105 ラなんとかの罪状が増えました
新しい住人が増えた翌日は昼食会を、我が家で開いた。
そこで、気になった十代の少女が一人いた。
少女のまとめ役であるエリーゼちゃんより年少のアナベラちゃんと言う子なのだけど。
どうやら、問題児らしかった。
母親代わりのマルローネさん曰く、父親が貴族でメイドに手を出して産まれたのがアナベラちゃんなのだとか。
で、アナベラちゃんの母親は正妻さんに追い出されて、女手ひとつで娘を育てたのだが、未婚の私生児を出産した事実により、両親からは絶縁され、正妻が裏で暗躍した結果まともな職に就けず、日雇いの仕事で糊口を凌いでいたものの、無理がたたり他界した。
まあ、親切な隣人達や里親希望の家庭に保護されたけれども、貴族の血筋を有していたから魔法の適正があり、父親が名乗り出て引き取られはした。
しかし、貴族社会に馴染めず、早々に見離されて養護院に捨てられた。
アナベラちゃんは、自分が貴族の一員であるとの矜持を手放さず、ことある毎に他の子供達を見下し、いつかまた貴族の父親が迎えに来ると信じて疑いもしない。
自分が特別な存在だからとの信念に基づき、養護院の中での当番仕事も拒否して、下の子供達を言いくるめて押し付けているんだって。
母親代わりのマルローネさんが、幾ら説得しても聞き分けないばかりで、今回連れてきていいか迷ったと打ち明けられた。
それと言うのも、親睦を兼ねた昼食会で出されたスイーツのケーキを一人占めしようとしてうちのブラウニー達に叱られるわ、エメリーちゃんが身につけていた子爵家由来の髪飾りを寄越せと言い張り、ロイド君にかなりきつい毒舌を食らった。
挙げ句の果てに、うちの子達が守護者だと知ると性懲りもなく欲しいとねだる。
追い出していいかな。
物騒な事を考えていたら、マルローネさんが頬を叩き、一緒に昼食会に招いていたレードさんにある養護院に転院させるようお願いしていた。
それを聞いたアナベラちゃんは見る間に顔色を変えて、マルローネさんに声高に詰めより抗議を始めた。
「あそこは、うちの養護院より規律が厳しくて、問題を抱える子供が最終的に行き着く先なんだ。聞いた話だと、口答えしたり反抗的な行動をしたら、教育的指導とは名ばかりのきついお仕置きがあるみたいだ」
「だから、孤児の子供は誰も入りたがらない事で有名です」
少年のまとめ役のマイク君とエリーゼちゃんが教えてくれた。
その背後でレードさんも頷いていたから、本当なんだろう。
アナベラちゃんは、心を入れ替える、ちゃんとお仕事する、と思い付く限りの自己弁護しているが、マルローネさんは眦を決して断固として許す気はないようである。
まあね。
マルローネさんには、私の不興を買い、ここを追い出される訳にはいかない理由があるからね。
仕方がない。
酷い言い方だけど、守らないとならない子供は、アナベラちゃんだけではない。
頼りになる筈の旦那は、屑野郎だったし、先祖代々の土地と財産は、借金のカタに取られた。
行く当てのない身を、子供達込みで拾ってくれた私に被害をもたらす訳にもいかないで、非情な選択を強いられるしかなかった。
よし、ここは私が折れますかねぇ。
「マルローネさん。一度は見逃しますから、そこまでにしてください」
「ミーアさん。ですが、アナベラの反省は、この時だけです。三日もたてば、また我が儘放題を言い張り、こちらのお仕事を蔑ろにします」
おい、マルローネさんの評価はかなり低いな。
よほど、アナベラちゃんの我が儘は、治らない病気とみた。
「ですから、一度はです。次はありません。アナベラちゃんが更正しないなら、容赦無く叩き出しますから」
