120 怒れる枢機卿猊下が現れました
大変お待たせ致しました。
漸く再開致します。
なし崩し的に、フェルナンド氏を我が家に拉致相応に連れて来てしまったのを気付いたのは、貴族院の長老さん達から託された書状をアリスが持ってきたからだった。
ありゃ、監視役の人すっかり忘れてたわ。
まあ、でも。
死に別れていたと思われていたアナベラちゃんに再会したフェルナンド氏は、非常におとなしくブラウニー達の持て成しを受けてたけど。
私に敵対していた事もあってか、客間からは一歩も外に出ないで静かにされていた。
アナベラちゃんも客間にいて、朧気な記憶を思いだしながら、父娘の関係を取り戻しつつあった。
責任感が強いリーダー格のマイク君も同席していたし、ブラウニーのクリスも微笑ましく見守り、外部の介入を防いでいたりする。
問題点は、マルローネさんにある。
彼女の観点からは、フェルナンド氏はアナベラちゃんの父親だが、また捨てた悪人な印象が抜けてないので、アナベラちゃんから離そうとしていた。
当人のアナベラちゃんは、引き取られた先でのランドルフ伯爵を演じていたフェルナンド氏(当時はファルゼンの名前だ)と、現在の再会した娘に甘い父親との落差に戸惑いつつも、事情を説明されたら、悪いのは元凶の祖父と伯父家族にあり、父親は無関心を装い、守ろうとしてくれていたのだと理解したらしい。
で、時間はかかるだろうが、柵を解き放たれた父親との対応に、慣れていくだろう。
「これは、かなり甘い処分な気がします」
客間でアナベラちゃんと夕食を取り、アナベラちゃんとマイク君は元養護院の子供達が寝起きする離れに戻った。
フェルナンド氏は愛娘との距離に渋ったものの、未だ父親のアーゲード侯爵の犯罪の審議が終了してないのと、自分は証人兼協力者の立場にあるのを再認識して、一人断罪されるのを待つ姿勢でいた。
ところが、アリスが貴族院から託された書状には、アーゲード侯爵の次男は既に故人であり、死人のフェルナンド氏はアーゲード侯爵の身内ではない、人質を取られた影武者と認定。
よって、フェルナンド氏も被害者の側になり、一般庶民のフェルナンド氏が貴族の要求を断れない事情を鑑みて、私の庇護下におかれた一般庶民の戸籍を新たに登録したので、無罪放免ではないが庇護者の農園にて労働刑に処すと記載されていた。
ふむふむ。
ついでに、影武者を強要された慰謝料が支払われ、フェルナンド氏はアーゲード侯爵とは何ら関係がない他人となったそうだ。
新しい戸籍には、ラングレー男爵の庶子の息子で、フェルト=ラングレーと貴族院に登録された。
これ、捏造じゃね?と、思ったら。
ラングレー男爵はアーゲード侯爵に何度か煮え湯を飲まされていて、一矢報いるのに協力的だとか。
また、人情味溢れる男爵なのと、身内が大切と言い切る性格なのとで、愛娘を人質にして息子を故人にして兄の代役を強要した話に、涙ながらアーゲード侯爵許すまじ精神で、庶子の息子さんに是非協力してあげてくれと訴えたそうである。
まあ、その庶子さんも子供に恵まれなかったのもあってか、男爵家由来の性質も受け継いでいたから、あっさり承諾した。
既に、息子と孫娘を受け入れる体勢を整えているらしい。
アーゲード侯爵の裁判が終了するまでは、私の預かりになるのを伝えてはあるそうだが、短い労働刑の刑期が終わる前に迎えに来そうな気配がしてならない。
「細工師の周りに着々と問題ある難物件が来るのは、更正役に期待されてるのか、逆に心折られて改心するのを見込まれてるのか。はたまた、類はなんとやらなのか分からなくなってきた」
