136 花と呪詛の真実は?でした
ベルジニア妃さんに連れられて客室を出ると、護衛役のアーガストさんとアレクシスさんに、ちょっと野暮用がと何処かへ行ってしまっていたエバンス司祭さんと隣室で合流した。
「お客様方には、こちらの不手際大変申し訳ありませんでした」
「いやいや、お妃さん達は悪くはないでしょう。バーシー伯爵を篭絡しようと指示されたのは、サーナリア国王でしたからねぇ」
ベルジニア妃さんの謝罪に、呑気な声音で返答するエバンス司祭さん。
護衛役の二人は、しかめっ面での抗議にとどめていた。
どうも、二人の接待はぞんざいな扱いだったらしい。
フィディルからの報告だと、お茶だけだして放置。
自国の窮状を他国の貴族に解決して貰いに呼んだ癖に、その貴族を篭絡とか、護衛を正当にもてなさないなんてあり得ない状況を国王が黙認しているのは、助ける気なくすわ。
「バーシー伯。御身は大事ないだろうか」
「君に万が一にも何か起きたら、我が家の妹に役立たず認定されるのは、ありがたくない話だよ」
「あー。まぁ、出されたお茶に何か怪しい薬が入っていたのが分かったので、一切口をつけてはないですが。少々、不快でしたね」
「でも、飲んでも耐性あるから意味なかっただろうね。ただし、その場合はうちの上司の枢機卿猊下が、こちらの教区の枢機卿猊下共々に引導渡しちゃうから、飲まなくて正解だったね」
アーガストさんとアレクシスさんに心配されつつ、護衛を外して王子が接待するのは国賓に対する手順なのかと思い受けたのだが。
結果が、一服盛っての接待なんで、女王国の宰相閣下に報告して、抗議して貰いましょうかね。
後、お姉様とか商業ギルド長さんとかヒューズ君とか、枢機卿猊下の愛弟子や子飼いの耳(諜報活動メイン)の皆さんに愚痴っておこう。
「愚弟。お前は、バーシー伯爵の盾どころか、何の役にも立たない己れを恥じなさい。部下の方々もです。私は、警告しておきましたよね。国王陛下の言葉に疑いを持ちなさいと」
「申し訳ない、姉上。セヴラン王子は正妃様のお子ゆえ、自分の権力が通じませんでした」
「「「ベルジニア様。大変申し訳ありません」」」
ベネディクトさんと彼の部下さん達も、さっきの客室に同席はしていたんだけど。
あの王子が、王族の権威をひけらかして黙らせていたんだよね。
だから、ベネディクトさん達も庇う事ができず、かろうじて姪ごさんの具合を引き合いに出して接待を早く終わらせようとはしてくれてはいた。
その度に、あの護衛騎士が見当違いな意見と権威をちらつかせて、意見を封じるといった悪循環が生まれていた。
そろそろ、うちの子達の堪忍袋がキレそうな処で、ベルジニア妃さんに正妃さんが現れて双方に被害が出なかったので、間に合って良かった。
で、謝罪合戦が始まり、ベルジニア妃さんのご機嫌も回復したので、次の話題に。
「バーシー伯爵様には、大変申し訳ありませんでした。詳細なお話は、別室にて語らせていただきます。それでは、私の娘の元に案内させていただきます」
と思いきや、本題に移りましたとさ。
そうだよね。
和んでいる場合じゃないか。
こうしている間にも、精霊姫さんの呪いは進行中で苦しんでいる訳だからね。
だというのに、あの異母兄は邪魔しくさりやがりましたから、異母妹助ける気ないっぽいな。
またもや、他国の問題に首を突っ込む流れかいな。
本当に世直しさせられてる気がしてならないや。
で、肝心の精霊姫さんが居住する離宮に移動したのであるのだけどさ。
一応、他国の王城に、他国の貴族が武装した護衛引き連れて、身体検査すらされず通されていいんだろうか?
離宮の入り口には門番の兵士と騎士が配属されてはいたよ?
