119 情に訴えても無駄でした
「本審議は、ランドルフ伯爵からバーシー伯爵を訴えた案件であるが、フェルナンド卿の身の安全を考慮するとなると、バーシー伯爵側の提案を受け入れるのもやむ無しと判断する。ただし、バーシー伯爵の居住地には、我々貴族院から監視員を派遣するのを条件とする」
「バーシー伯爵弁護人として、裁判長の裁定に異議はありません」
そりゃ、そうか。
フェルナンド氏は、アーゲード侯爵の不正やら犯罪やらの証人だしね。
幾ら、身内の犯罪を申告したからといっても、犯罪に加担していた訳で、無罪放免とはいかないか。
それと、口封じで暗殺されたら、貴族院の沽券に関わってくるしな。
うちの農園が精霊の避難場所兼人外魔境みたいで、余所者の無頼漢が易々と入り込めない場所だと知らないだろうのと、荒事に対処できる人材不足もあって、親切で貴族院所属の衛士さんとか騎士さんを派遣してくれるのだろう。
まあ、武芸に長けたアンナマリーナさんとお付きの騎士ワイズさんとか、めきめき能力をつけてきた次期アルバレア侯爵のナイルさんとか、やり過ぎるきらいのあるうちの子達もいるから安全は確証されてるけど。
元養護院のちびっこ達もいるから、派遣してくれるならありがたく受け入れますよ。
「……そんなの、そんなの許される訳にはいかないのよ!」
じゃあ、帰ろうかと帰り支度していたら、ランドルフ伯爵夫人が急に叫びだした。
血走った目付きで、フェルナンド氏に詰め寄り掛けて、異変を察知した衛士に止められる。
「どうしてよ。どうして、貴方は、また私を見捨てるのよ。元々、私はフェルナンド様の婚約者だったわ。それが、ファルゼン様の婚約者がいなくなり、私は嫁ぎたくもないファルゼン様に嫁がされた。挙げ句、ファルゼン様は弟には申し訳ないからと、白い婚姻を提案して、私には興味を抱かない振りをしてくださった。そうして、私をいつかはフェルナンド様に嫁がさせてくれると約束してくださった。なのに、なのに、子が出来ない私達夫婦を恥だとか、本当に私が石女なのか知る為に、お義父様が私を無理矢理……。その結果、私が純潔であるのが判明して、お義父様はファルゼン様に欠陥があると信じて、私を愛人とした。そうして、産まれてきたのが、フォルクスとクレアだわ。お義父様は喜ばれたけど、益々私はフェルナンド様に嫌われ、家を出られたフェルナンド様はあの女を妻として、娘まで産まれて幸福な家庭を持った。私がどれだけ、惨めに思ったか、フェルナンド様は露にも思わなかったでしょうね。だから、あの憎い女と娘を奪ってやったのに。何故、殺す様に指示した娘が生きてるのよ。何故、私の前に現れたのよ」
それは、ランドルフ伯爵夫人の心の奥底からの叫びだった。
そっか、夫人はフェルナンド氏に恋していたのか。
夫婦になれると憧れていた矢先に婚約者を代えられ、理解ある夫となった人から提案されて、最初の婚約者の元に戻れると希望を抱いた。
それが仇となり、女好きな義父に捕まり、なりたくもない愛人となるしかなかった。
諸悪の原因は、アーゲード侯爵じゃんか。
多分、夫人の生家は侯爵よりも爵位が下で、何らかの事情があって逆らえなかったとか。
でもさぁ。
なら、何で貴族院に直訴したり、金儲けに走ったとはいえ迷える女性を救うが理念の聖母協会に逃げなかったんだろ。
ちょいと、そこんところが疑問だわ。
おまけに、殺人勧告しちゃってるのもさ。
自分のいる場所を奪ったフェルナンド氏の奥さんを恨むのは、お門違いじゃね?
