126 様呼びは回避しました
エメリーちゃんとナナリーの守護者契約が無事に終わり、見届けた女王陛下は役目が済んだからと護衛のフレッド氏に再三進言されて、渋々帰っていった。
勿論、フィディルに頼んで、扉を繋いでの帰還だから、安全に王城に帰っていったさ。
女王候補に名を連ねる前は、両親が経営するパン屋の看板娘だっただけに、農園で和気藹々と農作業に従事する元養護院の子供達とかと一緒に交ざり、労働に勤しみたかったらしく、随分と名残惜し気に帰られた。
これ、女王陛下が飛空魔法を習得したら、護衛を振り切ってエルシフォーネだけ連れて息抜きに来ないとは断言できないや。
アリス経由で、宰相閣下に報告しておくか。
そんなこんなで、四日後にナナリーは錬金人形の器に馴染み、目を覚ました。
「おはようございます。私のエメリー。今日この時より、私はエメリーと共に歩む友として、またエメリーを守護する精霊として、生涯最も側に侍る者となります」
「うん、と。つまり、ナナリーは、エメの特別なお友達で、エメの心に寄り添う大切な精霊になってくれたんだよね。アンナお姉ちゃんと、お父さんが教えてくれた」
「はい、その通りです。家族である、お父さんやお兄さんとは違う絆を共有するお友達ですね」
「ナナリーは、元はお祖母ちゃんのお友達だったけど、エメ達を守る為に売られちゃったんだよね。でも、もう二度目はないから、安心してね。お父さん、貴族になったから、ナナリーを売らなくても良くなって、貧乏脱出したから、ナナリーはエメとずっと、一緒にいられるんだって」
「そうですね。私は、エメリーのお父さんやお兄さん、亡くなられたお母さんも大事な家族と思っていました。その家族が守られるなら、この身を誰かに売られようが、構いはしませんでしたが。まさか、精霊石だけ残され、器は破棄されるとは思いもしませんでした。けれども、器から解き放たれた私は、エメリー達には見えなくても、側にはいる事が出来ました。再び、友誼を結んだケイティの孫と契約できて、嬉しいですわ」
ナナリーが守護者として機能した後数日は、エメリーちゃんはナナリーにべったりしたり、ロイド君やナイルさんを交えて、記憶の片隅に眠る祖父母や母親の思い出を語りあったりしていた。
幼いエメリーちゃんが、守護者を得た情報は公には開示しない方針でいたけど、マーベリック子爵家と縁が深かった貴族や貴族院の長老さん方からは、お祝いの言葉と困ったら免罪符代わりに使用してもいいと後ろ楯を自認する書類が何枚か届いた。
うん。
しっかりと、エメリーちゃんからナナリーを不当に奪うな、金を積んで買おうとするな、すれば報復してやるぜといった内容が遠回し的な文章で記載されていた。
その中に、ちゃっかりとバウルハウト侯爵家やユークレス卿の名もあったりする。
流石に、女王陛下や宰相閣下は自重したようであるが、聖母教会を介さない守護者誕生と契約者の詮索不要は会議で警告を出したとか。
まあ、うちに突撃してきても、農園には簡単には侵入できないので、安全は確保できてはいる。
が、アルバレア侯爵家に転居したら、どうなるかは分からないけども。
あそこは武門の一族なんで、当主の一家にかすり傷でも負わせたら、物理的に護衛していた騎士とかは首が飛びそうだな。
で、エメリーちゃんの傍らには常にナナリーがいるようになると、仲良しのアナベラちゃんは守護者に憧れは抱くものの、欲しいとはねだらない良い子の見本に成長していた。
青空教室の先生役たるマクレーン女史に、どうしたら守護者を得られるか尋ね、魔法適性と精霊の存在を感知できるかを教えられ、先駆者のエメリーちゃんにも相談している。
私の人物鑑定によると、実父が貴族出身だから魔法適性はあるにはあるが、現状では契約するには魔力が低い。
恐らくだけど、一時的にランドルフ家に引き取られた際に、暴力を奮われて無意識に魔力暴走を起こした経緯から、魔力を自分で押さえ込んでいる節が見受けられる。
これ、放置したままだと、いずれパンクしてまた魔力暴走がおきかねないな。
他にも、元養護院の子供達の中で、魔力保持者がいるので、簡単な手解きした方が良さげだわ。
私だと、この世界の常識に当てはまらない教育になりそうなんで、冒険者ギルドのお姉様に相談してみるか。
となると、対価が何になるかが不安だが。
子供達の将来を鑑みたら、保護者(実情は雇用者だが)の私が貴族権限で、将来性ある子供の教育を後押しするのはおかしな話ではないからね。
資産が潤沢な貴族は、有益なスキル保持者だったり、魔力値が高い庶民の教育を支援することを義務付けられている。
それを怠ると、桁違いな罰金を課せられて、そのお金が貴族が通う学院へ特別枠で入学する庶民の入学金やら支度金になるそうだ。
しかも、卒業までの金額だから、かなり半端ない大金を失うらしい。
それなら、青田買いではないけど、自身が推薦する庶民にお金を掛けた方が費用は抑えられる。
推薦を受けた庶民側も、恩人の貴族の面目を潰さないように真面目に学院で学び、恩人の貴族の領地に帰り、役人になったりして領地の運営に貢献するWinWinな関係を築いたりする。
まあ、希に自分は特別な人材だと勘違いして、馬鹿をやらかす者は数名いたりするらしいけどね。