「……な、何でよ。あんたは、金持ちなんでしょ。金持ちなら、慈善活動で何も持たない子供に、施しをくれたっていいじゃない」
「「アナベラ!」」
口出ししたら、矛先が私に向いた。
これに、怒りをみせたのはマイク君とエリーゼちゃんだ。
「あんた、どの口で言うのよ。ミーアさんは、既に、私達に住む場所も仕事もくれるのよ。ミーアさんと冒険者ギルドのレアーネさんが、尽力してくれなかったら、私達は一家離散の上に、私やアナベラは娼館に売られてもおかしくはなかったんだからね」
「エリーゼやアナベラだけじゃない。十代の俺達だって、養護院出身の身では働く場所は選べないし、教養のない俺達なんて冒険者になるのが手っ取り早い途だ。それも、満足に装備に金を掛けられないから、採取専門か、荷物係がいいところ。悪どいパーティーに加入したら、前回の俺達みたいに使い捨ての囮役で、替えの効く厄介者扱いだ」
「それなのに、衣食住はミーアさん持ちで、その上給金まで支払ってくれる。おまけに、養護院の皆揃って雇用してくれた。いい事、支払われる給金は全員によ。まだ、働く年代にない幼児の分も、お仕事とはいえない単なるお手伝いだろうが、きちんと支払うと契約してくれたの。それから、学ぶ気があるなら基本的な教育の場も用意してくれる。こんな美味しい話、そうそうある訳ないじゃない」
熱弁してくれるが、当たり前の事だと思うんだよね。
働く年代じゃない子供達には、畑仕事は回さないようにしたいのだけど。
ロイド君とエメリーちゃんと言う働き手が、毎日進んで畑仕事にせいを出しているので、十代未満の子供達も率先して働くのが目に浮かぶ。
例え、お手伝い程度であろうが仕事は仕事。
お給料は支払うのは当然でしょ。
ただし、その場合は休憩時間を長めに取り、遊びの時間だったり、ロイド君とエメリーちゃんと一緒に勉強したりと、他の事柄も契約内容に盛り込みましたが。
幼い頃からの、仕事漬けは良くないと思うのは、私の下地が日本人だからだ。
平成時代産まれな私は、旧い世代にあった幼い頃からの家業の手伝いはしていない。
朝から晩まで農作業に追われたり、教育をまともに受けてない子供ではない。
割りと放任主義的で、やりたい事は何でもやらせて貰えた。
だから、こちらの世界の教育水準が旧い世代の日本であったり、貧富の差が激しい国故の教育が受けられない子供達がいるのを見るとやるせなくなる。
とは言うものの、自分に何が出来るかと言うと、奨学金代わりの寄付金出して庶民の子供を支援してあげるぐらいしか手はない。
貴族の一員になったら、見込みある庶民の子供に教育の場を提供する義務が生じた。
よって、これ幸いと今回縁があった子供達の中で、教育を受けたい子供達がいれば推薦してあげる気でいる。
最初は、ロイド君とエメリーちゃんをと思っていたのだけど、二人は子爵家経由して侯爵家入りする為、自薦で教育を受けられちゃうから頓挫した。
只今、我が農園には、動物学の権威である女史がいるので、基本的な教師役は賄えるしね。
アンナマリーナさんだと、武術方面か貴族社会の教師にしかならないしさ。
それにしても、貴族の一員になり衣食住に困らない生活を中途半端に味わってしまった不幸が、アナベラちゃんを歪ませているなぁ。
養護院に戻すなら、初めから引き取りを拒否すれば良かったのに。
ああ、でも、あれか。
魔法適正があり、女児なら女王候補になれると高望みしたからかも。
でも、想定した通り、期待外れの結果になり放逐したとか、あり得そうだ。
『マスター。その少女の父親がランドルフ伯爵です』
『あ? ラなんとか伯爵って、ベルゼの森の反対側の領主だっけ。吸血種族さん達を愛玩動物扱いして、私服を肥やした阿呆伯爵か』
