159 奇妙な精神体男性がいました
〈えーと。なんで、俺様達をやっつけに来た輩達が、泣いてんのか知らないが。ちょっくら、俺様達を無視すんの、止めてくれない?〉
あっ。
私がやらかした案件が酷すぎたせいで、ベネディクトさん達パーティーや護衛の二人を危うく処分という名の、実質死刑宣告を受けなくてはならなくなったのが回避され、安堵した皆さんが泣きはじめたのには、心底反省致します。
うちの子達のフォローがあるも、私も魔法師さんの説明とフィディル経由の精霊王の申告に、盛大に間違いをおかしたと思った。
でも、なんだろう。
幾ら、苦手なゾンビが大量出現したから、ちまちま魔物を駆逐していくのに飽きたからといって、ほぼ初対面の人や知人から紹介された人達の前で大技をぶちかますまでいったのは、やりすぎだよなぁ。
聖属性魔法は希少分野だから、気をつけるように忠告されていたはずなのに、何故私はぶちかましたんだろう。
内心、もやもやして気分が悪い。
この辺りの事情は、人外さんに相談した方がよいかも。
うん、十中八九、いや確実にお説教はされるだろうから、甘んじて受けて、それから相談しよう。
〈だからさぁ、いい加減。俺様達無視すんなよぅ〉
ちょっと言い訳できない醜態晒してへこむ気分をよそに、ベネディクトさん達パーティー仲間でもなく、護衛の二人でもなく、うちの子達でもない〈声〉を耳にする。
しかし、聞こえているのは、ベネディクトさんと私しかいなくて、放置されている。
ベネディクトさんは、仲間の魔法師さんから私がやらかした案件の危険性に注意がいっているので、聞こえているが素通りしている状態で、まれに視線を〈声〉が聞こえてくる方向へ向けるが、視えてはいないみたいで空耳だと判断したかな。
で、私は視えても聞こえていても、あえて無視していた。
広範囲に呪詛瘴気を浄化したおかげさまで、最奥に鎮座する祭壇には、それはもう禍々しい呪詛の本体が認識できた。
ただ、依り代となっているのがねぇ。
鑑定したら、精霊樹の若木(呪詛の本体)とあれば、ベネディクトさんも認識したくはないのだろう。
それから、若い二十代前半ぐらいの男性の精神体が呪詛を纏い、祭壇に腰掛けて私達に話し掛けてきている。
まあ、祭壇周囲にはヒト型をした全身真っ黒な塊が何人か存在している。
推測するに、呪詛本体を浄化しようとしたサーナリア国王が派遣した王室の男性か、付き添いの聖職者辺りか誰かなのだろう。
呪詛本体に取り込まれ、自我が残されているのには驚嘆に値する。
それか、呪詛本体があえて苦しめるために自我を残して、足掻いている姿を堪能しているのかもだけどさ。
〈あー、あっちのがたいの大きさ二番目のヤツが、次の生け贄か? それとも、さっきあれが呪詛の本体の奥底に隠れる程、力を有したお嬢ちゃんが漸く、俺様達の悲願を達成してくれる救い手さんかなぁ〉
「ちょい待ち、次の生け贄って、何それ」
聞こえているはずの私とベネディクトさんが反応しないでいたら、祭壇の男性が独り言をぼやいた。
その内容に、看過できない発言があったので、思わず突っ込みをいれてしまった。
〈おー。やっぱ、聞こえてるじゃないか。俺様、呼び掛けても反応ないんで、どうしようかと思ったぞ〉
「バーシー伯爵?」
「ベネディクトさんは、聞こえてますよね?」
「あ、ああ。はっきりとは聞こえてはないが、何やら声がするなとは思った」
「祭壇周囲に、何があるか視えてますか?」
「いや、あまり近付きたくはない、漆黒の塊があるのは認識できてはいる」
「確かに、真っ黒な何かがあるのは俺にも見えるが。シュミット?」
「自分には、祭壇中心には呪詛本体と思わしき依り代が、うっすらとは見えるが。声、意思を持った存在がいるとは分からない」
〈そりゃあ、俺様達が認識できるのは上級の聖職者の中でも枢機卿クラスだろうしな。聞こえるヤツは俺様達の血筋の人間で、多分だが国王の庶子辺りか、かなり血が薄れた傍系のヤツだろうな。で、本命のお嬢ちゃんは地上世界に干渉しない天翅族辺りの子だろうな。あれか、枢機卿が無理強いして放り込まれたクチか?〉
やけにフランクな精神体の男性である。
しかも、事情通なんだが。
どうなってますかいな。
ベネディクトさん側は、すわ呪詛本体が現れたのか緊張感に包まれ、先程安堵のあまり弛緩した身体を一気に臨戦態勢に戻した。
成り行きを見定めていた護衛の二人も、油断なく警戒心を漲らせる。
〈うんうん。あれが引っ込んだといっても、この場の主導権はあれが握っているからな。敵地で油断したのは、いただけないなぁ。でも、女の子がいるからあれが消滅するのも時間の問題だわな。で、生け贄だっけ〉
「はい、その生け贄の内容は国王さんも把握してなかったと思われます」
〈あー、だからかぁ。俺様が生け贄になってからは三名しか生け贄にならなかったのは、途中で口伝が途絶えたか〉
がしがしと人間らしく頭をかきむしる精神体の男性の面影は、現在のサーナリア国王よりマーガレット妃さんとジャスミン王女に似ている。
要は、呪詛を最初に行ったエプスタイン公国の家系とみる。
であるなら、彼等はエプスタイン公国が歴史改編でサーナリア国とエプスタイン公国の王室が変わったのを知らない?
しかし、それなら生け贄の存在の意味合いは?
