123 大精霊がお怒りでした
女王陛下の宣言に、臣下一堂が感慨に耽り、自慢の女王陛下であると表情で称賛している面々をよそに、自称次期盟主を主張する海洋諸国同盟の王族は、アルマニア枢機卿猊下にやり込められた鬱憤が溜まり、言ってはならない言葉を吐いた。
「ふん。所詮は高貴な血を引かぬ下賎な平民産まれな女王が、人気取りに言いそうな軽そうな言葉だな。どうせ、口先だけで、権力を駆使して、希少な品々を取り上げては、他国に自慢して優越感に浸るのが目に浮かぶわ」
苦し紛れな嫌みだろうが、こちとら宣戦布告と受け取ったぞ。
まず、武官の国防大臣のユークレス卿が、私でもやり合いたくはないと思った威圧を発し、外務大臣のバウルハウト侯爵さんも、不快感を露にして交渉の余地なしの冷たい視線を向けている。
控えている女官さんは空気に徹しながら、然り気無くお茶に腹下しの薬を入れていたりする。
いやあ、味方に恵まれているね。
「愚者は黙りなさい。平民だから見下し、代えの利く消耗品だとの選民意識を、恥ずかしくはないのかしら。言っておくけど、貴方の先祖である初代盟主は、正統な後継者の異母兄の婚約者に、横恋慕したあげく、薬を盛って既成事実を作り、それを衆人環視のまえで自慢して暴露して、自国の貴族の信頼を裏切った。純潔を失った異母兄の婚約者と異母兄は、貴方の先祖を恨んで心中したわよ。だから、貴方が誇る血は、異母兄と彼の婚約者を死に追いやった犯罪者の烙印が未だに鑑定結果に残っているのを、忘れた訳? 都合の悪い情報は隠蔽し、棚からぼた餅で盟主の座を獲得した血筋に誇るモノがあるなんて、端からみて滑稽だわ」
「こちらもね。言わせて貰うけど。当代女王が平民出身なのは周知の事実だよ。だけどね、血筋を念入りに調査したら、八代目女王陛下の次女が大恋愛の末に、貴族籍を返上した家系の出だよ。それから、父方の曾祖父もある大貴族の後継ぎだった。パン屋の娘だった曾祖母は身を引いて女手一つで子供を育てた女傑。曾祖父は認知したがっていたけど、既に正妻を迎えていたからか、認知も遠慮してね。まあ、その大貴族の正妻には子供が恵まれなくて、自分は石女故に離縁しても構わないから、後妻にと希望されていたんだよ。結局、根回しをして迎えようとしていたのを、平民だからとの理由で一族が反対して、叶えられなかった。一族にしてみたら、自分の子供を後継ぎに据えたかったんだろうね。だから、その大貴族は一族を見限り、貴族位を国に返上した。あんた達が平民平民とさげすむ当代女王陛下は、貴族の尊い血を継承しているんだよ。馬鹿にしないで欲しいね」
宰相閣下の発言に、女王陛下は目を丸くしている。
ああ、これは自分のルーツに貴族であった事実は、全く知らないでいたんだろうね。
根っからの平民と思い、エルシフォーネに見いだされたから、恥じないように努力を積み重ねて女王の座を射止めた。
並大抵の努力では済まされなかったはずだ。
女王候補の中には、初代女王の守護者を務めたジルコニアと契約した貴族令嬢として身分的にも相応しいシェライラがいた。
どういった過程で、女王の座を射止めたかは知らないけどさ。
平民と見下す貴族を黙らせる功績をあげて、今に至るのは称賛に値する。
なのに、対して自称次期盟主は血筋に胡座を掻いて、塩や真珠の独占販売で国力が上位にあり、他国でも我が儘がまかり通ると勘違いも甚だしい。
おまけに、箔をつけたいからと、他国の貴族の資産狙いで盗人扱い。
常識ある国なら、大問題にしかならないのは自然な成り行きでしょうが。
何故に、それが理解出来ないのか、お花畑思考に頭痛がしてきたよ。
それにしても、女王ちゃん、違った女王陛下は産まれは平民だけれども、やはり貴族の血筋に連なる家系だったか。
こちらの世界では、魔法文明が主流だ。
そして、優秀な魔法師は概ね貴族か王族出身が多く、力を示す事で地位を築いてきていた。
