010 修復しました
いつまでも、本教会にいる訳にもいかず。
女王ちゃんの執務室に、ドナドナされた。
私としては、リペアできる工房に案内されたかったのだけどね。
何故か、シェライラのお父さんも離れがたく、付いてくる気漫々なので、執務室になった。
女王の工房は男子禁制らしい。
女尊男卑かと疑いがちだけど、ユーリ先輩が残した工房には私宛の遺産があったり、男性を怖がる精霊が眠っているのだとか。
あれか。
お金で売買された守護者が、嗜虐趣味の阿呆に遊ばれた結果か。
おのれ、阿呆な輩には鉄槌が下れ。
見掛けたら、何をしてでも下してやろう。
「ミーア様。何を、お怒りで?」
「ああ、ごめん。ちょっと、思い出し怒り」
「シェライラ。ミーア様は、殊に突拍子のない感情に支配されます。お付き合いなさるなら、守護者が言い出さない限りは放置でいいです」
「シャロン、貴女もです。ミーア様は、自由奔放な猫です。首に鈴を付けても、飼い猫にはなりません」
おい、エルシフォーネ。
私は野良猫かい。
そりゃあ、何処でもフィディルがいるから、ふらふら各地を観光している自覚はある。
美味しい食べ物食べて、各地の特産品の農作物を買い求めるのはライフワークだしね。
「女王専属の相談役に就任したからといって、常に王宮に居てくださる訳にはいきません」
「では、どのように連絡したらいいの?」
「守護者が側にいるなら、守護者に言ってくだされば、連絡のつけようがあります。詳しくは、禁則事項です」
守護者=精霊だけに伝わる言葉があり、禁則地に入らなければ何処でも繋がるラインがある。
まあ、所謂サーバーの事だけど、この世界風に言うなら精霊界だろう。
「宰相閣下。この方が初代様の愛弟子とは、真実でありますか? どうにも、自分には信じられないことでありますが」
まったりと、執務室のソファにて寛いでいる私を、胡乱な眼差しで見てくるのは赤毛の騎士団総長。
部下の報告で、執務室に乗り込んできた。
シェライラのお父さんも、頷いている。
娘から剣呑な瞳をむけられていて、沈黙しているけど。
「そうさね。宰相権限で奥の宮の入宮を許可するよ。初代様の謁見の間の絵画を見てくるといいさ。疑問は解ける」
宰相さんがいい笑顔で宣う。
手振りで退出を促している。
女王ちゃんもシェライラと同様に、厳しい視線を総長に向けている。
が、総長はお貴族様らしく、女王ちゃんを歯牙にもかけていない。
鼻を鳴らして、部下に指示していた。
女王ちゃんの前でも取り繕おうとはしない。
騎士って、ストイックな感じがしていたけどなあ。
身分を笠にきての態度は、腹が立つ。
よし、総長は敵認定だ。
「「マスター。ヤっちゃう?」」
「……ヤっちゃう?」
「ヤらなくて、良し」
膝の上のお子様ズが、私の感情を敏感に悟る。
笑っているように見えて、かなり本気でいた。
セレナの醸し出す冷気が漂い、執務室の温度が下がっていく。
頭を順に撫でて、落ち着かせる。
「「はうん」」
「……はうん」
「ちび達。静かにしていな」
「「はぁい」」
「……はぁい」
監督役のレオンが窘める。
片手をあげて、元気なお返事。
次に、口を両手で覆う。
可愛い。
「子供の躾が悪いな。何なら、俺が躾てやるが?」
「ご遠慮します。それに、躾られるのはお宅の方。守護者の怒りを買ってるね。総長の座も危ういよ」
「何だと、貴様。平民の分際で、俺に指図するな!」
「これ位の挑発で怒るのは、未熟な証拠。頭、冷やしてきたら?」
「貴様! 不敬罪で、尋問してや……。ぎゃっ⁉」
激昂して詰め寄りかけた総長が、ひっくり返った。
アリスとエルシフォーネの足払いが炸裂したのだ。
