子供がお手伝いをして得た銅貨一枚を、お礼にと渡されて断るなんてできないだろうが」
アレクシスさんも領民の子供の善意をむげに扱えなかったという事か。
しかし、銅貨が千枚以上あったり、銀貨が数千枚あったので、持ち運ぶのに苦労するから両替して持ってきたと。
ああ、万能なアイテムボックス持ちのアンナマリーナさんがいないから、銅貨銀貨を千枚単位で運ぶには、幾ら武門です一族とはいえ、お金の魔力、要は数枚抜いても分からないだろう的なやらかしがあったら身の恥。
醜聞を避ける為両替はした。
いや、教えてくれたら、こっちから出向いて受け取って……、いや何やかんやと理由付けて受け取らなかったかな。
まあ、いいや。
受け取ったお金の使い道は、アルバレア家に還元してやろうっと。
さしあたり、ロイド君やエメリーちゃんに、アミュレットでも作成して物理・魔法防御効果付与しておくか。
その代金に使わせてもらおう。
余ったら、変装魔道具付けて低価格露店商販売敢行するか。
でないと、貯蓄貯まる一方だしね。
「細工師。何か企んでない?」
「いいえ。このお金の使い道に、税金免除後の資金の足しになるかと、考えただけ」
「あー、そっか。数年は税金免除だった。でも、既に数年は一気に納められそうなお金貯まってそうだけど?」
「うーん。でも、万が一とかあり得そうだしねぇ。それか、治安維持の人員給与に充てるとするかな」
アンナマリーナさんには、見破られてそうな気配だが。
正直、お金の使い道に悩む日がくるとは、日本人の私にはあり得ない未来だったのさ。
漸く、悠々自適なスローライフが送れそうなのに。
人外さん。
私がスローライフ送れるのはいつですか?
フィディルに聞いてみたいなぁ。