014 対面しました
「では、本日の朝議を始めます」
会議室に、ややハイテンションな女王ちゃんの声が木霊した。
上座に女王ちゃんと、斜め後ろに私が座る。
背後には守護者のエルシフォーネとファティマにフィディル。
一段下に宰相閣下とアリス。
横長の机の左右には大臣以下役職付きな貴族達が並ぶ。
おかしなことに女性の姿がない。
女王国なんだから、もっと女性優位な会議かと思っていた。
ふむ。
なんだか、歪な予感がしてならない。
宰相閣下に工房を突撃されて出てきた女王ちゃんは、隈の浮いた顔を窘められて意気消沈していた。
そんで、選民意識のない女官に頭から洗われ、朝議の数分前には準備が終わった。
その時間足るや、一時間もかからなかった。
凄いプロ根性だわ。
女官さん、半端ないわ。
私に無礼を働いた女官とは違うわ。
と、感心していたら、女官を束ねる女官長さんだった。
食堂での騒動を謝罪された。
初代女王陛下の愛弟子とはいえ私は平民に当たるので、気位の高い女官は側には寄せない配置をしていたそうなのだけど、フィディルを見初めて口説こうとして近付いたと白状した。
フィディルを見たら、すげなく、
「断りました」
の一言で終わった。
彼女はファティマが守護者とは認識していたが、フィディルは雇われた護衛だと信じていたらしい。
女性の守護者は女性体だとの、聖母教会の教えに誤りがあるのを認めたくない派のようだ。
しかも、一人に一柱の守護者。
複数付きは有り得ない。
固定観念を覆すのは、大変だね。
初代女王陛下の守護者が複数なのも、知らないでいたよ。
まあ、レットとレッタは表には出ない裏方を務めていたから、仕方がないか。
ジルコニアだけが、ユーリ先輩の傍らにいたんだよなぁ。
それが、聖母教会を増長することになろうとは、ユーリ先輩も思わなかっただろう。
うちの子達は仮初めでも仕える気はなく、他の四柱だけでこの国を支えてきた。
今年に入り、三柱が揃ったのは希だった。
何かの予兆で、よくない出来事が起こる前触れだと、聖母教会は吹聴して守護者の試練に高額なお布施を要求していた。
全国各地から、不評の嵐だったようだけどね。
今日の議題は、まさしくその問題について話し合われる予定でいた。
何しろ、聖母教会発祥の地はこの国だから、槍玉に挙げられるのは女王の責任論である。
馬鹿じゃね。
部外者の私から見たら、聖母教会を野放しにしてやりたい放題やらかさせてきたのは、貴族連中にも責任はあるんだけどさ。
女王ちゃんだけ責めるのは、お門違いだわ。
「女王が平民だから」
「そんな、弱腰でどうする」
「やはり、女王には貴族令嬢ではないと」
「女王選出評議会を発足したら」
「聖母教会は、女王の命令に従っただけ」
黙って聞いていれば、言いたい放題なんだけどさ。
我慢の限界だわ。
「ユリスー」
「はあーい」
「頭が熱くなってきている人達に、冷たい水をあげて」
「はあーい」
「ミーア様⁉」
ざぶん。
「「「「ぎゃあ!」」」」
私の膝にユリスが現れ、お願いした。
私が精霊魔法を使用するより、ユリスに頼んだ方が精度があがる。
温度も指定出来るしね。
ユリスも快く返事をして、女王ちゃんと宰相閣下以外の頭上から、冷たい水が滝の如く落ちていく。
うん。
そりゃあ、見事に全身濡れ鼠である。
「「ミーア殿。何故に自分も」」
朝議に出席していた、外務大臣(シェライラ父)と国防大臣(宰相甥)も濡れ鼠。
疑問を投げ掛けてきたが、あんた等も同罪だ。
