127 監視役が来ました
「アーガスト=ユークレスだ。身分は紅蓮騎士団第二小隊副隊長だ。この度、フェルト=ラングレーの監視役兼、バーシー伯爵の護衛騎士に抜擢されました。これが、任命状になります」
「自分はアイザック=フォードと申します。貴族院より、バーシー伯爵の領地にて文官として務めるよう任命されました」
海洋諸国問題が片付いた半月前。
私預かりになった元ランドルフ伯爵の影武者を演じる事を余儀なくされ、父親のアーゲード侯爵の犯罪の片棒を担がされ、実父を告発したフェルトさんの監視役が任命状を持ってやって来た。
あらま。
ユークレス卿の長男であり、粗相を仕出かし騎士団総長の任を剥奪された難物件人物と、貴族裁判で弁護人を務めてくれた人だ。
領地といっても、うちの農園しか現存してないし、まだ移住者も受け入れてないんだが。
貴族院のお仕事は素早かった。
レオンが、二人を農園に招き入れたので、私に害はなさないと判断した結果なんだろうが。
アーガストさんの方は、やや投げやり感が半端なく伝わってくるんだけどさ。
「バーシー伯爵におかれては、そちらの任命状に魔力を流していただきたく」
んん?
任命状に?
良く視てみたら、文章ではなく用紙に何やら魔力が感知できた。
「そちらの任命状には、バーシー伯爵を主とする誓約魔法が付加されております。私も立ち会いましたが、バーシー伯爵には不利な誓約はなく、ユークレス卿側に負担がかかる誓約になっております」
見かねてフォードさんが教えてくれたので、もっと良く視てみたら。
うわぁ。
貴族院のアーガストさんへの悪意というか、評価が低かったのが原因か分からないが、かなり彼に不利な誓約が課せられているのが把握できた。
その一、バーシー伯爵に敵対行為並びに悪意を示したら、相応の身体的及び精神的苦痛を与える。
そのニ、バーシー伯爵の私財を横領や着服、強奪した場合も以下略。
その三、バーシー伯爵の庇護する領民に危害を与えたり、損害を与えた場合騎士爵剥奪及び犯罪奴隷へ落とす。
まあ、その他色々とアーガストさんの人権を無視した酷い誓約魔法なのは理解した。
こういうの、私は嫌いだね。
幾ら、粗相を仕出かしたとは言ってもさ、選民思想的な問題発言して、エルシフォーネとアリスを力任せに退かしただけじゃんか。
総長の任を解かれただけで、充分罰は受けてるはずだしさ。
何故に、更に鞭打つ事をやるかなぁ。
「了解。では、二人のお給料は元の職場の三割増しで受け入れます。じゃあ、アーガストさんは灰色君に付き添って、農園の巡回に……。ああ、今日は移動してきたばかりだから、お仕事は明日からね。クリス、二人の部屋の準備して、できたら案内して休ませてあげて」
「畏まりました。では、お二人はニ階の左側にお部屋を準備致します。右側はミーア様の執務室と私的なお部屋となりますので、入室時には自分か相方のアンジーをお呼びください。でないと、そちらへは一歩も足を踏み入れる事はできませんので、ご理解くださいませ」
最初は二階建ての洋館だった我が家も、ブラウニー達の改築により三階建てとなり、二階にあがる中央階段を挟んで私のプライベート空間と、いずれ配属されるか雇用されるかだった文官さん達用の部屋を用意していた。
ナイルさん一家は一階の使用人部屋を継続して使用中。
客人扱いのアンナマリーナさんは、三階の左側にて貴人用の部屋を使用している。
護衛の騎士ワイズさんはナイルさん一家の隣室で寝起きし、フェルトさんも一階の使用人部屋を希望したので一階である。
で、三階の右側には私の工房と寝室があり、アンジーが張り切って準備した天蓋付きの寝台は、もっぱらお子様ズが使用していたりする。
私は、二階のプライベート空間にある仮眠室を利用している。