呪詛を強化する為にではなく、抑制する意味合いで捧げられた?
〈生け贄ってのは、その名の如く。精霊姫の代理で精霊樹の果実の豊作祈願と銘打って、この呪詛の怒りを鎮める玩具になるんだよ。生け贄が捧げられた数年間は、呪詛は本分を無視して俺様達生け贄を虫けら扱いして、ありとあらゆる手段で希望と絶望を味わわせ、生かさず殺さずで玩具にしては溜飲を下げるのさ。そうして飽きたら、いい感じに負の感情に呑み込まれた生け贄を取り込んで、思い出すんだ。呪詛がどうして生まれたか、呪詛の役目が何たるかをな〉
平然と淡々と説明してくれるが、胸糞悪い悪意満載な生け贄の成り立ちだ。
表向きは精霊姫の支援と騙し、名誉あるお役目だと持て囃し、本当は生け贄扱い。
おそらく、この生け贄制度を利用したのは改編される以前のサーナリア王室だ。
散々、兄弟国のエプスタイン公国を下に見下し、呪詛の反撃を食らってなお、責任逃れして弱者を生け贄に捧げ、呪詛を抑制しようとした。
が、度重なるサーナリア国の態度に切れたエプスタイン公国は、最終的に王室の乗っ取りという歴史改編をしでかすまでに至った。
それが、生け贄制度の終了となり、呪詛は玩具の生け贄がいなくなり、本領発揮とばかりにサーナリア国王を傀儡にし、サーナリア国を破綻させる行動に入った。
ただ、誤算なのは、世界の安定と調和を維持する枢機卿さん達がいて、背後で呪詛対策の諸々の支援をし、サーナリア国が破滅しないよう奔走していた点にある。
また、呪詛を産み出したエプスタイン公国の血筋がサーナリア王室に入り、何らかの誓約があり徐々に傀儡への抵抗をみせる国王が現れるようになったのもあげられる。
現に、当代のサーナリア国王さんは、傀儡にならんと抵抗をし、傀儡になった場合の対策をマーガレット妃さんに託していた。
正妃さんにも詳細を語っていたら、また違った結果がでていたかもね。
だが、呪詛側も正妃さんに固執する影武者を利用して、阻んでいた可能性が高いのもあっただろうから、どちらにしても傀儡に不適格として軟禁の果てに命を喪っていたな。
「済まない。では、貴殿は生け贄に捧げられたサーナリア国の王室に連なる方でしょうか。自分は、当代国王の庶子にあたり、当代精霊姫の父方の異母兄で、母方の叔父にあたる」
〈ん、ん? これは、また何ともややこしい血筋だな。近親婚姻によるもんか〉
「正確に説明すれば、自分の母は当代国王陛下の閨教育過程で自分を身籠り、王室に知らせることなく自分を産んだ。異父姉は、精霊魔法師だったが為に、呪詛の傀儡の影響で精霊姫を産む母体にされた」
〈はん、成る程。どおりで、最近は精霊姫の資質が落ち、精霊樹の呪詛汚染浄化がままならない状態に陥り、あの変な呪術師紛いの女が呪術本体に接触できた訳か。俺様達も、単に生け贄として弄ばれただけではないからな。呪詛が、王城外に流出するのだけは邪魔してやったが。あの女と師たる男がいたせいで、ここ何代かの精霊姫が代替わりする期間が短かっただろう。生け贄が捧げられるのが途絶えたのも、口伝が遺失したせいだと思うが。精霊姫の資質、資格の有無も忘れられたが、正確か〉
「精霊姫に就任するのに、資質や資格がいるのか? 現在は、サーナリア国王の王女でしか、精霊姫には就任できないとある」
ベネディクトさんの質問に、精神体の男性は呆れた様子で肩を竦めた。
きっと、歴史改編で多くの真実が遺失したに違いない。
〈始まりの精霊姫は精霊樹に寄り添い、祈りの力によって果実を実らす役割りだった。しかし、サーナリア王室がいつからか呪詛されるようになると、呪詛から王室を守護する役割りも担う事となった。要するに、呪詛をその身で一身に受け入れ、精霊樹の浄化能力で相殺するんだ。けれども、俺様が生け贄に捧げられたのは、精霊姫が早世し、肩代わりする精霊姫がいない為に、呪詛を代わりに肩代わりする名目で生け贄制度ができた。これは、推測にすぎないが、精霊姫は早世したのではなく、幼き身で呪詛を肩代わりして受け入れられなくなった精霊姫を、枢機卿が解放したのだと思う。当時、国王だった父と枢機卿が盛大に口喧嘩したと又聞きした〉
そっか。
人外さんも、呪詛の原因がサーナリア王室にあり、幼き精霊姫に肩代わりさせた王室を許せなかったんだろう。
だから、精霊姫を役割りから解放させて、元凶の人物が甘んじて受け入れて精算させようとしたのかも。
サーナリア王室も、次の手段を講じて逃げた。
ダレンが関係しただけで、人外さんがサーナリア国を今日まで放置したのを、らしくないやり方だと感じたのは、根底に救ったつもりが新たな犠牲者を出していたから、更に次の救いの手を差し伸べかねていたからか。
もしかしたら、悪い方向へと悪循環となる手段を慮り身動き取り損ねたのも、あり得そうだな。
だから、私といった異世界から転生した呪詛の対抗手段を用いるファクターの存在で、問題が解決に至るのではないかと賭けをしてみた可能性が大とみた。
どうやら、その賭けは大いに有効性があった。
精神体の男性は、あれが奥底に隠れたと言った。
本能的に、呪詛は私には勝てないと判断した訳である。
ならば、ご期待には応えてみせよう。
口許を不敵な笑みが描いた。