109 召喚状は赤でした
問題児がいなくなり、暫くは穏やかな日々が続いた。
子供達は各々の体力に応じた農作業と、女史が請け負ってくれた庶民には少しだけ難易度があがる勉強と。
騎士ワイズさんが手解きする武術の鍛練と、アンナマリーナさんが伝授する淑女のマナーレッスンをロイド君とエメリーちゃんと交ざって、学習している。
シェライラに聞いたけど、平民が学べる場は限られていて、神聖国の聖職者が安息日に開く簡単な計算と文字を教える学びの日か、冒険者ギルドと商業ギルドの両ギルドが開催する青空学級の日でしか、学ぶ機会に恵まれていないそうだ。
初代女王は、聖母教会が主導して国民全員に教育を施そうと施政を打ち出したけれども、建国当初はそんな国民全員が学ぶ暇はなかったらしくて、頓挫したんだと。
そりゃ、そうだ。
何もない荒れ地に建国した訳だから、真っ先に行わないとならないのは、食料の確保と国の防衛だ。
幾ら、大精霊の恩恵があろうと、無からは何も産み出せない。
何処かの枢機卿さんが、建国の祝福にと数年は餓えない食料を約束して与えてくれていたのを、数年後は自力で賄わないとならないのだから、教育は見送られ、国の体裁を維持する方向へ舵取りを余儀なくされたのだろう。
聖母教会と冒険者ギルドを設立して、近隣諸国へ錬金術の有用性を見せつけ、列強国と対峙しては同盟を結んだ。
まあ、同盟云々は枢機卿さんの根回しが功を奏したのだろうけどね。
でないと、建国したばかりの錬金術頼りな小国なんて、大国にとったら荒れ地を開墾する手間が省けたぐらいにしか思われてなさそうだし。
それで、旨い事いけば後から難癖つけて掠め取ろうとでも画策されてたんじゃないかな。
枢機卿さんの庇護がなかったら、女王国なんてすぐ併呑されてよくて属国扱いか、悪くて大国の王子辺りを婿入りさせて公爵領辺りで治まっていたりして。
どちらもあり得ていた未来だわ。
良かった。
女王国が残されていて。
閑話休題。
で、平民の教育事情だが。
裕福な豪商の子女は、元官吏が経営する私塾だったり、家庭教師によって知識は得られる。
女児なら錬金術の適性があれば、平民でも貴族の後見人がついて学院の入学推薦を受けられたりする。
我が農園に引き取った養護院の子供達の何名かは、推薦してもいいかなと思わしき数学に興味を持った子や、異国語を難なく読み解けちゃう子がいる。
かくいう、エメリーちゃんも天才的な感性を持ち、幼いながら守護者ナナリーの属性である大地の精霊魔法を、初歩なら操る事が出来てしまっている。
それも、抜けにくい雑草を抜こうとして、意図せず駆使してたのだから驚いた。
っていうか、大地のおちびちゃん達が代償無しに助力してたのだけどさ。
レオンとナナリーに、大地のおちびちゃん達に代償がない魔法行使は止めさせたのは言うまでもない。
あのさ。
君達が助力するのは構わないのさ。
だけど、代償無しで助力出来るのは、我が農園内だけだからね。
将来、エメリーちゃんがうちから巣立ち、君達の助力を当たり前と勘違いして、学院やら社交界で精霊魔法を行使したら、君達助けてあげられるのかいな。
ナナリー一柱の精霊だけで対処出来ない事態に陥って、農園内で出来た事を披露しようとするとエメリーちゃんが多大な代償を支払わないとならないでしょうが。
魔力だけならいいよ。
足りない魔力分を、生命力で補う羽目になり、寿命が削れたらどうするよ。
そんな、危ない橋を渡らせられるかっての。
だから、魔法を行使するなら魔力を代償にしなさい。
それも、エメリーちゃんの負担にならない程度の魔力を代償にだ。
魔法師の中では、幼い頃から魔力枯渇状態になるまで魔力を使いきり魔力回復力薬を飲んで回復、それを繰り返したら魔力量が増えるというのが通説みたいだけど。
そんなの、邪道だから。
