011 容姿を見ました
ひゅん。
目の前を重さのある小型の文鎮が、通り過ぎていく。
投げたのは宰相で、危なげなく受け止めたのは、扉を開けた銀髪の騎士。
ではなく、筋骨逞しい大柄な壮年の男性。
顔面に文鎮が当たる寸前、壮年の男性が騎士の足を払った。
「ふぎゃ?」
「愚息。修行が足らんぞ。後、礼儀作法もな」
「ち、父上。お叱りは後に受けます。なので、足を退けてください」
転んだ人を踏むのは、流行っているのかな。
男性は、息子を容赦なく踏みつけている。
どう見ても、男性は文官らしき服装で、職業間違えているのではないかと思った。
投げ付けられた文鎮を受け止めた仕種といい、足払いの素早さといい、絶対に武官であるべき人である。
「ユークレス卿、あんたを呼んだ覚えはないよ。フレッド卿は廊下に無様な姿を晒す、騎士団長を不敬罪で収監しな」
「あー。女王陛下、発言を御許しください」
「どうぞ、構いません」
「では。愚息其の一が、不敬を働き申し訳ありません。国防大臣の権限で、役職を解きます。それから、愚息其の二の無作法、礼儀を一から躾直してきますので、一週間の謹慎をさせます。後任には、紅蓮騎士団の団長を推薦致します」
「承りました。良きように取り計らってください」
成る程。
男性は元総長の父親でしたか。
そんで、銀髪さんも息子である。
本人は国防大臣の役職に就いていて、息子二人が騎士団の元総長と副総長か。
父親は真面目な方で、上の息子は特権階級に有りがちな選民思想な持主で、下の息子は猪突猛進ぽいね。
それにしても、騎士団の名前が紅蓮とか、厨二ぽいのはユーリ先輩の趣味が出ている。
近衛の他に、翡翠、紺碧とかありそう。
シェライラに後で、聞いてみよう。
エルシフォーネの服を直して、半覚醒状態を解除する。
「調子はどう?」
「はい、不調は出ていません。魔力の流れも速やかに行き渡ります。ありがとうございます。本来の調子を取り戻しました」
後片付けして、立ち上がる。
エルシフォーネも軽くジャンプしたり、身体を動かしている。
「陛下、大叔母上。こちらの、方は? 初見の方にお見受け致しますが」
「ユークレス卿。彼女は、女王陛下専属の相談役に就任なされた尊きお方さ。六柱の守護者を得られた、細工師にして、優秀な修復師だよ」
「どうもー。ご紹介に与かった、細工師のミーア=バーシーです」
片手をあげて、ご挨拶。
お子様ズが真似をする。
年長者達は、軽く会釈した。
私の軽いノリに、銀髪の騎士が眉を歪めた。
「細工師が、相談役に就任とは。大叔母上の独断ですか?」
「違います。ミーア様は、初代女王陛下の御技を継承なされた方です。私よりも、女王に相応しきお方です」
「陛下の仰有る通りですわ。先程、陛下の守護者を見事な神業で修復なさりました。ミーア様を侮辱なされるなら、バウルハウト家が相手になりますわ」
「バウルハウト卿?」
「うむ。確かに、神業であった。自分は錬金術には明るくないが、その造詣には感嘆に値する。バウルハウト家は、バーシー嬢を後見する」
いつの間にか、シェライラのお父さんの信頼を得ていた。
後見になるとは、後楯を戴いたようなもの。
この世界に保護者がいない私には、有り難い縁だよね。
まだ、十代だし。
戸籍がない私には、家を借りるのも難しいだろう。
人外さんから身分証のプレートもらったけど、発行した国ではないから保証されるか分からないしね。
「ほう。人の観察が趣味のバウルハウト卿が、後見する人物か。済まないがバーシー嬢。身分証を拝見しても構わないかな。何、職業上、確認しないではならないものでな」
「どうぞ」
ほら、来た。
国防大臣ならではの、人物監査が始まった。
まあね。
見ず知らずの若輩者が、女王をたぶらかして権力を握るのを危惧された。