エリーゼちゃんみたいなお花畑思考の女生徒は、勉学より上位貴族の子息狙いで果敢にアタックして、風紀を乱す要因として退学させられる案件が多発した年も多く、念入りに身元調査された女子のみ入学可能へと規約を変更されたそうだ。
うん。
うちの領地の子供達は、日々マクレーン女史から学び、アンナマリーナさんから貴族との接し方を学び、逞しく成長している。
また、マクレーン女史も貴族に対応する失敗談を披露して、不敬罪にならない対応と言葉の使い方を伝授している。
その日の青空教室の後で、マイク君達が初めて接した私に対する態度を謝罪に来た。
その時点では、私は貴族ではないから何ら不敬罪とかに該当しないが、農園内で気さくに話しかけていたのも不敬罪にあたるのか心配したようだった。
まあね。
マイク君達より幼い子供達は、私をミーちゃん呼びだしね。
エメリーちゃんやロイド君もミーアお姉ちゃんだし、ナイルさんにだって様呼びさせてはない。
むしろ、爵位的にナイルさん一家が上位になる予定なので、こちらが様呼びしないとならなくなる。
となりそうだと、ナイルさんに話題を振ったら、酷く驚かれた。
ロイド君やエメリーちゃんやララとリリにも、恩人を呼び捨てには出来ないと言われた。
泣きが入りかけたので、ナイルさん一家がアルバレア侯爵家を継いでも、呼び方は変えない方針になった。
ついでに、私も今と同じでと相成った。
ただし、余人の衆目がある場では、爵位にあった態度をするように互いに気をつけようと話したがな。
でないと、侯爵家が伯爵家を上位に位置付けするのは、貴族院も流石に見過ごせないだろう。
貧乏貴族なら、支援を維持する為に下位の貴族におもねらないとならないだろうが。
社交界の場では、爵位に準ずる扱いをしないとならないのが決まり。
だから、侯爵家が子爵家を上位に持ち上げ、爵位に釣り合わない態度を取らせたりしたら、罰を受けるのは侯爵家側になる。
ので、暗黙の了解で借金漬けの貧乏貴族であれど、貸した側の貴族とは社交界の場ではあまり接触しないでおくのがベスト。
貸した側の貴族も、不評を買うのは避けるべしとして挨拶程度にしておき、貴族院からの厳しい目を逃れている。
こっちも、希に勘違い貴族が出てしまうのは仕方がないのか、下位貴族が上位貴族にマウントを取り、他家の上位貴族の怒りを買って、敢えなく家を潰される事態も起きてはいるそうだ。
アンナマリーナさん情報で、昨年ある男爵家が資金援助していた伯爵家の爵位を譲位させようと画策して、貴族院にバレて両者共々爵位を剥奪されて貴族社会から消えていった。
滅多に社交界に出ないアンナマリーナさんが何故知っていたか問いたら、シスコンを拗らせていたお兄さんが威圧的な話し方で一方的に会話しては勝手に話を終わらせていったとか。
ああ、お兄さんは隙を見せるなとか、旨い話に乗るなとか、当家はそんな輩はいないとか、社交界に疎いアンナマリーナさんに警告……、忠告……、心配されたんじゃね?
アナスタシアちゃんが解放されたファレル家問題を抱えていたし、アルバレア侯爵家の後継者問題も抱えていたからさ。
アルバレア侯爵家を突き崩す原点として、社交界に疎いアンナマリーナさんの評判を貶めたり、年齢的に婚約者がいないのは何らか身体的機能に欠点があるからと噂されてたんじゃないかな。
お兄さん達のシスコンぷりを教えたら、顔を赤くして通信魔法具片手に私室に籠られた。
で、次はマイク君達への対応だ。
「はい、領主からのお知らせです。農園内では、貴族であろうが庶民であろうが、態度や言葉使いは無礼講とします」
「ぶれいこうって、何ですか?」
青空教室が終わる寸前、臨時の教壇に立った私がルールを発表したら、案の定マイク君には通じなかった。
おおう、何てこった。
そこから、かいな。
「あのね。私は一応、伯爵で貴族の仲間入りしたけど。農園内にいる時は、貴族扱いしなくて良いよって事です。ああ、待って、最後まで話を聞いて」
新しい女の子リーダーのメイベルちゃんが手をあげて発言したいのを、制止した。
だって、伯爵様とか領主様てか呼ばれたくなかったんだよね。
「これは、ランカ領主からのお願いね。だから、マイク君やメイベルちゃんは気さくに、ミーアお姉ちゃんと呼んで欲しいの。アナベラちゃんが子爵家令嬢のエメリーちゃんをエメちゃんと呼んでいるのと同じね。ただし、私以外の貴族がいたら、領主様と呼んでね。ああ、たまに来るライザス領主のシェライラやアンナマリーナさんの従姉妹のアナスタシアちゃんは除外していいから。二人には、私から話しておくね」
「はい、ミーアさんで妥協してください」
「メイベルに同意します。普段から普通に話していたら、いざという時に敬語が話せなくなると思います」
ちっ。
メイベルちゃんとマイク君には通じませんでした。
さては、前以て対策していたな。
言い分は理解できるから、厄介だよ。
この後、頑なで口達者な二人相手に、私が負けたのはいうまでもない。
しかし、様呼びだけは回避したぞ。
「お姉ちゃん、しっかり。エメは、ずっとお姉ちゃんだからね」
エメリーちゃんに慰められたのも、追記しておきます。