ウサギについていったら異世界に行っちゃいました。
アリスはその時、公園のベンチの上で、お姉さんに膝枕してもらっていた。その時のアリスは幸せに満ちていて、とても穏やかな表情をしていたよ。
でも、ただ一つ不満があるとするなら、お姉さんが本を読んでること。
せっかくだから、ちょっとはおしゃべりを楽しみたいんだけどな。でも邪魔するのはよろしくない。お姉さんに嫌われたくはないから。って心の中では思っていたみたい。
アリスはお姉さんが読んでいる本を二、三度のぞいてみたけど、飽きてしまった。アリスはその年齢の割にはよく小説を読むのだけれど、魔法も王子様も出てこない現代を舞台にした小説を楽しむにはまだ早かったようで、
王子様も怪物も魔法も異世界も出てこない小説なんて、どこがいいんだろう、と思っていたんだ。
しばらくお姉さんのお膝を堪能していたアリスだったけど、どうも少し退屈になってきたみたい。だったらどうしようかって、アリスは色々と考えていた。
公園の遊具で遊ぶのもいいかもしれない、でもお姉さんに子供っぽいって思われるのはちょっといやかも。そもそもお姉さんは一緒に遊んでくれるのかしら。やっかい払いができたって、本を読み続けるんじゃないかな。だったらこのまま姉さんの膝枕でお昼寝するのがよさそうね。
そんなことを考えながら、アリスがうとうとしてきたそのときなんだ、青い目をした白いウサギが一匹、アリス目の前を通り過ぎたのは。
アリスが住んでいるところはとても田舎で、タヌキやイノシシが現れることも決して珍しくはない。だから、ウサギが通りすぎるのはそこまでおかしなことではないよ。
またそのウサギが、「たいへんだー、たいへんだー、おくれちゃうよー」ってとても棒読みな感じでつぶやくのが聞こえたって、アリスは特に不思議なことだとは思わなかった。さらにそのウサギが二足歩行していることにも別に疑問を持つことはなかったね。
本当は驚かない方がどうかしていると思うのだけれど、最近見たアニメが原因なのかそのときは、ウサギがしゃべっても、まあ驚くことでもないかぁ……って思ってさ。
それで、そのウサギは何の反応も示さないアリスをちらちら見て、それからアリスの前にやってきて、チョッキのポケットからこれ見よがしに懐中時計を出して時刻を確かめた。まるでアリスに見せつけるように。それでまたせかせかと駆けだしていったんだ。
さすがのアリスも思わずお姉さんの膝から降りてウサギの姿を見たんだ。何故かって?
アリスはようやく気付いたんだ。あれは本物のウサギじゃなくて、ぬいぐるみだったことに。そのウサギは目がガラス玉だったし、服も着てた。ふつうのウサギは服なんか着やしない。着ていた服はごてごてして安っぽそうな生地で作られていた。あといろいろなところに縫い目が見えた。きっと安物のぬいぐるみだろうね。
アリスはそんな風に結論づけた。アリスがじっくりウサギを観察できたのはウサギが何故かまだ近くにいて、まるでアリスに追いかけて欲しいかのように待機しているから。
ウサギはちょっといらだった様子で、また時計を出して、「たいへんだー、おくれちゃうぞー、いそがなくっちゃー」、と相変わらずの棒読みでつぶやいてからアリスを一別して駆けだしていった。子どもの興味を引くのは大変だよねウサギさん。
「ちょっとまって、ウサギさん」
さすがのアリスも好奇心には勝てなくて、ウサギの後を追いかけた。本当はお姉さんになにか声をかけるべきだったんだろうけど、その時のアリスは何故かウサギのことしか頭になくて、ほかに頭が回らなかったんだ。
しばらくウサギは公園をぐるぐる回ってたけど、アリスが追いかけてくることを確認したら、公園から出て行った。ウサギが公園から出て行ったのでアリスも公園から出て横断歩道を渡ったその時、
アリスはトラックにはねられた。とてもきれいにはねられた。トラックはねられ選手権があったらみんな十点をつけるくらいに。そんなモノは実際にはないけどね。
宙に舞ったアリスが、薄れゆく意識の中で見たウサギは笑っているような気がした。くっくっくってね。
◆
アリスが意識を取り戻したとき、彼女は森の中にいた。森といってもジャングルの未開拓地のような木々が生い茂っている感じじゃない。きちんと等間隔に並んだ木々と子供でも歩けるような平坦な地面で、どこか人工的な雰囲気を漂わせるような森。
「あれ、ここどこだろ。あれ? 私さっきウサギさんを追いかけてたら、トラックにはねられて……」
アリスは起きあがると、自分の身体を確かめた。傷一つない健康そのものの身体だ。普通はトラックにはねられたら、なにかしら後が残るはずだけど、そんな痕跡は全くなかったようだね。よかったよかった。
「どうなってるんだろう、それにここはどこなの?」
アリスはきょろきょろと辺りを見回すけれども、彼女の記憶に該当するようなモノはなく。どうも、はじめてみる場所だった。
どうしようかアリスがうーん、と頭を悩ませはじめたとき、彼女の後方からガサガサと音がした。アリスはびっくりして振り返ると、そこにはさっきまで追いかけていたウサギのぬいぐるみがいた。
無機質なガラス玉の目がアリスをじっと見つめている。アリスも負けじとウサギを見返すとウサギはまた駆けだしていった。せっかちなウサギだね。
「えっ、ちょっとまって」
駆け出すウサギにつられて、アリスもその後を追いかけていった。森の中は歩きやすくて、幼いアリスでもウサギを見失わずについて行くことができた。
アリスがウサギをしばらく追いかけていると、大きな木があった。そこには大きなうろがあってね。ウサギはそこにピョンと飛び込んだ。なので、アリスもすぐさま飛び込んだ。後先考えずにね。
うろの中はトンネルみたいでまっすぐだった。なぜか、明かりがなくてもトンネル内はよく見えた。本当は懐中電灯とかがないと見えないと思うんだけど、その時のアリスはそんなことを考えている余裕はなかったよ。
アリスの頭の中にあるのはウサギを捕まえるだけ。捕まえてどうにかなるものでもないけどそうしないといけないような気がしていたんだ。
しばらくの間、ウサギを追いかけてトンネルを進んでいたのだけども、不意に足下の床がなくなってね。落とし穴だった。
あまりにも突然で、考える暇もなくアリスは落ちていった。ずんずんずんと。