武門のトップが、守護者に負けてどうするよ。
おまけに、胸を二柱に踏まれて呻いている。
「ミーア様に、何たる言葉」
「お前は、精霊から見放された」
「ミーア様の敵は、精霊の敵」
「我等赦さじ」
「なっ、何だと! 精霊風情が‼」
「「きゃっ」」
アリスとエルシフォーネを跳ね除けて、総長が立ち上り剣を抜いた。
流石に力負けした二柱が尻餅を付く。
「アリス」
「エルシフォーネ」
顔を真っ赤にした総長は、抵抗出来ない二柱に剣を振るう。
アリスとエルシフォーネは、後衛タイプ。
武芸には明るくない。
なので、フィディルが動いた。
ジルコニアは、シェライラ達を護衛。
シェライラのお父さんは、飛び出してきた女王ちゃんを庇っていた。
うんうん。
貴族の鑑だね。
「うわっ?」
総長の剣をフィディルは、素手で受け止めた。
刃を握り潰して折ると、反対の拳が顔面を殴りつける。
壁に叩き付けられる総長。
呆気なく気絶した。
弱っ。
「其処の騎士。副総長を呼んで来な」
「はっ、はい」
額に手を当てた宰相が、呆然と立ち尽くす騎士に指示を出す。
無情にもフィディルは、気絶した総長を執務室から放り出した。
「アリス。何処か、不調は出ているかい?」
「エルシフォーネ。無事なの?」
「不調はありません」
「シャロン、ご免なさい。足首を捻りました」
「良し、エルシフォーネ。リペアしようか」
延び延びにされているエルシフォーネのリペア。
やっちゃいましょう。
エルシフォーネの隣に座り込みショルダーバッグのアイテムボックスから、工具が入ったウェストポーチに代替えの部品を取り出していく。
邪魔になるショルダーバッグをお子様ズに預けて、エルシフォーネの足首を診る。
「あらら。変な方向に捻ったね。修理より、取り換えた方が良いか」
守護者の器には、痛覚機能がない事が多い。
有り得ない方向に捻れた足首をしていても、エルシフォーネも痛がる素振りはない。
因みに、うちの子達には痛覚機能がある。
それは、痛みが分からない守護者に、無謀な突貫攻撃をさせない為である。
うちの子達でやらかしたのはレオンで、守護者成り立てにはよく手足を喪っていた。
なので、主の私も手足を損失させてやった。
泣いて謝ってきたけどな。
暫くは、赦してあげなくて、トラウマを作ってあげた。
以来、レオンは無茶をしなくなった。
自分よりも小さなお子様ズが出来て、お兄さんになったのも影響していた。
お子様ズに自分の黒歴史を語り、説教している姿を見ると成長したなと感慨深くなる。
「女王ちゃん。エルシフォーネのスペアボディは、ある?」
「あっ、はい。ここに」
錬金術を学んでいるから、アイテムボックス持ちだと判断した。
案の定、虚空から代替えの足首を取り出した。
「お預かり致します」
エルシフォーネの足首を分解している私に変わり、ファティマが受け取る。
肌理細やかな陶器の肌触りな足首と、露出した人工神経を繋いでいく。
魔力を流す血管代わりのコードを繋ぐと、陶器の肌触りから人の弾力ある肌触りに変化していく。
「凄いです。鮮やかな手並みです」
「こんな短時間で接続できるなんて、素敵です」
背後でシェライラと女王ちゃんが、感嘆の声をあげているけどね。
間違えるでないぞ。
私は細工師である。
錬金術は初歩しか修得してないからな。
形ある部品を繋いでいく事は出来ても、一から部品を産み出す事は出来ないから。
君達の方が凄いんだからね。
「良し。足首、オッケー。次は、背中見して」
「はい、ミーア様」
エルシフォーネはためらいもなく、ドレスの後ろボタンを外して背中を露にした。
その間に、お子様ズに預けたショルダーバッグから、教本を数冊取り出した。
