128 英雄王が現れました
新しい住人となった、アーガストさんとフォードさんの歓迎会を元養護院の子供達が率先して行った。
まあ、提供した食事はうちのブラウニー達が準備したのだけど。
始めは、馴染むのを拒否したアーガストさんだったが、根は面倒見がよい好青年と化し、幼児達のお世話を自らしていた。
これには、フォードさんも驚いた表情をしていたものの、前もって知らされていたのか受け入れられた方が喜ばしいと語ってくれた。
「バーシー伯、あのマルローネという女性は信頼しない方がよい。あれは、いつか仇となり得る厄介者となるだろう」
歓迎会が終了したら、アーガストさんはマルローネさんをそう評価付けた。
まあね。
貴族の長男だと紹介されたら、べったりと張り付き正妻狙いとしか言いようがない同情心を買いたがる過去の境遇をべらべら話し、側を離れようとしなかったからね。
おかげで、アーガストさんは自分の役目を、私に害なす輩を炙り出す事に重点を置くのだと勘違いしてしまった。
アーガストさんは、フェルトさんの監視役なんだけどなぁ。
翌朝には、ナイルさんと騎士ワイズさんに交じり早朝鍛練を終えたら、ナイルさん指導の元子供達と一緒に農作業に従事していたというね。
歓迎会では警戒していた子供達も、たった半日で随分と懐いていた。
王城で選民意識丸出しにしていた言動は、やはり演技していたんだろうな。
勿論、女王に対する不信感もあったであろうが、子供達と一緒におやつにもぎたて野菜を頬張る姿に、平民を見下す素振りは皆無だし。
劣等感に苛まれる出来た弟さんや家族からはなれた環境が、よい方向へ舵取りしたのなら、受け入れて良かったと思った。
で、フォードさんの側も財政管理や内政管理をフェルトさんと取り掛かり、うちの領地の収入と支出の差が大変な黒字となる事実に呆れていた。
彼等の教えでは、荒れ地だった土地で僅か数ヶ月での豊富な種類の農作物の収穫販売額に、マクレーン女史達の家畜達による収入の上納金は、あり得ない額らしい。
おまけに、果樹園の果実も実をつけ始めて、商業ギルド長さんからあるだけ買い占めたいと独占契約を依頼されている。
こちらは、まだ試験的な栽培なので、商品にだすのは数年間待っていただくのを了承して貰った。
伊達に、うちの農園には樹木の大精霊がいる訳ではない。
果樹の交配には気をつけていないと、林檎の見た目で、味は柑橘類とかあったりするから、おいそれと世に出せない。
まあ、エスカも悪戯でやっている事ではないので、お叱りはなしで。
新種の果実や農作物を生み出して、女王国に定着したら輸出品目の目玉になればいいな的な配慮をしてみた結果だ。
何せ、観光の目玉だった温泉地が規模縮小したので、代替え案を余儀なくされたのだよね。
閑話休題。
アーガストさんは騎士に未練はないみたいで、下手したら農業従事者に鞍替えしかねないので要注意かな。
それから、子供達と接するうちに破滅願望は薄れていると灰色君は教えてくれた。
なんか、うちを訪れる人材は、毒気を抜かれ易い傾向にあり、おちおち問題児の更正には不向きかもと宰相閣下が愚痴を言ってきたので、なら送り込んで来るなと返信しといた。
後日、アリスがミーア様をよからぬ企みに利用するなとお怒りになったそうだ。
「バーシー伯、あのマルローネが某商会に宿舎の備品を持ち込んだと旧い馴染みから連絡がきた。念の為、高価な値打ち品はあちらに置かないようにした方がよいかと」
「自分もです。ライザスの町の骨董品を扱う店や雑貨屋に、マルローネさんを知る方からバーシー伯爵家の家紋入り雑貨類や小型の調度品を売りに来たと」
アーガストさんとナイルさんが報告してきた案件は、既に把握していた。
ちょくちょく、農園を出ていくマルローネさんを不審に感じた宿舎の守りに召還したブラウニーのノルンから、備品類や調度品が無くなると報告があり、見張っていたら彼女だった。
どうも、隠れて出ていったエリーゼちゃんや、未練が残っていたのか元旦那に仕送りしていたのが判明している。
阿保くさ。
馬鹿馬鹿しい限りだったので、マイク君とメイベルちゃんと相談して、マルローネさんの保護者役を破棄した旨と次に問題を起こしたら農園を追い出すと警告した。
追い出されたら行き先のないマルローネさんは一応反省の弁は述べたが、信用を裏切っているのは確実なので、信頼は無くなった。
で、代わりの元養護院の子供達の保護者に名があがったのはフェルトさん。
フォードさんから貴族院に問い合わせ、奉仕活動の一環と認められて母親役から父親役に変更させようと画策中である、
さぼりがちになってきたマルローネさんと違い、真面目に父親役を担うフェルさんになら、子供達も元父親の悪いイメージを払拭されつつあるので的確な人事であろう。
フェルトさんも愛娘のアナベラちゃんを贔屓にしないで、平等に接する態度を心がけ、信頼を勝ちとっているからね。
そうして、農園の日々は過ぎていったある日。
思っても見なかった人物が、農園にやって来た。
「マスター。今、門前にいる人間は、信頼してもいいかもしれない」
珍しくレオンが評価した人物は誰だろうと、護衛にとアーガストさんと聖剣所持したナイルさんを連れて門前に行ってみたら。
「済まない。そちらの、女性がバーシー伯爵で、精霊の守り手だろうか。自分は、冒険者ギルド本部を纏め損なった阿呆な英雄王と呼ばれるベネディクト=トレイズと申す。あまり、心象が良く思われていないのは承知であるが、どうか話だけでも聞いてはくれないだろうか?」
ああ、とうとう冒険者ギルドの本部に見つかったかと思いたい。
あまり、心象が良くないのは事実だが、迷宮都市に本部の拠点を移した冒険者ギルドを統括しているのは冒険王と呼ばれていた人じゃなかったっけ?
