147 謁見をしました
私の治癒魔法と回復ポーションで、衰弱していたサーナリア国王は状態異常を回復できたけれども、長話は堪えた様であの後睡魔にあらがえず眠りについた。
なので、場所を代えて正妃さん達と軽く打ち合わせをした。
というのも、明日愛娘の治療に訪れた他国の貴族である私と国王が謁見を望んでいると、人外さん演じてるエバンス司祭がひょっこり離宮にやって来た。
うん。
謎の力で誰にも不審がられずに離宮にやって来るとは、人外さんも腹に据えかねてましたか?
「いやぁ、自称国王の腹心たる侍従長とか名乗った人物が、先触れなしに部屋に入ってくるから、何事かと思いましたよ。詳しく聞けば、謁見してやるからこの時間に大広間に来いとの事でした。いやぁ、あんた何様ですかと、お説教したくなりましたよ」
はい、人外さんはかなりお冠でした。
表情は笑ってるが、目は笑ってない。
暗に、何様をのさばらせているのは、誰かと正妃さんに詰めよってますなぁ。
寝耳に水の正妃さんは、顔面蒼白で謝罪の言葉を口にして頭を下げている。
フィディルからの註釈で、エバンス司祭はエルネスト枢機卿猊下の懐刀として有名で、司祭が見聞きした事案は枢機卿猊下に筒抜けであるとの認識だそうだ。
あー、そりゃあそうだ。
本人だしね。
人外さんがエバンス司祭の名を借りている時は、本物のエバンス司祭が枢機卿猊下の振りをしているとあれば、エバンス司祭も相当な実力者なんだろう。
「大変、申し訳ございません。現在のサーナリア国の内政は、わたくし派と国王派とセヴラン王子派に分かたれ、統率や規律が遵守されておりません。その謁見も、国王派の独断専行によるものかと。わたくしが、お止め致します」
「ああ、構いません。ちょっと、興味が湧きましたので自称国王に会いたいと思います」
「ミーア君?」
「バーシー女伯爵様?」
「あのですね。あちらの本物の国王様を拉致ってきた前に、自称国王とニアミスしました。それで、かなり馬鹿な発言されていたので、やり返そうかな、と。又、十中八九私狙いのセヴラン王子も何かしてくるのは確実なんで、私の後見人であるエルネスト枢機卿猊下が、サーナリア国に干渉できる理由を作ろうかと思いましたし。いい加減、サーナリア国とエプスタイン公国の蟠りを払拭する手助けしようかなぁとも、考えました」
「うん。それで、本音は?」
エバンス司祭はいい笑顔を向けてきた。
私が挙げた理由の裏を読んだらしい。
「ぶっちゃけますが。今回の問題点は、サーナリア国一国のみが精霊樹の恩恵に与り、精霊への信仰が薄れてきていると、うちの守護者を経由して精霊王から見定めを頼まれたんですよね。
そこで、お尋ねしますが。今現在、サーナリア国内にて精霊魔法師の資格を有する人材が何名いるか、ご存知ですか?」
サーナリア国は精霊王から精霊樹を託され、精霊との親和性が高く、精霊との契約を交わし、加護を得て精霊魔法師とまではいかないまでも、程度の差はあれ、国民は精霊魔法を行使できる環境にあったが為に、精霊信仰も厚く、精霊大国の呼び名があった。
しかし、エプスタイン大公家がサーナリア王室へと改編されてから、精霊はエプスタイン王室が醸し出す呪詛の怨念に引き摺られないように身を守り、サーナリア国から離れていった。
まあ、呪詛に負けない高位精霊や役目を与えられ精霊王の守りがある中位精霊は、サーナリアからは去ってはいないが。