アナベラちゃんが標的になるのも、身勝手すぎやしないか。
昼ドラのどろどろした女性の嫉妬を目の当たりにして、暫し理解が追い付いてこない。
アナベラちゃんは耳を塞がれているが、敵意の視線を向けられているので、恐怖で身体と表情が強張っている。
これ以上は、お子様の精神的にもよろしくないな。
フィディルに念話で指示して、フェルナンド氏とアナベラちゃんとの父娘に、ナイルさんとマイク君を農園に送り帰した。
扉の先は法廷に繋がる廊下ではなく、我が家なので初めて体験するフェルナンド氏には驚愕だろうが、ナイルさん辺りが説明してくれるとふんだ。
ランドルフ伯爵夫人は、フェルナンド氏にすがり付きたくて暴れたが、衛士に押さえつけられて身動きできなくなった。
で、自分の実父が祖父と知らされたランドルフ伯爵の息子と娘は、母親の独白に顔面蒼白でいる。
御愁傷様。
裁判に勝利して、私が所有する装飾品なり慰謝料をふんだくれると疑いを持っていないでいただろうが。
暴露に次ぐ暴露で、自分達が裁かれる立場に逆転した。
どうせ、侯爵家の後ろ楯を遺憾なく発揮して、我が儘し放題だったと思われる。
きちんと、罪を意識して償うといいさ。
まあ、罰金刑で終わらせられるかもだけど。
しかし、貴族院から目を付けられている以上、甘い裁定はされないとみた。
「お宅らに、付き合う義理はないけど。言わせてもらうわ」
「バーシー伯爵?」
「貴族の在り方については、先達から教授頂いた身として、あんたら貴族の特権階級を見誤ってるわ。言っとくけど、貴族あっての庶民ではないからね。庶民が汗水働いて納めてくれている税収で、生活出来てるんだよ。なら、その替わりに貴族は庶民の安全と平穏を守護する役割を担わないとならないでしょ? でないと、庶民が暮らせない領地に、人口は増えずに減る一方となり、必然的に納められる税収も減っていくばかり。減った税収を取り返そうとして税率あげたら、益々人口は減っていく悪循環を産むだけ。一部の商会や商人だけ儲かる仕組みを作って、賄賂を貰ったとしてもさ、買う領民がいなくなったら、その商会の利益も無くなるよね。だから、あんたらは焦って裏社会の闇ギルドと手を組んで犯罪までやらかした。自業自得って言葉の意味を理解したら?」
前に、うちの領地に移住したい人間がいる話をしたけれども。
ランドルフ伯爵の領地からの移住者も、名乗りをあげている。
税率はあがりにあがり、バカ高い商品買わされて、仕事の賃金は上がらないとくれば、生きていくには厳しい状態を領民に強いていた訳で。
ランドルフ伯爵の領地だけでなく、アーゲード侯爵の領地でも同様の有り様。
そうした状況を、他の領主や宰相閣下も把握済みなんだよね。
ついでに、貴族院もさ。
だから、私を告発してきたランドルフ伯爵側と父親のアーゲード侯爵に対して不信感しかない貴族院は、私に協力を求めてきた。
エンブリオ公爵家から奪われた初代女王の遺産奪還目的も含めてだが。
それを知られてないと思っていたランドルフ伯爵側は、小さな画策して勝利を疑いもせずにのこのこやって来て、断罪される側になった。
ああ、阿保らしい。
愚かさを露呈した領主が、無茶を強いた領民に謝罪しろっての。
まあ、これからアーゲード侯爵家の断罪は、厳しいモノになるだろうね。
爵位剥奪で済めば御の字だよ。
「煩いわ。成り上がりの小娘が、貴族の矜持も知らぬ愚かな事をぬかしおって。貴族あっての平民だ。あやつらが、尊き我々貴族の糧になるのは当然だろうが。平民なぞの烏合の衆と、我等尊き貴族の血筋を秤にかけるまでもないわ」