確かに、魔力量は増えるだろうけども。
無理矢理増幅した魔力の質が、変質すると何故分からないかなぁ。
精霊が好む魔力に変な味が付いて、精霊が離れていくだけなのに。
まあ、何百万分の一で高位精霊が好む魔力に変質する可能性はある訳だけど。
普通は、逆だからね。
精霊魔法師が単なる魔法師に鞍替えするだけとなるのに、ユーリ先輩はその危険性を公式に発表してないでいた。
あれか、自分の功績を超える称賛を得る次代の女王の登場を、阻みたかったのか。
阿保くさ。
死んでまで、偉大な女王とか持て囃されたかったのか。
自分至上もここまでいくと、何も感じないわ。
後日、シェライラか女王ちゃんか、宰相閣下にでも話しておこう。
で、私的には、所々精霊のおちびちゃんのやらかしに対処したり、スローライフを満喫する為に、地道な農作業に従事したりとしていたら。
「何じゃ、これ」
「……ミーア様。簡潔に言わせていただきますと、そのお手紙は所謂召喚状です」
「うん、覚えてる。確か、貴族院の正式文書に押される封蝋だったよね」
ある日。
シェライラが、ジルコニアと王城にいるはずのアリスを連れて農園を訪れた。
アリスによると、本当ならシェライラを介さないで、直接私の元に転移したかったそうだが。
うちの農園には、ファティマの結界とフィディルの監視による転移阻害が施されていて、容易に転移出来なかった。
また、フィディルに念話しても、通訳を連れて来いと指示されて、通訳は誰だと疑問を感じていたら、私の近くにジルコニアと彼女のマスターがいる。
ああ、彼女達かと思い、理由を話して連れて来たそうだ。
ふーん。
微妙に憂い加減なシェライラは、この手渡された召喚状の意味を知っているようである。
「ミーア様。封蝋の色にも、意味があるのです。緑なら、功績を讃え褒章される意味合いが。黄なら、領地の采配に不備があったり、貴族としての行いが相応しくない者に警告の意味合いが」
「封蝋ねぇ。赤は、警告以上か」
「はい。貴族院による貴族裁判への召喚状です」
成る程。
なら、心当たりがあるな。
どうやら、あちらが本格的に焦り出した結果だろう。
「ミーア様、何をなさいました? 赤の召喚状が出されるなど、貴族にとっては大変遺憾な不名誉とされます」
「んー。ベルゼの森の反対側の領主と喧嘩してる」
「は? カイゼル領主ランドルフ伯とですか」
何気なく呟いたら、アリス一行は驚いていた事に、首を傾げた。
あれ?
内容把握してるんじゃないのか?
シェライラが治めるライザスの冒険者ギルドと商業ギルドのギルドマスターから話いってない感じ?
アリスもって事は、ラなんとか伯爵がやらかしている案件を知らないのかな。
「私は、アリスやジルコニアが把握してないのを不思議に思うけど?」
「あのですね。ミーア様に関しましては、眷属達もおいそれと大精霊たる私達に報告致しません」
「ミーア様の情報を、時空や聖が、外部に漏らす訳がありません。だいたい、ミーア様が動かれるのを二柱から事後報告されます」
「当然ですね。マスターの動向を阻害するなぞ、赦すわけにはいきません」
「同じくですわね。マスターは、わたくし達のマスターですもの。火や風や嵐の、マスターではありませんもの」
「フィル兄とティア姉に同意する」
「「そうだぁ~。マスターは、あげないよ」」
「……あげない」
嘆くアリスとジルコニアに、うちの子達が追い討ちをする。
お子様ズは、私の前に並び威嚇するわ。
レオンも睨むわ。
大人組も便乗して、アリスとジルコニアを牽制するわ。
巻き添えになったシェライラが、可哀想になってきた。
「はいはい、そこまで。シェライラまで、威圧しないの」
「「はぁい」」
「……はぁい」
お子様ズはおとなしく私の言う事を聞いたが、レオンと大人組は未だに威圧は止めない。