「エルシフォーネのリペアの間、シェライラと女王ちゃんはこれ読んでいて」
「これは?」
「教本? それも、錬金人形の完全翻訳書」
「そっ。ユーリ先輩に押し付けられた教本。聖母教会に教本が奪われた、と聞いたけどさ。ユーリ先輩が人様の目につく場所に、完全翻訳書は置かないでしょ。奪われた教本は、虫食いだらけの、暗号だらけのモノで、その通りに人形造っても、精霊に嫌われるだけだから」
長い髪を掻き分けて、うなじのある部分に触れる。
魔力を流せば、目の前にウィンドウがポップアップした。
修復の項目にタッチ。
エルシフォーネが半覚醒状態になる。
これは、前以て登録されている錬金術師なり、リペアできるプレイヤーの権限で、主でなくても守護者の修復が行えるのだ。
大抵、私を様付けで呼ぶ子達は、登録されている。
エルシフォーネも例に漏れず、私の権限を受け入れた。
背中の外装をゆっくり剥がして、内部を露出した。
心臓の位置には、核となる精霊石がある。
万が一にも、私の魔力を流し込んではいけないので、魔力伝達阻害の手袋を嵌める。
幾つかのコードが磨耗していた。
女王ちゃんもユーリ先輩の間違いだらけの教本に影響を受けて、無駄な配線を繋いでいた。
余計な出力を垂れ流している為に、エルシフォーネは中位の精霊術しか行使できないでいた。
さくさくと、コードを廃して新しいラインを築いていく。
磨耗したコードも取り換え、魔力の流れはスムーズに全身に行き渡る。
「女王ちゃん。教本の第五章を読んで、暗記して」
「第五章。魔術言語の章ですね」
「そう。内部の配線も無駄があったけど、精霊契約の魔術言語も無駄な言葉があるから。ファティマ、少し魔力流して」
「はい。こちらの、ラインですね」
「そう。このラインを強化しないと、すぐに又修復しないといけなくなる」
魔力を常に流していないといけないライン。
このラインを誤ると、精霊は弱まるだけになる。
後は、外部の魔素を吸収する内部器官。
丁寧に作り込まれているが、魔素を魔力に変える術式が一部欠けていた。
「女王ちゃん。こっち、来て」
「はい」
「ここの術式。欠けているのが分かる?」
「……。本当です。~の、が有りませんでした」
「なら、記入して」
「はい」
女王ちゃんの白いとは言えない、労働を知る指先に魔力が灯る。
欠けていた言語を足して、完全に起動する内部器官。
これで、内部の修復は終わった。
剥がしていた背中の外装を嵌める。
直ぐに、滑らかな肌へと変わる。
「エルシフォーネ。契約の魔術式を展開して」
「はい、ミーア様」
エルシフォーネの背に、契約式が浮かぶ。
本来は、契約の魔術式なんて主以外には見せたりしない。
ましてや、錬金術師でもないシェライラのお父さんがいる。
嫌がるかと思ったけど、エルシフォーネは頓着しなかった。
「女王ちゃん、覚えた? ここと、ここ。そして、大事な術式が間違っている。直して」
「はい」
部外者がいるので、私も契約の内容に関わる魔術言語は口にはしない。
女王ちゃんも、理解しているから無駄口は言わない。
時折、興味本位で覗こうとしている父親と、防御しようとしている娘のやり取りが見えた。
仕舞いには、ファティマに襟首を引かれた父親が、フィディルに取り押さえられた。
執務室から追い出しかけられた頃、扉外に慌ただしい靴音が響いた。
「大叔母上。何事ですか?」
勢いよく開けられた扉に、フィディルがぶつかるへまはしない。
身軽に避けて、躱した。
また、熱血漢らしき騎士の登場に、ひと騒動が起きそうな気配がしてならなかった。
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