失礼な言葉を吐いたアンナマリーナさんには、うちの子達が見逃しはしないでお仕置きしていたのは見物だった。
屋内で不用意に私の悪口言えば、ブラウニーだけでなく、うちの子達もお仕置きすんぞ。
忠告は遅過ぎて、実行に移したうちの子達のサムズアップが良い笑顔でした。
二度目はないからな。
私は止めんぞ。
話が逸れた。
んでもって、フェルナンド氏改めフェルトさんには、うちの財政管理をして貰いつつ、愛娘との関係改善に仲良く農作業を嬉々としてやっていたよ。
「実は、父親に連れ戻されるまで、庶民として牧場で働いていたのです」
ああ、メイドをしていた奥さん連れて、駆け落ちしてたんだっけ。
貴族の名を捨て、一般庶民として働いていた経験があるそうで、農作業は苦にならないのだとさ。
ナイルさんは、見込みがありそうな人材が農園に来たのを歓迎していた。
何でも、アルバレア家の寄生縁戚が、後継者が農民の真似事しているのに難色を示しているそうな。
ナイルさんは、根っからの農民気質が己のルーツだから、煩く言われようが頓着してないが、次のロイド君世代には早い時期に従者や家臣なり得る人物と交流させたいとは思っていると打ち明けられた。
ロイド君とエメリーちゃんは、どちらかと言えばうちの農園から離れたくないそうで、日々元養護院の同年代の子達との交流の方が自分をさらけ出していいから、居心地がいいと拒否反応を顕にしていたり。
なら、苦肉の策で、家臣の子達を農園に受け入れてくれないか打診が来ている。
でもなぁ。
もう暫くしたら、国境争いしていたロンバルディア国の農業体験組が来るんだよ。
出会うなり、過去の因縁で問題が起きやしないか、不安があるんだけど。
なるようにしかならないかと達観するには、状況が読めないんだわ。
そんな日々を過ごしていたら、今度はエルシフォーネが農園を訪れた。
「ミーア様。大変申し訳ございません。王城に登城してくださいますよう、お願いいたします」
「ああ、あれ等が漸く到着したのか」
「はい。時空のが言います通り、海洋諸国の使者がやっと、入国されました」
あー。
あれ、確か入国拒否していた一行か。
エルシフォーネ曰く、隣国で足止め食っていた一行は、滞在費用を女王国に請求してやりたい放題して、問題起こしてたんだよね。
で、痺れを切らした隣国は、滞在費用は請求しないから早く引き取れって外交官派遣して、宰相閣下に泣きついたんだと。
流石に、隣国にも悪いと判断した宰相閣下は、信頼できる甥の国防大臣のユークレス卿と外務大臣のシェライラのお父さんを迎えの使者にだして、件の一行を連行してきた。
一応、他国の王族なんで、迎賓館に滞在させているが、こちらでも無理難題要求していた。
食事は祖国の食べ物を出せ、酒は一級品以上の銘柄を指定して出されないと暴れ、性的目的で見目麗しい侍女や女官を寝所に連れて来いとか、何様なんだか。
他国の王族だからといえど、他国に来たら王族の権威なぞ通用しないだろうに。
これは、私が面会しても一悶着あるな、きっと。
その予見は外れはしなかった。
案の定、女王ちゃんと宰相閣下に外務大臣立ち会いの元、面会場にて第一声が、
「貴様が、我が国の至宝を盗んだ輩か。さっさと、返却しろ。それから、罪を償う為に、あるだけの財産を差し出せ」
これだ。
ぴきり。
穏行していたうちの子プラス、何故か勢揃いしていた休眠していない大精霊達が怒髪天となった。
「ねぇ、僕ちゃん。今、何を言いやがりましたかぁ~」
「ミーア様を盗人呼ばわり、赦せません」
