落とし穴に落ちたけど結構余裕かもしれない。
落ちる衝撃にそなえてアリスは目をつむっていたのだけれど、待てども待てども地面に落ちることはなかった。おそるおそる目を開けて見るとまだ落下の最中だった。落ちる速度はそんな早くなくて、まるでスロー再生の様にゆっくりだ。
「おかしいわ、確かこの前のバンジージャンプだともっと落ちるのは早かったわ」
アリスはこの前行った遊園地を思い出した。アリスは絶叫系も平気で、バンジージャンプも恐れなかったみたい。一緒にいた幼なじみの方がグロッキー状態で、軟弱モノねって、アリスはからかい半分になじってたようだ。幼なじみ君は災難だったね。
まあ、そんなことを考えられるくらいには、落ち着いてきたのでアリスは周りの様子を観察することにした。
まず下、つまり落ちる方向を見たのだけど、アリスが落ちた穴はとっても深い井戸のようなもので、ぜんぜん底が見えなかった。
次に四方、つまり壁を眺めると、そこは一面の本棚だった。分厚い本に薄い本、絵本に図鑑、日記などありとあらゆる本がそこにはあった。ただほとんどが小説のようで、本の背表紙にタイトルと作者の名前が書いてあった。
アリスは通りすがりの本棚から、ちょっと面白そうなタイトルの本を一冊とってみた。<無職の八男が謙虚堅実に異世界を生きたら世界最強ですが何か?>とタイトルにはあった。なにその本、面白そう。
本を開いて読もうとしたけど残念、中を開くとあらすじとプロローグしかないや。ぺらぺらとページをめくっても白紙のページがあるだけで物語はなかった。だまされた感じがした。
アリスは読めない本をどうしようかと考えた。むしゃくしゃして下に投げ捨てようとしたけど、下にいる人に当たったらかわいそうだからと、それはやめてまた通りすがりの棚につっこんだ。棚は案外すかすかだった。
ぐんぐんぐん、落ちて落ちるし落ちること。いったいどこまで落ちるのかな。
アリスは特にやることもないので、しばらく落ちながら本のタイトルを眺めてた。動体視力が鍛えられそう。そしたらちょっと気付いたことがあったみたい。本棚に並ぶ本はどうも異世界というタイトルが多かったことに。
「そうだわ、これってもしかして異世界転移なのかしら、そうに違いないわ。さっきトラックにもはねられたし、ここは異世界なんだわ」
アリスは声に出していってみた。アリスの最近のブームは異世界モノの小説である。現代っ子のアリスは、スマートフォンで流行のWeb小説を読んでいるのであった。
「きっとこの後、女神様か神様に会うでしょ。出来れば美人の女神様がいいな。おじいちゃんっぽい神様よりはそっちの方がいいわ。かわいいは正義よ。それでチートスキルをもらうの。定番でしょ。なにがいいかな、収納魔法と転移魔法は基本でしょ。うーん鑑定でステータスはみれる世界がいいな。いろいろ交渉しなくちゃね。色々ともらった後は、早速、異世界に連れて行かれるの。そこではかわいい獣人さんが出てきて、盗賊におそわれているところを助けるの。それでお礼として存分に、ふさふさの毛をもふもふして楽しむわ。それで、冒険者ギルドにいって冒険者になろう。でステータスを鑑定してもらうでしょ、それで美人受付嬢に、こっこれは前代未聞です! っていってもらうの。きっと驚かれるわ。その後はクエストかな。薬草採取とかあるかしら。うーん、その後はやっぱり冒険よね。いろんな街に行って、問題を解決するの。みんながほめてくれるわ。あとはエルフも見てみたいわね。すごい美形で美人さんが多いのでしょ。楽しみね。その後は、料理をはやらすの。こんなおいしいもの食べたことないって、きっと王様から報奨金がもらえるわ。あぁ、王様と言えば、勇者様はその世界にいるのかしら、それとも私が勇者? もし勇者がいるのだとしたら、魔王もいるわね。ダンジョンはどうかしら、あったらきっと色々なモンスターがでてくるでしょうけどチートの前には無力ね。ドラゴンはいるのかしら。いたらペットにしちゃえばいいわね。冒険し終わったら、辺境でスローライフをおくるのも楽しそうね。仲間の獣人やエルフや勇者様とドラゴンと仲良く暮らすの。もしかして、魔王討伐で領地をもらえるのかも、私も貴族になれるのかしら。ダンスパーティとかあるのかしら、あとはねあとはね……」