下位精霊はこぞって避難したせいで、一般庶民から精霊の恩恵が喪われた結果に繋がった。
その事態をおさめる要因に、大精霊が建国に助力した女王国が、精霊を集めたせいだと責任転嫁した過去があったりする。
悪評を立てられた女王国だったけど、エルネスト枢機卿猊下による、
「精霊は束縛出来ない自由な本質があり、人の損得勘定の思想には頓着はしない。例外は、守護者を認定する聖母教会だが、あれも長くは続かない組織となり、いずれは破綻するか、精霊に見放されるであろうから、放置して構わない。ただし、聖母教会が女王国内にあれど、組織経営は別物であり、女王国を批判される理由にはならない」
と公言された。
だからか、精霊がいなくなった原因は聖母教会といった一組織であり、女王国は関係がないとの認識をされていて、サーナリア国民の敵愾心は聖母教会に向かった。
ここ数代の女王は愚物だったが、それ以外の女王は惜しみ無くサーナリア国民の要望に応えていて、心象は悪くないそうだ。
そうして、敬愛する精霊姫を襲った呪いの治療に派遣された女王国の治癒師(精霊魔法師は秘匿されている)には、感謝の念しかないとかで。
滞在中のおもてなしにと、国民の皆さんが喜んでいただけそうな品々を献上されているらしい。
いや、でも私の手元には一切届いてないですけどね。
検閲でもしてるのか?
と、思っていたら。
まさかの、腐った貴族どもや王宮勤務の文官や武官が着服していたとはねぇ。
どこまで、サーナリア国の貴族や職員は、愚かな事をやらかしてやがりますか。
また、大抵の輩どもが、自称国王派と、王子派なので、この際粛清したらいいんじゃね?
といった事柄を踏まえて、念入りに打ち合わせした。
ほんでもって、翌日の謁見に挑んだ訳だが。
自称国王に頭を下げるなんて、誰がするかっての。
武器を取り上げられた護衛のアーガストさんとアレクシスさんは、私の態度にいぶかしんでいたけども。
同席していた人外さんINエバンス司祭も同様な態度だったので、口を閉ざしていた。
「貴様、他国の貴族の分際で、我が国の国王を敬わないとはな」
「まあ、無理もないでしょうな。確か、生まれは平民出身の女王が統べる歴史も浅い野蛮な国の、元は平民の貴族。礼儀を知らんのでしょうな」
好き勝手、嘲笑してくる国王派の貴族だがな。
ステータス確認してみろ?
人外さんによる破門の情報が上書きされてますぞ。
親切に教えてなんかやらんがな。
礼儀作法は、アンナマリーナさんに厳しく教えて貰っとるわ。
中身が男性のアンナマリーナさんだが、外見は高位貴族令嬢なんで、淑女のマナーは完璧に叩き込まれてますよ。
私とエメリーちゃんや、元養護院の女児の先生してるときは、違和感なく令嬢してた。
ストレスとか大丈夫なのか聞いてみたら、遠い目しては最低限の義務と理解ある母親の教育をあげつらう敵に対抗したいがために頑張ったんだそうである。
そういや、わらび餅さんだった時も、周りへの気配り人間だったな。
話が逸れた。
で、私が娘を助けて云々、有り難みを含まない、私を値踏みする視線で語る自称国王に阿る必要性は感じないや。
自称国王の隣に座する正妃さんと、強制的に出席させられているベルジニア妃さんも、自称国王が偽者だと知ったせいか、冷気を漂わせ自称国王を拒絶してますが?