一言も、女王ちゃんを擁護しなかっただろうが。
反論しようとする女王ちゃんを押し止めていた宰相閣下にも、落としてやろうかと思っていたけど。
宰相閣下は、現実を私に教えてくれたのだ。
女王を戴くこの国の貴族が、女王を蔑ろにしていると。
なら、貴族にも現実を見せてやろうではないか。
「はい、注目。この度、女王専属の相談役に就任したミーア=バーシーです。話を聞いてくれなさそうなので、実力行使しました」
ユリスを抱えて立ち上がる。
私を知る大臣二人以外は、何故に部外者がいるか不審に思っていただろうから、挨拶してみた。
冷たさに震える貴族が、ぎゃあぎゃあ煩いけど、容赦はしない。
「聖母教会発足者の愛弟子でもあります。ので、責任取って、聖母教会が独占秘匿してきた守護者制度を停止しました。復旧の見込みはありませんので、悪しからず」
「き、貴様がマスター権限とやらを、持つ輩か‼ 歴史ある聖母教会を何だと思っている。直ちに、儂にマスター権限を寄越せ」
法衣を纏う豚、いやいや肥え太る聖職者が喚く。
おっさん。
脂肪の塊で耳迄、塞がっているのかな。
威厳の失せた姿で喚いても無駄。
私は、怒っているのだから。
「あはは。豚が何か言ってる」
「ぶっ、豚だと! 小娘がよくも聖母教会の頂天たる儂を侮辱したな。今すぐ、守護者を剥奪してやる!」
「あはは。可笑しい。聖母教会の頂天が豚だなんて、可笑しすぎる」
「貴様、小娘が、二度も儂に豚だと、言ったな。女王! 宰相! 不敬罪だ。小娘を捕らえて尋問せよ」
指の数だけ嵌めている指輪が、ギラギラ輝いている。
あれ、嵌まって外せないと見た。
法衣にも金銀の装飾が為されていて、権力を誇示している。
一介の聖職者が女王や宰相に命令して、聞いて貰えると判断しているなら、よっぽどの愚か者だよね。
案の定、女王ちゃんははらはらと、宰相閣下は泰然と態度を表しているけど、命令はしない。
「あはは。馬鹿じゃないの。たかが、一教会の聖職者が女王や宰相に命令している方が、不敬罪だと思うんだけどな」
「な、何を言うか。聖母教会あっての女王国だ。女王より、儂の地位のが高い」
「はい、ダウト」
ある意味、堂々と言ってのけるのは、凄いね。
だけど、違うんだよ。
聖母教会の頂天にいるなら、発足理念に精通してないといけない。
「聖母教会の理念は、迷える女性の味方。精霊の良き友。守護者の導き手。清貧たれ。清廉潔白たれ。その後に、何て続くか知ってる?」
「ふん。民の僕たれ」
「あんたの何処が、清廉潔白で、僕なの?」
笑いを止めて、睨み付けた。
「自分の姿を鏡で見てる? とても、清貧でなく、肥え太り、着飾り、聖職者に見えないよ」
「確かに、バーシー嬢の言われる通りだね。聖母教会は、何時から女王を軽視し、阿ねることを止めたか、お分かりで? その割には、女王の威光で随分とお金儲けに走っているらしいね」
「宰相閣下まで、そこな小娘に感化されているとは、嘆かわしい。守護者よ。聖母教会の名において、宰相と小娘の縁を切る。聖母教会に戻られよ」
私の追求に援護射撃が入るも、豚さんはめげない。
到頭、守護者にまで手を伸ばしてきた。
が、守護者は沈黙している。
まるで、豚さんが人の言葉を喋りはしないと、疑ってはいない。
「き~~。守護者。儂を誰だと思っている。聖母教会の頂天の地位にいる教会長だぞ。儂の言葉に従え‼」
「まあ、フィディル。豚さんが、人の言葉を喋っているわ」
「新種の豚でしょう。市場にだせば、高値で売れますかね?」
「ユリス。あの豚さんは食べたくない」