アリスのテンションがアゲアゲで、独り言もどんどん痛くなりはじめたとき、アリスの落下は唐突に終わりをむかえたよ。
ぼよん。
墜落の衝撃はぜんぜんなくて、なんだかぶよぶよしたものの上に落ちたみたい。トランポリンみたいには跳ねなかったよ。卵を落としても割れない素材みたいだね。運動エネルギーはどこへ行ったのだろう。
このぶよぶよしたモノのおかげで大きな衝撃はなくてアリスは怪我一つなかった。ちょっと落ち着いたアリスがこのぶよぶよしたゼリーみたいのはなんだろう、と眺めてたら。
「ぼくは悪いスライムじゃないよ、善いスライムでもないけど」
ぶよぶよしたゼリーみたいなモノがしゃべりだした。それはスライムだったようだ。でもアリスの知ってるスライムはこんなんじゃなかったようだけど。
そのスライムは、なんだかアメーバみたいにうねうねしてて、ベッドくらいの大きさの透明な袋に水を満たした感じだった。中心付近に赤いボール状の物体があった。サッカーボールくらいの大きさ。いわゆる核というモノなのかな。
アリスの知ってるスライムはもっと小さくてかわいらしいものだ。有名なゲームのものを想像していたアリスはちょっと落ち込んだ。こんな大きくてぶよぶよした軟体動物ではなければよかったね。ただスライムがいるということはやっぱり、ここは異世界なのだろう。そうアリスは確信したみたい。
「ねえ、スライムさんここはどこなの? やっぱり異世界?」
と聞いてみるけど、スライムからは特に返事はなく、先ほどの台詞を繰り返してるだけで、ぜんぜん会話にはならない。まるでNPCみたいに。
うーん、どうしようかとアリスは考え初めてスライムの上で寝そべっていると、あることに気付いたようだ。
寝心地がとてもいいことに。
「あ、すごい気持ちいい。このスライムベッド」
ちょうどからだを包み込むような安心感。心地良いひんやりとした感触。いわゆるウォーターベッド近いもので、夏場にぴったりかもしれない。いいな。
「それにじっくりみればかわいい……かもしれないわ。ペットとしてもいいんじゃないのかな。そういえばスライムってなに食べるのかしら、水? それとも動物かしら。よく読む小説だとゴミでもなんでも食べるようだけど、ねえあなたなに食べるの?」
アリスはスライムをどうにかして持って帰れないか、とスライムの上で寝そべりながら考えていた。その時アリスの前に、またあのウサギが現れたんだ。
「あっ、またあのウサギ」
アリスがウサギを見た瞬間、また追いかけないとという考えが戻ってきたようだ。条件反射みたいな感じで。パブロフの犬かな。
ただアリスはスライムベッドに未練たらたらだった。でも、また帰るときに持ってけばいいわよね、と考えてスライムから降りてウサギを追いかけた。ちょっと進んではちらちらとスライムの方向を見たけど、あきらめて先に進んだ。
さっきはスライムのことで頭がいっぱいで周りの様子を見てなかったけど、よくよく見てみると、どうもアリスが落ちたところはうろのトンネルとさほど変わらないところだった。明かりもなく周りは土の壁。でも明かりがなくても何故かよく見える。そんな不思議な場所。
そして先導するウサギはアリスにあわせて進んでるみたいだった。だって、アリスが歩いても走ってもずっと同じ間隔を保ってるんだもの。アリスがちょっと走ったら向こうも早くなるし、だからアリスは歩くことにした。走っても疲れちゃうしね。
ウサギを追いかけながら、しばらく歩いてると、曲がり角があって、アリスも角を曲がった。そしたらそこにはウサギはいなかった。どこにいったのかな?