いやぁ、元日本人の一般庶民に天蓋付きの寝台は、きついわ。
一度利用したけど、寝心地あわなくて止めた。
アンジーはへこんでいたけど、こればかりは肌にあわないので謝っておいた。
「ちょっと待て。誓約魔法の行使は?」
「私が嫌なんで、しない方向で」
「誓約紋が刻まれてないと貴族院に知れたら……」
「それは、こちらから抗議しておくので、アーガストさんが罪に問われないように手配しときます。ここは、私の領地なんで、私の意思が罷り通る法律だと解釈してください。フィディル、お使い頼める?」
「はい、マスターのお言葉、一字一句間違いなく伝えておきます」
誓約魔法を行使する気はさらさらないので、クリスに強引に二人を部屋に押し込ませて貰った。
アンジーがさらっと手紙の用意をしてくれたので、貴族院とアーガストさんの父親宛に曲解されない文面で抗議内容を書いた。
人身御供よろしく、もて余した人物を寄越して来るなと、ね。
『家主。先に名を名乗った男。我と同種の匂いがした』
アーガストさんとフォードさんと会った部屋の隅には、灰色君が気配を隠して警戒していたのだが。
騎士爵のアーガストさんでも気付いてなかった。
2m近い大型の森林狼の存在を感知できないでいたのは、誓約魔法で縛られる罰を嘆いていたからか、左遷されて無気力になったからか。
はたまた、自暴自棄になり、破滅を望んでいるからか。
『あの男。家主が手綱を握らねば、死地に自ら行きかねんかもな』
「ああ、だね。騎士団総長が、人前で失態をやらかして処罰されるのは、おかしいと感じたから探らせてみたんだけどさ。どうも、実力的には弟さんの方が人望もあり、的確な判断ができ、人心掌握に長け、騎士団の運営手腕もお兄さんより上回る評価があったからね。おまけに、幼い頃からの許嫁さんとの仲は最悪な状態で、許嫁さんは弟さんに乗り換えたがっているのを隠してないっぽいしねぇ。あの人、そういった悪質な感情を的確に感知できてしまう体質みたいで、破滅願望もその悪意に引きずられてそうなんだよね」
アーガストさんが騎士団に入団した当初も、親の七光りを疑われて同期の騎士達から距離を置かれてたりした。
弟さんには及ばないまでも、なまじ剣術の腕前は上級者レベルなので、実力を買った上司に気に入られていたのも運が悪かった。
同期から敬遠されていたアーガストさんだけど、一人だけ庶民出身の従騎士見習いの友人が
いた。
友人の後見にはある男爵家がつき、見習いから正式に従騎士に任命されたら、男爵家の娘さんと結婚できると頑張っていた。
けれども、その未来はアーガストさんを敵視する同期の騎士と先輩騎士によって閉ざされた。
年に一度開催される騎士武闘際にて、男爵家の令嬢は従騎士見習いさんを応援に来て、アーガストさんと従騎士見習いさんコンビに負けた先輩騎士に言葉巧みに誘導されて、穢された。
嫁入り前の娘を傷物にされた男爵家は、相手を貴族院に訴えたが、母親がかつては女王候補でもあった公爵令嬢だったが為に、多額の慰謝料を支払うだけの判決がくだされ、穢した相手は騎士団から籍は剥奪されたが、実質お咎め無しで分家に婿入りした。
当時の女王は上級貴族出身で、下位貴族を見下す傾向が見られ、貴族院の判決に納得いかない男爵家の抗議を不敬罪として、爵位剥奪の上一族郎党国から追放処分とした。
この一件は秘匿され、アーガストさんは友人と後見の男爵家の末路を知らされないまま、相談もなく騎士団を去った友人に見放されたと解釈した。
その憤りを剣術を磨く事で晴らし、上級騎士に任命されたある日のパーティーで、酔った元先輩騎士に武勇伝の如く語られ、事実を把握した。