私にはする気はなくても、女王ちゃんの心酔振りから怪しい輩は排除するのが当然でしょ。
女王筆頭候補なシェライラも、私を擁護しているからね。
別段、気にはならないので、プレートを渡す。
「……ミスリルの身分証か。しかも、神聖国のエルネスト枢機卿猊下の御墨付。バーシー嬢は、猊下の後見を受けておられるのか」
知らない名前が出てきた。
エルネスト枢機卿てのは、誰だよ。
プレートも人外さんが寄越した物だし、神聖国に足を踏み入れた事実はない。
ピロロン。
脳内に着信音が鳴った。
人外さんかな。
手紙が届いたアイコンが浮かぶので、タッチする。
『ミーアちゃんへ。
エルネストの名前は僕が地上でお忍びに使う名前です。ミーアちゃんも、遠慮なく利用してね』
語尾にハートマークが付きそうな軽い文章だった。
そうか、人外さんか。
知らない間に、後見人が出来ていた。
「一度しか会った事はないですが、そうみたいです」
「言いにくいことなら、済まないが。ご両親は?」
「妹もいましたが。遠い地に居まして、二度と会えません」
「それは、お悔やみ申し上げる」
んん?
故人と勘違いされたかな。
異世界にいるとは思わないか。
嘘は述べていないので、良しとしよう。
シェライラのお父さんや護衛の騎士は、私がユーリ先輩の愛弟子だと知っている筈だけど、沈黙を保っていた。
守秘義務を全うしていた。
「では、何をしに我が国へ?」
「試練を受けてこいと、ライザスの近くに転移されました。それから、守護者に会って、シェライラの元に連行されてから、本教会にまた転移して、守護者制度を停止して、女王ちゃんの守護者を修復しました」
要点だけ話せば、こんなところ。
間違えてないので、シェライラも女王ちゃんも頷いている。
私の話が伝わらない方々は、少し疑問があるようで首を傾げている。
「おかしいな。神聖国にも、聖母教会はある。枢機卿の後見をお持ちなら、最優先で受けれるだろうに」
「そこら辺りは、何か事情があるのではないですか?」
「貴様、偽造したプレートではないだろうな」
「フレッド、詮索はよしな」
にへら。
笑って答えると、フレッド氏は途端に追求してくる。
フィディルとファティマの笑顔が固まる。
こらこら、君達。
喧嘩は売るでないよ。
買う気ではいるがな。
「ですが、大叔母上。転移魔法なぞ、与太話。到底、見過ごせません」
転移魔法が与太話かぁ。
時空属性持ちなら、拠点に帰るリターンホームや、街から街への移動テレポの魔法は流用しているけどな。
錬金術師なら、テレポストーン販売で儲けているし。
もしかして、転移魔法技能は廃れてるのかな。
「シェライラに、質問」
「はい、なんでしょうか」
「転移魔法が与太話ってのは、何故?」
「わたくし達が神から与えられる属性は、地水火風光闇の六属性と、派生する樹氷炎嵐の四属性を合わせて十属性になります」
「ミーア様が保有している時空と聖属性に残りの邪属性は、天翅族と魔族のみの固有属性になります。ですので、ミーア様は天翅族の血筋になられます」
「つまり、人族には転移魔法は使用できないのですわ」
シェライラを補ったジルコニアが、さらりと暴露してくれた。
天翅族とは何ぞや。
疑問符が浮かびそうだ。
「マスター。手鏡を御持ちなら、ご自身のお姿を見られるとよいですわ」
ファティマに言われて、確認をしていないことに気付いた。
そうだった。
人外さんはゲームのアバターに似せた、と言っていた。
紅林雅ではない、アバターのミーア=バーシーなら、天翅族云々は当てはまる。
転生イベントで、人種から天翅族ハーフを選んでいたよ。
「はい、マスター」
「ありがとう、エスカ」
ショルダーバッグから、手鏡を取り出して渡された。