『そうです。今頃、カイゼルの冒険者ギルドを焚き付けて、此方に非があると宣い、賠償金を請求するように連絡つけようとしています。が、カイゼルのギルドは助力を拒絶して、勝手に自分達で対処しろと突っぱねていますけど』
フィディルの眷族が、逐一報告いれてるのだろう。
そう説明された。
レオンも、軽く頷いて肯定している。
お馬鹿な貴族さんの状態は、精霊の情報収集能力によって、丸裸に近い情報を私にもたらしてくれる。
有難いやら、相手が哀れに思えるやらで、相反する感情が湧く。
うちの子達は、私に敵対する相手に情け容赦が無いからなぁ。
酷いと、私が認識する前に報復が終わっていたりするから、ちゃんと手綱を取れとゲーム内で何度言われた事か。
私だけじゃないけどさ。
専ら、悪戯好きなダレンとグレイスコンビがやらかしていて、唯一グレイスがダレン以外で言う事聞くのが私とフィディルとファティマだから、良く一緒に説教されたわ。
あー、ある意味いい思い出である。
閑話休題。
アナベラちゃんが、カイゼルの町の養護院ではなくライザスの養護院に戻されたのも、貴族的な意味で亡き者とされたからかなぁ。
そんでもって、アナベラちゃんが我が儘に振る舞うのも、父親との確執か捨てられた記憶を払拭したいが為の、記憶の摩り替えなんじゃないか?
それだと、自分は捨てられてない、貴族の父親が迎えに来ると信じて、自分は貴族の令嬢だから、可哀想な子供ではない。
他の子供達とは違う身分で、貴族令嬢らしく平民から搾取しても構わないと言う思考に陥っている節があるなら、それはラなんとか伯爵の片寄った教育の結果によるものだ。
となると、容易に見捨てる訳にいかなくなる。
責任は、父親に取らせよう。
口喧嘩に発展しているマイク君達を制止した。
「はいはい、そこまで。喧嘩はおしまい。仲良く出来ないなら、連帯責任で皆さん農園から叩き出すよ」
「ほら、アナベラのせい……」
「それを、止めなさいっての」
私の言葉尻をとらえて、マイク君が責任の所在をアナベラちゃんに押し付ける。
が、マイク君の頭に拳骨をお見舞いして黙らせた。
「いっ、何で俺が」
「二度は言わない。喧嘩しない。誰かに責任を押し付けない。アナベラちゃんに関しては、父親による無責任な教育失敗と、自己の精神を保つ為の我が儘と判明しました。マルローネさんも、アナベラちゃんと腹を割って会話してあげてください。アナベラちゃんは、再び捨てられる事を極端に恐れています。貴女が支えてあげないと、アナベラちゃんはいずれ壊れますよ」
「! ああ、そうなのですね。やはり、アナベラは。ごめんなさい、アナベラ。私が、アナベラの為と思い、父親の元に帰さなければ良かったのね」
マルローネさんも、薄々気付いてたんだろう。
抱いていた乳児をエリーゼちゃんに託して、アナベラちゃんを抱き締める。
それから、アナベラちゃんに精一杯の感情を込めて、愛情溢れる言葉をかける。
アナベラちゃんも久方ぶりに抱き締められたのが嬉しいのか、マルローネさんに愛され必要とされていると理解して泣き出した。
わんわんと泣き声あげて、要らない子供だと思われていた、また貴族の父親の元に帰されて、正妻とその子供達から苛められるのが嫌だと吐き出す。
これに驚いたマイク君達は、ばつが悪そうな表情でアナベラちゃんを宥めにかかる。
うんうん。
君達は、同じ養護院で育った血が繋がらない兄妹なんだから、妹の味方をしてあげないとね。
親元に引き取られるのが、必ずしも幸福になるとは思わない過程を知っただろう。
良し良し。
ラなんとか伯爵への報復は、私に任せておきなさいな。
絶対に、容赦してやらないからな。