「聖、時空、水の。あれは、豚さんではないわ。新種の人よ。食べたら、お腹を下すだけよ」
うちの子達のボケに、アリスが突っ込みを入れた。
大抵は、常識精霊のレオンが突っ込みを入れるのだけど、生憎と客室で捕り物中である。
エスカと二柱で、何処ぞの輩と遊んでいた。
セレナは、ダミーの荷物をお守りしている。
ユリスが教えてくれた。
きゃはは、とエスカが笑う声が聞こえてきそうだ。
「主が主なら、守護者も守護者か。ええい。儂自ら、壊してやるわ‼」
やるだけ、無駄だと思うよ。
豚さんが魔力を集めて、魔法を行使しようとする。
初級の火救程度では、守護者は壊せない。
壊せるのは間違いだらけの教本で作製された、守護者擬きだけである。
豚さんの手の平の中に小さな火が灯る。
危険は感じないので余裕綽々でいたら、女王ちゃんが動いた。
「エルシフォーネ。風の魔力を私に」
「いいえ。守護者たるワタシが、殲滅します」
こら、エルシフォーネ。
殲滅してどうするかね。
止める間もなく、エルシフォーネの繊手が伸ばされた。
「小竜巻」
「ファイ……うぎゃぁぁぁ」
豚さんが、宙に舞う。
それは、凄まじい回転で縦横斜め後ろに、舞っている。
かなり、エルシフォーネもご立腹だったようだ。
「汚物を撒き散らすのは、良くないですね」
会議室の窓が全開して、竜巻が移動していく。
面倒くさそうに、窓から放り出される豚さん。
「皆様。主を侮辱されるなら、嵐の大精霊たるエルシフォーネがお相手致します。充分に発言には注意なさることです」
「右に同じく。火の大精霊アリスも、容赦なくお相手致しますわ」
大精霊発言に、大臣貴族がざわめいた。
女王・宰相の守護者が、大精霊だとは認知されていなかった。
これは、本人達も知らないでいたからしょうがない。
エルシフォーネは器の不整備と聖母教会の罠により、中級の精霊魔法しか使用できてはいなかった。
アリスは宰相自身が中級魔法しか行使出来ないので、主に合わせていた。
唯一、風のジルコニアが大精霊だとは、代々の女王に受け継がれていたらしい。
今代は、ジルコニアより上位のエルシフォーネが顕現した為に、女王候補筆頭位に収まっている。
大臣以下貴族は、ジルコニアが主を女王位に推さない意味を把握はしていなかった。
シェライラも敢えて、口外せずに沈黙を保っていた。
まあ、口外したら中級精霊魔法しか行使出来ないエルシフォーネを疑い、女王ちゃんとの契約を破棄させていただろう。
と、情報を集めてきたうちの子達の推測である。
「それで、話を戻すけどね。聖母教会が何て言って来ようが、守護者制度は停止したままだから。って言うかね、守護者を選定していた大精霊が休眠したから、どだい無理な話なんだよね」
「大精霊の休眠からの復帰は早くて二月です。これは、推測ですから期限が長くなる可能性も有ります」
「では、大精霊が休眠から目覚めれば、守護者制度は無くならないと?」
豚さんのお付きな聖職者かな。
地味目の法衣を着たお爺さんが発言した。
「それは、不確定要素が聖母教会に溜まりに溜まっているから、何とも言えないね」
暗に、豚さんを揶揄してみた。
思い至ったのか、お爺さんは黙る。
私はね、赦しはしない。
善人ぶっても、今更だ。
聖母教会の発足理念を、悉く反する聖職者を出現させた。
その責任を、私はとる。
だから、痛み分けで聖母教会も責任逃れはさせない。
始まりの理念に回帰するか、欲を捨てきれずに泥に塗れるか、試させて貰う。
さあ、どうする?