でも、あからさまに武官の出で立ちの護衛を、ベルジニア妃さんのお客様ですとの一言で、簡単に入宮させて本当に危機管理どうなっているのやら。
まあ、私が余計な波風立てる訳にもいかないから指摘はしなかったけど。
「ベルジニア妃様。ベルジーニ様のお具合が……」
「そうですか。今日は朝から体調は安定していたはずですが、誰か見舞いにでも訪れましたか?」
「はい。第三妃様と第二王女殿下がお見舞いにと。あの香りがきつい花を持ち込み飾らせ、精霊姫様のお側に置いておけときかず、お断りできず。申し訳ございません」
「分かりました。今すぐに、戻ります。ああ、こちらの方々が枢機卿猊下ご推薦のお客様です。失礼のないように配慮してください」
「畏まりました。門番の兵士と騎士には既にそちらの説明をし、問題なく通すように指示してございましたが」
「ええ、そちらに関しては徹底されておりました。護衛の方も含めて、ベルジーニの元に参ります」
成る程。
根回しは済んでいましたか。
だから、すんなり入宮できたんだ。
しかし、枢機卿猊下ご推薦って、誰の事やら。
エバンスさんを見やれば、視線は見事に逸らされたがな。
ベルジニア妃さんの腹心の女官さんかな?
その人の焦り具合で、精霊姫さんの呪いが進行している恐れもあるし、身体に負担がかかる体質にあわない薬問題もあるので、一時でも早い治療が望ましい。
ので、ベルジニア妃さんもやや早足で精霊姫さんの部屋に案内してくれた。
ら、部屋に近付くにつれて強烈な独特な花の香りがしてきたのだが。
何となく、引っ掛かりを覚えた。
これ、記憶違いでなければ、嫌がらせのお見舞いの花じゃなくないか?
疑問に思いつつ、案内された部屋に入る。
「……あら、侍女風情がわたくしに意見するなんて、余程侍女の方が身分が上だと、こちらでは教育されているのね」
「だから、下級貴族出身の妃の侍女や女官は、粗野な振る舞いをすると思ったわ」
「……ご不快に思わせてしまい、大変申し訳ございません。ですが、処罰は私一人が負わせていただきたく、どうか寛大なお許しをいただきたく存じます」
はい。
部屋に入るなり、豪奢な巻き毛の金髪美人親娘が、侍女をいびってました。
どうやら、香りがきつい花を飾る位置がお気に召さなかった模様。
ねちねちと揚げ足取り、不快な表情で侍女を見下しては、言葉責めをしていた。
可哀想な侍女さんは、床に平伏というか土下座して同僚を庇い立てしている。
ベネディクトさんによると、お姉さんと彼はサーナリア国の下級貴族出身で、騎士爵位の父親が亡くなると冒険者ギルドに所属して家族を養っていた経緯があり、魔法に優れたお姉さんは精霊の加護持ちだった事から、第三妃へと強制的に婚姻させられたのだそう。
で、待望の精霊姫が誕生して、第二妃へと昇格したんだって。
だから、隣国の公女である元第二妃さんが、第三妃に降格したのもいびられる原因の一つだったりする。
「マーガレット妃。私の侍女がご不快に思われる行為を致しましたこと、主たる私がかわりに謝罪致します。申し訳ありません」
「あら、ベルジニア妃。病の娘を放置して、何をされていたのか知りませんが。良いご身分ですこと。わたくしなら、病の娘を放置するなんて、とてもできませんわね」
「はい。お耳の痛いお叱り、謹んで拝聴させていただきます。弁明させていただきますと、枢機卿猊下から娘の病を治療していただける方を、我が国へ招いてくださいましたので、直接お出迎えさせていただきました」
「あら、そう。今度は、本物だと良いわね。精霊姫に就任して在位短くして、お役御免だなんて不祥事は王家の恥ですものねぇ」
「お言葉で……」
「黙りなさい、ジュディ。第三妃に口答えは許しません」