稀に平民に魔法師の才能が開花した人材は、貴族や王族の庶子だったというのが常である。
例外は、人間種ではない異種族の固有魔法か、聖職者が信仰する神の威光を知らしめる為に行使する法力ぐらいかな。
私の精霊魔法も特殊な部類か。
よって、平民が魔力を有していると判明し、家系を調査すると大半が貴族や王族の庶子か、籍を抜けた子息や令嬢にいきつく。
そうした例に漏れず、当代女王陛下も貴族の血筋に連なる家系だった。
が、本人は根っからの平民気質なせいで、貴族の血筋に意義を見いだす事なく、公表しない選択をした。
ただし、平民出身が統治に仇なすと反論されて、宰相閣下の養女となり貴族の一員となった。
でも、分かる人には分かる範囲で調査されているので、良識ある貴族は女王陛下を平民出身とさげすむ見苦しい行為はしない。
するのは、下位貴族か準貴族ぐらいで、上位貴族に睨まれて潰されるはめに陥っていたりする。
「幾ら、貴族の血筋を引くからと言っても、産まれは平民だろうが。それに、今この国は幾つもの問題を抱えていて、初代女王が制定した制度が破綻したそうだな? ふん、いわばいつ沈没するか分からない泥舟ではないか。おい、盗人。光栄に思うがいい。この、私の側室に迎えてやろうではないか。夫となる私の役に立たせてや……。ぎゃあ!」
「殿下! 貴様、何をする。殿下を、はな……」
「黙れ。一度ならず、何度もマスターを盗人呼ばわり。あげく、耳が穢れる言葉を吐き、己れの自己顕示欲の為に利用するなど、看過できない。よって、断罪する」
「同意しますわ。今後、如何なる病、怪我、呪いをその身に負おうとも、わたくし達は治療を拒絶します」
「はぁい。フィル君とティアちゃんに同意しまぁすぅ。私ぃ、特製の呪いをあげちゃいますぅ」
「よくも、私のシャロンを侮辱しましたわね。お前達の国々の気象に、我々は関知しないわ。海が荒れようが、雨が降り続こうが、逆に降らないでいようが、手助けは一切しないでおくわ」
「俺からも宣告する。今、この時より大地は恵みを失う。せいぜい、貯め込んだ金で食糧を購えばいい。いつまで、持つか見物させて貰う」
「エスカも、ぷんぷんだからね。潮風に強い植物を枯らせるのは可哀想だから移転して貰うけど、農作物は諦めてね」
「ユリスも。海洋諸国同盟の国の水脈は移動ね。真水も、他国から買ってね。後、塩の成分も変えちゃうから、何をしても苦味が残る塩しかできなくしてあげる」
「……南国の気温を下げたりしない。暑いままにして、観光客も逃げちゃう気温が一年中にする」
矛先が私に向いた途端、うちの子達プラスエルシフォーネとグレイスが反撃しちゃったよ。
フィディルなんて、自称次期盟主を蹴飛ばして壁に激突させるわ。
ファティマは治療を拒否して、反対に苦痛を何倍にも増幅させてるわ。
エルシフォーネは、天候操作管理を止めると宣言するわ。
グレイスはいつから聞き耳たてていたか知らないが、便乗して複数の呪いを付与するわ。
レオンは静かにお怒りで、大地の恵みや実りを与えないと言い張るわ。
エスカはフィディルにこっそり頼んで、海洋諸国の潮風にも負けない植物を転移させてるのと、レオン同様に農作物へ干渉してるわ。
ユリスは水脈移動して、海洋諸国同盟の国の水場を全て海水に変え、塩の成分も変換させて良質の塩が精製できない処置をするわ。
セレナは、南国に位置する海洋諸国同盟の気温関係にて、短い冬を無くし高温多湿な環境にして、観光業にダメージ与えようとするわ。
各自、属性にあった嫌がらせを行ってしまった。
同席していたアリスは、沈黙しているけど。
あれは、海洋諸国同盟を哀れんでいるかに見えて、皆良くやったと誉めているんだろうというのが表情で分かった。
「「「「「「「八柱の大精霊が宣告す。只今より、海洋諸国同盟は精霊の恩恵を失った。原因は、次期盟主とやらにあり、我々はその者を敵とみなした。よって、連帯責任として、その者が所属する国及び一族も敵とす。如何なる謝罪も、我々に通じず。恩赦も許さず。最期の果てゆる時過ぎても、我々は怒りを収めず。我々、精霊が見放した始まりの国として、名を残すがいい」」」」」」」」
