異世界転移で出会う神様ってなんか個性的だよね。
「あれ、ウサギさん、どこいっちゃったんだろ」
アリスはウサギを見失ったことが残念ではあったけど、とりあえず周りを調べることにした。曲がり角の先はさっきまでと雰囲気が変わっていた。石でできた床、天井。壁にはドアがたくさんある、まるでホテルの廊下みたいだった。
ランプが天井からぶら下がっているので明るい。廊下はとても長くてどこまでも続いているようだった。少なくとも突き当たりの壁は見えなかった。どこまで続いているのだろうね。
「どこかの部屋に入ったのかしら。でも部屋いっぱいあるからわかんないじゃない」
とりあえずアリスは近くにあったドアをノックしてみた。だけど返事ないようだ。中に誰もいませんよ。
「だれかいませんかー」
とアリスが大きな声で叫んでも返事はない。だったら開けてみようと、アリスはドアノブに手をかけ開けようとした。けれどもドアには鍵がかかってるようで開いてくれない。
他のドアも確かめてみたけどどれも鍵がかかってるみたいだった。どのドアも開いてくれない。十くらい試してみたようだけど、だめだったよ。
「もう、なんで開かないのよ」
アリスはそのうち声かけも、ノックもめんどくさくなって、ドアをけっ飛ばした。ちょっとした八つ当たりだった。けっ飛ばしたドアはまるでドミノのようにきれいに、バタン、と部屋の内側へ倒れた。
「えっ、そんなに強く蹴ってないんだけど。もともと壊れてたのかしら」
アリスはあまり罪悪感を感じずに、せっかく開いたのだからと、「ごめん下さい」と倒れたドアを踏み越えて部屋の中へ入っていった。
「うわ! 汚い」
すると、そこはゴミ部屋だった。汚部屋ともいう。
いたる所に、お総菜のパックと、スナック菓子の袋が散乱してる。ゴミ出しをしてないのか、中身の詰まった六十リットルゴミ袋も辺りに積みあがっていた。そんなゴミ部屋の真ん中にはこたつがあって、そこからひとの頭が出てる。その人のツインテールが触覚のようで、コタツムリと呼ぶのがとてもしっくりくる、そんな状態だった。
アリスはその人? に声をかけようか迷っていたようだけど、他に選択肢もなかったので勇気を出してコタツムリに話しかけてみた。
「あのーすみません」
「ひい、家賃はあとで振り込みますから、あと、ちょっとあとちょっとだけ待って下さい。追い出さないで下さい」
ゴミの中から泣きそうな声で返事が聞こえた。そして、のそのそとこたつから美人の人が出てきた。服装はスウェットで、所々シミがあって汚れているけど、顔立ちが整っていて、すごくきれいなひとだ。残念美人というやつだろうか。びくびくアリスの顔色を伺うようにしている。
「あの、あと一日あれば、なんとかなるんで、もうすこしだけ、あと少しでいいんで、お願いします」
残念美人さんが見事な土下座を決めて、しばらくたってからアリスは我に返った。
「えっ、いや、私は大家さんとかじゃなくて、アリスっていうの」
アリスが、ウサギを追いかけてここに迷い込んだことを説明すると。
「へ? な、なーんだ、大家さんじゃないの。もう、びっくりさせないでよね。結界を張ったドアが破られたから何事かと思ったじゃない。私は転生を司る女神が一人、リンネよ。よろしくアリスちゃん」
泣きそうな顔で土下座していたのが嘘のように、なれなれしいおばちゃんぽい調子でアリスに話しかけてきた。どうやら女神らしい。
「えっ、女神様なんですか? 私、初めて会いました。それで私は死んじゃったんですか。なにか能力もらって異世界に連れってってもらえるのでしょうか」
アリスは、女神という言葉に敏感に反応して、疑問を問いかけてみた。
「んー。ここは一応、転生の待機部屋なんだけど、おかしいわね。普通は事前に通達されるんだけど……それに今は私、異世界転生担当じゃないし。もしかしたらイレギュラーなのかしら。たぶんだけどあなた死んでないわ。意識だけこっちに来て、身体は生きてるんじゃないかしら。たまにあるのよね。
あと能力はあげられないわ。上司から能力をあげるなって言われてるの。最近は異世界転生者が多くてね。適当に能力をあげてたら。世界を壊す人ばっかりで、得意先の世界神からクレームがあったの。あんまり変な能力授けてリリースしないようにって言われてるのよ。
この前なんかなんでも収納できる能力をあげたら。好奇心からか転生した異世界を収納しちゃって、当然持ち主は死んじゃって、世界も収納されたまま時が止まっちゃったの。あのときは大変だったわ。収納魔法は本人認証で使えるようになってて、他の人は使えないしね。システムを管理してる人に平謝りだったわ。そのせいで私転生担当からはずされちゃって。もうさんざん」
どうやら、転生者による異世界の生態系汚染は深刻なようである。リリースってブラックバスみたいだね。それかミドリガメ?
「えっ、そんなわたし、それを楽しみにしてたのに」
「うーん、そうね。何もあげられないのはかわいそうだし……そうだ」
落ち込んだアリスを見て、ちょっとかわいそうだと思った女神様はごそごそとゴミの山から何かを取り出した。取り出した何かをアリスに渡した。
それは、なにやら怪しげな色をした液体が入った試験管が詰まった箱。試験管は全部で十一本あった。それぞれの試験管には、<どらんくみー>、と書かれたラベルが貼られていた。英語じゃなくて、ひらがなで書いてあった。
それを見て女神様ったらおっちょこちょいね、とアリスは思った。どらんくじゃなくてドリンクじゃないかしら。女神様もミスするのね。ここで指摘すると恥かかせちゃうから指摘はしないでおこう。ってさ。
実際は、それも違うのだけれども、ここでは指摘しないでおこうね。きっとお酒ではないと思う。未成年飲酒ダメゼッタイ。
あと試験管だけじゃ、持ち運びにくいのでそれを収納するベルト付きの白衣も追加でもらった。それを身につけたアリスはまるで狂気のマッドサイエンティストのようだった。どう見ても怪しさ満点です。人体実験してそう。
そんなことにはお構いなしにアリスは試験管を興味深そうに眺めていた。そのうち臭いを嗅いでみようとでも思ったのか、コルク栓を外そうとしたみた。でもはずれなかったみたい。
「うーん!」
「それは使えるときにしか使えないわ。使いどころがきたらわかるようになってるから。その時までのお楽しみね」
アリスがふたを外そうと力んでいると、女神様が教えてくれた。
「あとあなたは、迷い込んできただけだからそのうち帰れるわ。昔ながらの神隠しって最近は珍しいのよ。みんなトラックに変わっちゃって。山で遭難する人くらいじゃないかな、そういう人って」
アリスは、もっと女神様とお話ししたかったようだったけど、女神様はこれからゲームするらしくてそのまま部屋から追い出された。「がんばってS+ランクまであげる」って女神様は言ってたけど、何のゲームだろう。アリスも一緒にやりたかったようだけど、アリスが何か言う前にすぐに追い出されちゃったね。
また扉を探さなくちゃいけないのかと、うんざりとした気分で前を向いたところで、アリスは気付いた。
目の前に広がる大草原に。
「えっ」、とアリスが振り返っても、すでに出てきた扉はなく。そこには、広大な草原にぽつんと立ち尽くすアリスだけが残されていた。これからどうすればいいのだろうねwww