「ああ? 本気で言ってる訳? 貴族、貴族って言うけどさ。女王国が建国した最初の住人は、他国から排斥された政治犯だったりする輩もいたんだよね。まあ、中には貴族の血筋の人もいたらしいけど、その人達だって他国から貴族の籍を抜かれたんだから一般庶民と同じでしょ。今日の貴族籍の方々がどうして貴族たらんとなったのか知らないけど、始まりは皆一般庶民からだよね。それを、忘れて貴族の血筋がどうのって、笑えるんですけどね」
「……喧しい。小娘が!」
「正論で論破されたら、恫喝して黙らせるのは三流悪役の証と思わないんですか?」
「ぐぬぬ。小娘、いい気になるな。貴様、貴族院に楯突いておいて、罰がおりんと思うなよ」
「はい、またまた悪役ご苦労様です。事前に、貴族院には私の発言を不問にするとお許し貰ってます。私は、あんたらを釣る餌役なんだって、早く理解したらどうですか?」
「……バーシー伯爵。その辺りで、口喧嘩はご容赦くださいませ」
あら、挑発し過ぎましたか。
裁判長から、ストップ掛かりました。
ああ、アーゲード侯爵の顔面は真っ赤で、血圧がかなりあがってそうだしね。
倒れられても困るか。
私の口撃の勢いに、伯爵夫人も黙ってしまっている。
先程の、激昂が冷めて幾分か冷静になったかも。
標的のアナベラちゃんもいなくなったし、情に訴えたかった相手のフェルナンド氏も不在となれば、どれだけ訴えても醜聞を広げるだけだしな。
この場に、味方は一人もいないだろうし。
勝手に自爆して、自分の罪を暴露しただけに終わったな。
ランドルフ伯爵との白い婚姻のやり取り云々は、ランドルフ伯爵自身が故人であるから真実か判断できないのもあるからね。
伯爵夫人の言い訳にしか聞こえないのも、不利な状況を覆そうと足掻いていると思われても仕方がないんだよね。
故人のランドルフ伯爵の日付け入りの日記とか提出されたら、情状酌量の余地ありと心証が良くなるかもだけども。
フェルナンド氏の奥さん殺した発言あるから、犯罪者の烙印は消えないだろうが。
その息子と娘も加担してた訳なんで、貴族籍剥奪か、良くて戒律厳しい修道院送りかなぁ。
女王国に、犯罪者を収監する牢獄はないそうだ。
あっても、過酷な労働場所にての監視付きの労働を課せられるか、国外追放刑なんだが。
犯罪者を追放して、その先でまた犯罪おかしたら、他国から因縁付けられて賠償金請求されないんだろうか。
うん、多分そうなったら、折衝役は枢機卿さんがでばって来そうだな。
教区の国々に、諜報役とか配してるんだろう。
女王国には、過剰な人員がいそうな気配がしてならないが。
「こほん。本法廷は、ランドルフ伯爵側の申告が虚偽と判定し、審議は閉廷すると宣言します。バーシー伯爵には、何ら瑕疵のない事態での貴族院よりの要請に感謝と謝罪致します。後日、正式な書状を送付させていただきます」
裁判長と裁判官皆さんが異例で立ち上がり、私に頭を下げるのは、賢者の石板の指示かいな。
どうも、数多の精霊が書き込んでる様子が精霊視で見えてしまった。
はいはい。
うちの子達がお怒りにならないようにするから、心配しなさんな。
女王国から精霊退去の指示出さないようにしますっての。
私だって、せっかく軌道に乗ってきた農園を手放しはしませんから。
あー、はいはい。
いなくなりません。
他国に移住しませんから、安心しなさいな。
だから、もう書き込まないで、よろしい。
ファティマ、精霊達を落ち着かせてあげて。
フィディル、説得してあげて。
でないと、裁判長さん達が可哀想だから。
早く、お願いするわ。