三柱は眷属からの報告で、召喚状の内容を把握しているんだろう。
そして、精霊に甘い私に付け込んでアリスに召喚状を運ばせれば、厄介な召喚状の内容を知っても従うだろうという目論みに、怒って見せているのだ。
でないと、アリスなりジルコニアなり今回はお留守番のエルシフォーネがでばれば、私が王城に唯々諾々と訪れ、面倒事を押し付けても解決して貰える前例を残すと、私のスローライフ生活を脅かすだけとなる。
故に、フィディルやファティマは、二度は赦さないと態度で示している。
レオンはマスター至上主義だから、お前達がやってこいか、些事な案件はさっさと私の元に届く前に排除しろ的な考えだろう。
精霊王に継ぐ大精霊の首座にいるフィディルとファティマに威圧されて、アリスとジルコニアはすっかり萎縮してしまっている。
煽りを食ったシェライラも、表情が蒼白になっている。
仕方なくの精神安定の状態回復魔法を行使した。
目配せして、控えていたアンジーに鎮静作用のあるハーブティーを要求する。
出来るブラジル → ブラウニー は、すぐさま私の意図を理解してお茶を私とシェライラに用意した。
「ありがとう、アンジー」
「……あ、ありがとうございます?」
シェライラ。
疑問符ついてるよ。
上位貴族令嬢なんだから、出されて当たり前と受けないとね。
折角、出されたハーブティーで喉を潤し、召喚状を開けた。
まあ、内容は予想していた。
「ふーん。私がランドルフ伯爵の私的財産を、不正に横取りねぇ。おまけに、商業ギルドに圧力かけて、商会を潰しているか。それから、異種族の奴隷売買の余罪ありときた。笑えるね」
「なっ、何処が笑えますか。名誉毀損も甚だしい、でっちあげな犯罪ではないですか!」
「だって、商業ギルド関連は真実だしね。後の残りは、ランドルフ伯爵がやっていた犯罪を、自分で暴露しているだけだよ」
「えっ?」
落ち着かないシェライラは声をあげるけど、商業ギルドに関しては私が関わっている。
ライザスの商業ギルド長さんには、カイゼルの領地へうちの農園の作物や卵や牛乳なんかは卸さないように契約したしね。
その理由も公開してあるので、カイゼルの領地の商会は入手不可能な祝福付きの食材を入手しろと、カイゼルの領地に住む貴族にせっつかれ、脅され、八つ当たりされの三苦の責めに、カイゼルの領地の商会を畳み始めている。
元々、カイゼルの領地の商会は、ランドルフ伯爵の身内贔屓が凄まじく、他の商会が納めないとならない税金もばか高い。
利益がでない商会を維持する必要性が見られなくなり、空き店舗が目立つようになっている。
そうなると、身内の商会だけで領民の生活を賄う商売が成り立ち、一見儲かっているように見えて、それほど利益を生んではいない状態になる。
何しろ、カイゼルの領地で商業権利を得るにも賄賂、土地や店舗を入手するのにも賄賂。
しかも、利益に応じた税率ではない定額制の税金を納めないとならないとで、赤字でも猶予措置がない。
鉄貨一枚でも少ないと、非道にも商品を全て物納という形で奪われる。
例え、一つの商品で鉄貨一枚以上の価値があっても、全てが滞納金代わりに略取されるのだ。
賢明な商売上手なら、こんな領地で商売を続ける意義が見いだせない。
よって、カイゼルの領地から商会が撤退していくのである。
こうなると、カイゼルの領地の税収は落ちていく訳で、阿呆な領主は差額分を補う為に、税率をあげて領民から貪ろうと政策を出す悪循環に陥っているようなのだ。
でもって、カイゼルの経済的ダメージはかなり看過できない域に至り、領民の不満が蓄積していき、矛先が領主に向けられる訳。
そうして、カイゼルの領主が打開策として、領民に我慢を強いている原因は、隣の領地の新入り貴族の私にあると声高に槍玉にあげたのが、召喚状の真相だ。
うんうん。
良し、時は満ちた。
反撃開始だね。