契約している守護者が、私のアイテムボックスを利用しても盗みにはならない。
ゲームの設定が生きていた。
「あらまぁ」
手鏡を覗いて、驚いた。
髪色は変化していたのは知っていたが、瞳の虹彩に何やら異変が生じていた。
瞳の色はターコイズブルーで、虹彩の周りに金色のサシが入っていた。
髪は金髪というか、レモンイエローに近い。
横髪の一部を3つ編みにしてから、後頭部でポニーテールで結んでいる。
手鏡を見て気づいたのは、結んでいる位置に簪が刺さっていた。
親指の爪程の桃色真珠を蝶の形に嵌め、ピンクダイヤで桜の華を象っている。
髪からほどいて手に取ってみた。
これは、ユーリ先輩が錬金術で作ってくれた、簪だ。
私だけの逸品である。
懐かしいなぁ。
「自分の種族すら知らないとは、怪しさ満載ではないか。それに、プレートには人族とある。立派な偽造ではないか」
「フレッド。ミスリルのプレートは神聖国でも、枢機卿クラスの位階にある方のみが発行できる。その意味を、お前は忘れているのか」
「父上?」
「ミスリルのプレートを所持している方が、この大陸に何人存在していると思っている。ミスリルはだな、枢機卿が命を賭して保護される希少な知識を有している方や、世界に多大なる貢献をした方のみに与えられる。いわば、神聖国が認めた聖女や聖者になられても、おかしくはない方なのだよ。我が国で言えば、初代女王陛下がミスリルのプレートを所持されていた。それに、裏を読んで見ろ」
「? はい。……!」
フレッド氏が手渡されたプレートの裏を読み、目を丸くして口を大きく開けた。
声を出そうとして、慌てて手で押さえる。
裏側に何か記入してあったかな。
やば。
確認をしてないや。
国籍だけ見て、放置していたさ。
気になったので、プレートをフレッド氏から奪い返した。
フレッド氏の驚愕している目差しは、この際見なかったことにしよう。
えーと。
なになに。
〔その壱、ミーア=バーシー嬢の身分は神聖国が保証する。
その弐、同盟国内にてバーシー嬢の自由を保証する。
その参、同盟国内にてバーシー嬢の刑罰は不問に付す。
その肆、同盟国内にてバーシー嬢を捕縛するのを禁じる。
その伍、同盟国内にてバーシー嬢の自由を阻害する者を破門に付す。
その陸、同盟国内にてバーシー嬢の経歴を詮索する者を破門に付す。〕
「はあ?」
「マスターのご身分なら、妥当な線かと」
なんじゃ、こら。
人外さん、やりすぎだよ。
身分を保証してくれるのは、いいよ。
だけどさ、私に逆らう人がいたら破門はやりすぎじゃないかな。
詮索はするなって、フレッド氏が蒼白になるのも頷ける。
「バーシー嬢」
「はい」
「無知な愚息は一月謹慎をさせるから、破門は赦してくれないか?」
「あー。はい。それで、そちらが気が済むなら」
「助かる。神聖国から破門者が出たなんて知れたら、自分や身内も職を辞さないとならないのでな」
「シェライラ。宰相さんでも、いいや。誰か、一般常識教えてくれる人いないかな」
「早急に、手配致するよ」
事の重大さを理解していたのか、宰相さんが請け負ってくれた。
何処の世にも、宗教関連や王侯貴族と一般庶民の階級差はあるからね。
早いとこ知っておかないと、私の周りで破門者が掃いて捨てるほど出てこないとも限らない。
異世界に来ても勉強しなくてはならないなんて、当然の帰結か。
強権を振り翳すつもりはない。
こちとら、一般ではないかもしれない家庭の庶民である。
過ぎたる身分は、身を滅ぼす。
人外さん。
ちょっと、お話しようや。
夢枕でもいいから、出てきてくれないかな。
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