それが、阿呆な英雄王とはこれ如何に?
しかも、英雄王と呼ばれるに相応しい筋骨逞しい大柄な体格で、何処か私の実父の部下たる自衛隊に所属していそうな戦闘のプロフェッショナル的な雰囲気を醸し出す出で立ちをしていた三十代男性なのだけど。
何故か、傍らの地面にはぼこぼこにされた男性が数名倒れていたりする。
「ああ、これ等は何処ぞの納屋にでも監禁しておいて構わない。自分の名を免罪符代わりに、女王殿や宰相殿を脅迫していた馬鹿な輩故、こちらで制裁は与えておいた。また、勝手に問題を起こされても迷惑なだけであるから、迷宮都市に強制送還されるまで眠らせて置くに限る」
「確かに、こちらの方々は冒険者ギルド本部の名と貴殿の名とで、機能停止状態に陥ったツケを我が国に、多額の賠償金やら無償の設備点検補修を強奪紛いの手法で手に入れようとされてましたね」
「うむ。依頼で留守にしている事が多かった自分も、ギルドの内務仕事を代理の者に委ね、権限を与えてしまった不始末を詫びるしかない。よって、今回女王殿や宰相殿を不快にさせた輩どもは、自分が直々に性根を叩き直す所存である」
「それが、バーシー伯爵の領地を訪れた件と関わりがどう繋がるのでしょう」
冒険者ギルド本部を統括しているベネディクトさんに、矢継ぎ早に質問するのはアーガストさんである。
私とナイルさんは空気に徹しているが。
ベネディクトさんは一度私を見てから、交渉役を務めてくれているアーガストさんを納得させない限り、私に会話させないのだろうと認識したようだ。
アーガストさんとベネディクトさんの応酬は続く。
一応、レオンとフィディルは隠行しているけどさ。
レオンが信頼云々言うのだから、話しぐらい聞いてみても良さげなんだが。
アーガストさんの鉄壁な姿勢を突破しないと、次へ進まないのが現状だ。
「うむ。こちらがやらかした件により警戒されるのも当然だが。こちらも、精霊の助言ないしは手助けが欲しい。サーナリアの精霊姫の件と言えば、理解してくれるだろうか」
「! それは、ある程度は我が国も情報は掴んでいますが、英雄王と名高い貴殿でも難しい案件でしたか」
「さよう。自分の武力だけなら、あれに通じはする。しかし、何度討伐しようが、自分が欲する貴重なアイテムは手に入りはしなかったサーナリアの大書庫には、精霊姫もしくは精霊の加護厚き人物がいないと、そもそも出現しないとあった。されど肝心要の精霊姫は病が重い。となると、大精霊と契約した人物の同行が必要となり、女王殿へ打診した。そうしたら、自分の留守に冒険者ギルド本部を中心に、ギルド自体が機能不全になり、その責任を女王殿へ押し付けているのが分かった。数少ない信頼できる部下に調査させたら、さもありなん。本部や他国のギルドで奉納の意義を見失い、精霊から見放されるという当然の行為に、如何に自分が冒険者ギルドの本質を蔑ろにしていたか、恥じ入るばかりであった。本当に申し訳ないと思う。我々、冒険者ギルドを見限るのも仕方がないと思うが、頼む。助けが欲しい」
何だか、冒険者ギルド本部の評価が最低値から、がらりと覆しそうな程、ベネディクトさんの態度は低姿勢だ。
どうも、情報不足だったのは否めないや。
ていうか、押し掛けてきていた本部職員の悪行に、無関心を貫いたのが駄目だったか。
『マスター。サーナリアという国は、女王国が建国される前から精霊信仰が深い国で、精霊大国と異名があります。そして、彼の国には精霊の恩恵も他国より厚いです。また、彼の国は守護者たる精霊を大切に扱い、生涯の友として遇します。ですから、精霊も彼の国の国民に悪感情を抱く事はありません』
『フィル兄に同意。で、精霊姫という役職に就いた人物が国を守護していて、大国からの侵略を防いでいたり、流行り病を駆除していたりしている。今回、ちび精霊達の報告によると、その精霊姫が何らかの手段で悪意に晒されて、病に倒れている。回復手段は限られていて、ある魔物が内包しているあるモノが必要なんだけど。入手して保管できるのが、特別なスキル持ちだけなんだ』
『そのあるモノは、時間停止機能があるマジックバッグでも、すぐに腐敗してしまうモノで。つまり、マスターが保有するゲーム内でいうインベントリたるマジックボックスでないと、幾らあるモノを手に入れても使い物にならない仕様です』
あー。
フィディルとレオンの説明に、あるアイテムが頭をよぎる。
でも、あれはドロップした瞬間から時間経過で、効能が落ちていくアイテムだったよなぁ。
そして、偉くドロップ率が低いアイテムでもあり。
ファティマのドロップ率アップパッシブ効果があっても、ドロップ率が悪いアイテムだった。
まさか、それと言わないだろうね。
人助けも兼ねている話なので、この際冒険者ギルド本部との蟠りは捨てて話しあいましょうか。
ただし、ぼこぼこにされた男性達は客のうちに入れはしないけどね。