「発言よろしいでしょうか?」
「なっ、国王陛下のお言葉を遮るなど、許しがたき暴挙。陛下、こやつと女王国には、謝罪を要求致しましょう。なに、彼の国へは、偉大なる精霊様がおられますからな。見返りに、偉大なる精霊様を引き渡して貰うのが筋かと」
「うむ、一考の余地もあるか。大臣よ、早急に手配するがよい」
「あのさぁ。許しがたき暴挙って、そっちの身分詐称による事柄は許されるんですか? それから、他国の貴族を招聘して、王城に到着するなり薬入りのお茶を出されたり、夜這いする王子がいるお国柄は、外交的に許される案件ですか? あまりにも、常識がない事態が有りすぎて、我が国の宰相閣下と外務大臣に問い合わせてみましたけど。どちらも、あり得ない事柄だと返事が来ましたし。後見人のエルネスト枢機卿猊下も、お冠でしたよ」
「えぇ、はい。バーシー女伯爵様に対する、サーナリア国の接待は私も猊下には、報告しました。返答は、暫し待て。だそうです」
「「「「「なっ!?」」」」
私の反論に、自称国王や国王派の貴族がこぞって、顔色が悪いセヴラン王子と王子派の貴族と取り巻き達を見る。
あらま。
両派閥の意志疎通は為されてないのか、まあ自称国王は演技だと思われるがな。
注目を浴びたセヴラン王子は、最初に会った元気さというか自信溢れる自分偉いんです覇気がない。
傀儡にありがちな意思や自我が薄い人形みたいな呈で、沈黙している。
うんうん。
見事に呪詛まみれですなぁ。
自称ではないサーナリア国王が傀儡に向かないと判断されて、意思を持つ呪詛の塊はセヴラン王子に乗り換えたのだろう。
今現在は乗っ取りの最中で、他事に関心がいかないとみた。
「セヴラン殿下? ご容態がお悪いのか? それとも、無知蒙昧な戯れ言を宣う輩に、何かされましたか? なれば、女王国は我が国と敵対すると受け取られますなぁ」
「お止めなさい。その、虚言を吐く口を閉じよ。不快である」
「正妃?」
「……正妃様は、御嫡男の殿下のご容態を案じられないのですか?」
「嫡男と、そなたは言うが。わたくしが陛下の御子を産んだのは、亡くなった王女が一人のみ。その王女を産んだ後に、どこぞの貴族が祝いと称して献上した茶葉を飲み、毒味の女官と二人して毒を盛られたがために、次子を産むことが叶わなくなったが。貴殿は、それを忘れたか?」
「何だと? 正妃、それは真実か。我は、知らされておらぬぞ」
「陛下、それもおかしな話でございますね。我が身が毒に倒れた場には、陛下が同席しておられましたが? わたくしのこの発言も虚言と申されるならば、宮廷医師を皆罷免為されるがよろしいかと、進言致します」
正妃さんに固執している自称国王が、ぼろを出した。
さあ、正妃さんも参戦して来たぞ。
反撃が始まった。
国王派の貴族の何名かが、自称国王の発言に目を瞬かせている。
正妃さんが倒れた場に居合わせていたのかも。
「な、ならば、セヴランは誰が産んだ?」
「さあ、わたくしは知りませぬ。先代国王陛下より、生後間もない赤子をわたくしの子として育てよ、と命じられました。恐らく、セヴランは先代陛下のお子なのでしょう。王室の系譜には、セヴランはわたくしの養子とありますが。陛下は確認されておりませんでしたか? わたくしは、陛下も交えて枢機卿猊下立ち会いのもと、養子縁組致しましたけれども。それさえ知らぬ貴方は、わたくしが婚姻したセリオン陛下ではないご様子ですわね。では、問いますが、貴方は何者ですか?」
正妃さんは静かに語らい、自称国王を追い詰めていく。
答えに窮する自称国王は視線をさ迷わせ、ある人物を視界に映すや、喜色満面で大声をあげる。
「ダフネ。この場にいる者達を支配せよ。そして、記憶を書き換えよ」
謁見の広間の隅に控える侍女が一人、場にそぐわない真っ赤な口紅を施した唇が弧を描く。
緩やかに邪悪な呪詛を練り込んだ魔力が、広間を包み始める。
漸く、呪術師の登場か。
さあ、第二幕の開始の鐘が鳴ったけど、そうはさせん。
手始めに、その魔力浄化してあげようではないか。
私の背後でファティマが、頷いた。