第三妃マーガレットさんの嫌みに、第二妃さんの女官さんが反論しかけたのを制止するベルジニア妃さん。
嫌みに対してスルースキルが優秀ですなぁ。
第二王女さんは、嫌みに飽きたのか自分の髪を指に巻いたりして、関心が薄れたようであるが、お見舞いの花をちらちら見ている。
釣られて花に視線をやれば、鑑定さんが仕事をした。
ああ、やはり思った通りだ。
天蓋付きの寝台は、天蓋が開かれて眠る精霊姫さんの姿がよく分かる。
十代前かな。
まだ、幼い子供の精霊姫さん改め精霊姫ちゃんは、苦悶の証の苦痛に絶えている顔付きで、息苦しい吐息を吐き、希に咳き込んでいる。
「お客様?」
寝台横には第三妃が持ち込んだであろうテーブルと大きな花瓶に白い百合に似た香りが強い花が十本近付く活けてあった。
そのうちの1本を花瓶から抜いて、精霊姫ちゃんの心臓の上に乗せた。
信義に厚い侍女が私の暴挙を咎め、花を除けようとする前に、件の異変が生じる。
白い花弁がどす黒く染まり、塵一つ残さないで消失した。
「なっ!? 第三妃様。どういう事でごさいますか?」
「お客様もです。精霊姫様に何をなさいますか。もしや、枢機卿猊下ご推薦のお客様ではないのではありませんか?」
侍女と女官が私達を責め立てるのも、仕方がない。
花を置き、塵と化して消失した際、精霊姫ちゃんの苦痛が増して身体が跳ね、痙攣を起こしたからだ。
「バーシー伯爵様。これは、どの様に反応をお返ししていいのか。私には、見当がつかないのですが……」
ベルジニア妃さんも困惑というか、招いたはずの客の暴挙を咎めていいのか分からない様子で尋ねてくる。
私に詰め寄り責め立てようと騒ぐ侍女や女官には、黙るように指示しているが。
対して、私は花を持ち込んだ第三妃と第二王女に視線を移す。
二人は気まずそうな表情を隠し、私の行動を見なかった素振りで、興味を無くした呈を露にして舌打ちして部屋を出ていった。
「バーシー伯爵様。ご説明を願います」
「その前に一つ確認させてください。この花を持ち込むのは第三妃と第二王女のみですか?」
「ええ、そうですね。お二人は、毎日欠かさず花を持ち込み、飾ります」
「花を精霊姫ちゃんに近付けると、精霊姫ちゃんは苦痛の表情や苦悶の声を出したりします?」
「おっしゃる通りです。ので、お二人が退室いたしましたら、花を撤去しております」
淡々と、私の質問に答えるのは女官さんだ。
花を撤去すると、精霊姫ちゃんは安らぐからだろうが。
それ、悪手だわ。
「第二妃さん。この花を撤去するのは止めさせてください。先程、花を近付けると塵も残さないで消失したのは、意味があるんです」
「どういう事でしょうか。私には、単に香りがきつい花としか思えないのですが」
「この花の名前も知らないのは、精霊大国の王族としてはある意味、精霊のご機嫌を損ねますよ。この花は、精霊の癒しと異名を持ち、呪詛に侵された者の肩代わりをしてくれるんです。香りがきついのも、精霊姫ちゃんに近付けると苦痛にあえぐのも、花が呪詛を浄化しようと反応をしているからなんです」
「そ、うなのですか? では、第三妃様と第二王女殿下は、娘を救おうとして……」
「はい、そうなりますね」
ベルジニア妃さんも女官さんも侍女さんも、信じられないだろうけどさ。
これは、真実なんだなぁ。
精霊姫ちゃんに纏わりつく呪詛は、かなり進行していて幼い子供の抵抗力では数日で命を落としかねない。
それを防いでいたのが実際に、呪詛をしていると報告された第三妃達である。
こら、フィディルにレオン。
私に話してない事実があるな。
この際だ、真実を話しなさい。
ニ柱が潜んでいる辺りを睨んでおいた。