はい、終わったな。
海洋諸国同盟よ。
怒らせてはならないメンツを、怒らせてしまったな。
でもね。
私を思ってしてくれたのは嬉しいのだが。
アルマニア枢機卿猊下の教区での専横は、赦されるのだろうか。
「海洋諸国同盟を庇護する枢機卿として、大精霊の誓約を受諾するわ」
「あ、アルマニア枢機卿。こんな、こんな横暴な事を赦されるのですか?」
「当たり前でしょ? 私がこの国へ来たのも、貴方達に最後通牒をしにきたのだしね。私も含めて枢機卿全員が、貴方達を破門と認定したのよ? それで、裁定が下ったのを忘れないでちょうだい。今更、大精霊の誓約が追加されてもおかしくない事態を招いたのは、貴方達でしょうが。ああ、巻き添えになりそうな無辜な民達は、支援して避難させるけど、貴方達を助ける気も失せたわ」
果たして、アルマニア枢機卿猊下は許可を出してしまいましたとさ。
冷めた眼差しで抗議する使者相手に持論を述べ、何やら衣服のポケットから魔石を取り出しては、宙に放る。
投げ出された魔石は、瞬時に鳥の形に変化して、部屋の窓ガラスを透過して飛び去っていく。
あれは、部下の人に指示を伝える伝書鳩みたいな魔法のアイテムかな。
抗議している使者は、フィディル達の誓約の意味が理解できていた様子だけど、自称次期盟主は今一理解不足らしい。
壁に激突したあと、床にへたりこんだ姿勢のまま、不思議そうに使者とアルマニア枢機卿猊下のやり取りを眺めている。
まだ、苦痛から解放されてないだけかもしれないけど。
「殿下! 殿下からも、枢機卿猊下に抗議をしてください。でないと、我が国は盟主の座も無くし、国の存亡の危機なのですよ」
「ちょっと、待ってくれ。何故、国が危ういのだ?」
「殿下。貴方は、何を学んでらしたのですか。我が国の沖合いの海の海流が穏やかで、海域航路が安定しているのは、大型化した海洋魔物が近付けない結界が築かれているからで、それを為しているのは精霊なのですよ。また、南国の我が国が真冬でも過ごしやすい常夏の気候を保っていられるのも精霊の恩恵があるからです。潮風に強い植物が育む果実や、我が国でしか実らない農作物を輸出する事で、我が国では栽培できない他の農作物を輸入しているのです。それも、精霊が恵みをもたらすからです。だというのに、精霊から見放されたりしたら、数々の恩恵が失われ、生活が出来ない国に民は残りはしません。皆、他国へ移住していきます。すると、どうなるかぐらいは、お分かりになりますよね?」
輸出できる品物がなくなれば外貨は獲得できず、輸入品を買えなくなる。
そうしたら、一番割りを食うのが限りある食糧の類いで、価格は高騰し、奪いあいが発生する。
地産地消で賄えるなら、大問題にはならないだろうが。
使者が唾を吐くほど力説するのは、それが出来ないと認識しているから。
支出が収入を上回れば、生活はままならなくなり、税金も支払えなくなる。
税率を緩めても、改善策がなければ、いずれ生活が破綻した民は、住みやすい国へ移住するしかなくなる。
そうなると、益々税収は減り、国の財政も破綻する道しかない。
民がいなくなった国に残るのは、生産能力のない貴族や王族のみ。
溜め込んだ資産も失えば、自身も国を出るしかなくなるが、他国へ移住したら貴族の地位は無論保証される訳がなく、平民になる訳で。
国を移住する原因を作った王族だけが、他国で保護され身分を保証されたりしたら反発は必至だ。
だから、容易に王族のままではいられなくなる。
漸く、まずい事態を把握した自称次期盟主は、顔面蒼白となったが、時既に遅し。
大精霊の誓約は実行に移されている。
今頃、海洋諸国同盟の国は大騒ぎだろう。
身から出た錆。
自業自得。
御愁傷様です。