アーガストさんには教えられてはなかった事に大変驚き、虚偽申告か父親に打ち明け、真実であるのを伝えられ、何故教えてくれなかったのか父親を詰った。
父親のユークレス卿は、その騒動の発端がアーガストさんにあるのを隠しておきたかったのだ。
だが、アーガストさんは自力で騒動の原点が己れにあると認識し、文官として王城勤務に鞍替えした元先輩騎士と当時仲間だった現役騎士達を罠に嵌め、現宰相閣下と引退した貴族院のご意見番たる長老方の目の前で彼等を断罪した。
アーガストさんにとって、既に女王は仇も同然で信頼に値しないと判断した結果、事実を世間に公開したのだ。
事態を重く見た宰相閣下と長老方は、姿なき賢者に事実を確認し、肯定の返答を得た。
そうして、再度の貴族院裁判が行われ、件の男爵家一族郎党は追放先の国で流行り病に罹患して全員が儚くなっていた。
ただし、令嬢と従騎士見習いの友人は来世の再会を願い心中していたのも判明する。
続々と明るみになる騒動に、元先輩騎士の母親が烈火の如くお怒りになった。
不肖の馬鹿息子の仕出かした事件に、自分の実家の公爵家と女王候補だった誉れを忖度され、事件が揉み消された。
実父と夫を守護者と共にボコり、馬鹿息子を強制的に去勢してみせた。
ついでに、馬鹿息子有利な判決をくだした裁判官も闇討ちした。
その後、実父と夫から巻き上げた私財を惜しみ無く使い、無念の最中儚くなった男爵家一族郎党の遺骨を探しだし、かつての領地に弔い直し埋葬した。
勿論、心中した二人は夫妻として埋葬した。
で、現在男爵家の領地とお墓は、その女傑が守っていたりする。
そして、騎士団も責任逃れする訳にはいかなくなった。
何しろ、事件を起こした時点では、馬鹿息子は騎士団に在籍し、追従した仲間は暴露されるまで騎士でいたのだ。
清廉潔白を常とし、国民を守護する立場の騎士が、非力な女性に癒えない傷を負わせた。
騎士団上層部は総辞任し、女傑が成そうとしている事の手足となり、男爵家一族郎党の遺骨の帰還に尽くした。
まあ、一部の騎士団上層部は、そのまま他国に逃避したらしいが。
宰相閣下は、件を黙認したと認定して、追放処分を課した。
諸々の騒動を終結させるには、どうしたらよいかを思案した宰相閣下や大臣達は、騎士の醜聞を美談に飾る事で、結末とした。
騎士団の騒動を別な事件として国民に公表し、秘匿されかけた事件を発見し解決したアーガストさんを英雄に見立て、新しい騎士団総長に就任させた。
のだけど、与り知らないうちに英雄に仕立て上げられたアーガストさんは、反抗心を露にしたまま就任した。
女王が代替わりしても、女王への不信感は拭えず、騎士団の内規を改訂後、庶民出身が多い従騎士見習いと、新人騎士との交流は最低限の関わりしか許可しない方針を打ち出した。
反発されるかと思いきや、庶民出身者と貴族階級出身者が交わらなくなり、弱者苛めは極端に減少した。
まあ、従騎士見習いに起用される人材は、騎士団に入団する新人騎士が地元から連れてくる者達だけになっただけなんだけどね。
それから、庶民出身の騎士団を新たに創設して、そちらに庶民出身騎士を集約する形に変更されたのもある。
アーガストさん的に、そうした試みが上手く機能したので、早々と騎士を引退したい気持ちが出てきていた節があった訳で、私をだしにして不祥事を起こしたんだよなぁ。
何せ、その庶民出身者騎士団の方々が、アーガストさんの不祥事を信じられないとして、何かの間違いが起きているから、アーガストさんを処分しないよう陳情が多々あるそうだ。
私の元にも、内密にとお手紙来たしね。
だからさぁ、アーガストさん。
貴方は自身が想定している以上に、慕われてるんだよ。
この問題は、どうやって認識させたらいいのか。
さて、どうしますかね?