「そうね。私の眷族はあんたの国から、全柱下位に至るまで関わらせないように指示をだすわ」
人見知り激しいグレイスは、大鎌を暴言吐いた王族に突き付けて威圧し。
エルシフォーネは、眦を吊り上げて威嚇し。
アリスは、無情な指示をだす始末。
「どうやら、貴方方は破滅願望がありそうですね。協力致しましょう」
「あら、では海中に敷いている災害級の魔物の封じは解きますわ」
「ん。地下水脈への海水の濾過は止めておく」
「観光地の砂浜に漂流物が流れつかないようしていた海流戻すね」
「塩害に強い植物を弱らせるー」
「……熱さを和らげる気温操作止めるー」
おおう。
うちの子達も追撃しておりますがな。
わざわざ、姿を顕現させて、一柱一柱王族の前に出ていって、宣言しとります。
御愁傷様。
私は、取り成したりしないからね。
のっけから人を盗人扱いされて、立腹しないわけがないだろうが。
「なっ!? 貴様等、わたしを誰だと思っている。海洋諸国同盟の次期盟主だぞ。わたしの機嫌を損ねれば、塩の販売も、真珠の販売も一切納入がなくなるのだぞ」
「なら、此方も対抗策を言わせて貰おうではないか」
海洋諸国同盟の強気外交は、塩の販売権利と真珠販売権利にある。
だけどさ、どちらも独占販売してないんだなぁ。
特に塩関連は、商業ギルド本部があるガストーネ自治区近隣に塩湖があり、良質な塩が安定供給されて、海洋諸国一強ではない。
真珠も海洋諸国同盟に列ねない島国が、海洋諸国の妨害を袖にして、商業ギルドへ卸していたりする。
なので、どちらもバカ高い税率を含んだ品を買い求めなくても、困らないのだ。
外務大臣のバウルハウト侯爵からその事情を説明されて、海洋諸国同盟の王族や使者達は、如何に自分達の足元が崩れていく過程を認識し始めた。
「し、しかし、その女が我が国の至宝を盗んだ事実は変えられない。虹色真珠は、絶対に返却して貰う」
「そうだ。建国より、我々の守護神から与えられた希少な虹色真珠の所有権は、我々にある。返却に応じないならば、裁定者たる枢機卿に奏上し、破門を言い渡されるだろう」
「それは、どうかしらね」
「だ、誰だ?」
大精霊の威圧と威嚇を目の当たりにし、外務大臣からも海洋諸国の納入品は必要ないと言い渡されてなお、虹色真珠に固執する海洋諸国の面々に、再び第三者の声がかかる。
ん?
突然に、奇妙な気配の主が現れたのだけど。
面会場の王城の小会議室には、女王ちゃんと宰相閣下と外務大臣のバウルハウト侯爵に私と守護者、海洋諸国側の使者達と護衛の騎士が数人いたのに、いない筈の人がいた。
白を基調とした聖職者が着る祭服を身に纏い、枢機卿の証である刺繍が施された赤の絹布を肩に掛けた年齢不詳の蒼い髪をした女性。
「ア、アルマニア枢機卿猊下? 貴女が、何故こちらに?」
「あら、私は貴方達に忠告したわよね。貴方達が虹色真珠を国の至宝だとか宣っているのを、私は見当違いだと教えたはずよ。それなのに、此方の教区のエルネストから苦情が来たのよ。愚かな者が、エルネストの特別な子を、場違いな盗人扱いして糾弾しかけてるから、回収して接触禁止にしろってね。ねぇ、貴方達は私の意思を無視して、私に恥をかかせたいのかしら。それなら、私の庇護もいらないみたいね。ならば、それ相応の対応させて貰うわね」
琥珀の瞳が猛禽類を思わせる鋭さで、アルマニア枢機卿猊下は淡々と事実を述べる。
まさに、蛇に睨まれた蛙よろしく、身動き一つ出来なくなった海洋諸国側の使者達。
あーあ。
怒らせてはならない人を怒らせた罰は、甘んじて受けろ?
助けてはやらないよ。