7話 誰しも向き不向きがあります
「急いでください。早くしないと活躍出来ませんよ?」
海のように青い目を細め、百合音はそう告げる。
縋るように私は彼女に歩み寄り、震えの治らない手を差し出した。
すると百合音は指を絡めるようにして私の手を握る。
「えっ!? あ、あの……」
「『瞬間的強化魔法』」
困惑する私を意にも介さず、彼女は一言だけ呟いた。
直後、繋いだ手が一瞬だけ僅かに赤く光り、何事も無かったかのように百合音は手を離す。
「あの、さっきのは……?」
「強化魔法です。弱点に当てれば多分一撃で倒せます」
「一撃で!? えっと、ありがとうございます?」
「ただし効果は一回限りです。当たれば英雄です」
自慢げに話す百合音の表情は、少し笑っているようにも見えた。
これのおかげで今私のやる事は多分決まった。
弱点に向かって攻撃を当てる。それだけでいいのだ。
気持ちが少しだけ楽になるが、疑問が二つ残っている。
「あの、味方に当たった場合は……」
「最悪死にます。それくらい効果のある強化魔法です。きちんと当ててください」
彼女の言葉を聞いた瞬間にあの時の事を思い出し、再び足がすくむ。
味方に当てなければいい。弱点の場所次第ではそれが可能だ。しかし弱点はどこだろうか。場所が分からなければ当てられない。
「はい。その、当てる場所は……?」
「質問が多いですね。確かあのタイプは眉間の辺りだと思います」
「眉間?」
百合音は猪の頭を指差す。ウトになら当ててもいいかも知れないという意味の言葉がその後に聞こえ、少しだけ笑ってしまう。彼女なりに緊張を解そうとしてくれたのだろう。
槍を強く握り直し、猪の眉間を狙って槍を構える。
チャンスは一度きり。次にウトが大きく剣を振って敵を弾いたらスキルを発動させる。
タイミングを逃すまいとずっと見ていると、何度かウトと視線が交わる。そしてその後僅かな時間だけ私と敵の間、何もない空間を彼女は指差した。
ウトの指を指す動作はこれまでの道中、雑魚敵をそこに弾き、生きていたら私にとどめを任すという意味であり、戦闘始めの時に出す合図だ。
構えたまま動かない私の姿を見て察してくれたのだろう。心の中だけで感謝の言葉を送り、指定された場所に狙いを合わせる。
ウトが再びこちらを向き、笑顔を向ける。それと同時に大剣を大きく振りかぶり、機嫌よく大きな声を出して振り抜いた。
「そぉれ! 吹っ飛びなさい!」
派手なエフェクトと共に剣は猪の顔に直撃し、私の狙っている方向へ仰け反る。今度こそ。そう呟き、予定通りスキルを発動させようとした瞬間、視界の隅に赤茶色のコートが見えた。
「これでとどめだ!」
ケントさんがその二本の剣を同時に敵に振り下ろす。私の狙った場所から少し離れてはいるが、その姿が見えたせいで躊躇してしまった。
結果として猪は悲鳴をあげ、その場に倒れこむ。
視界の右下からログウィンドウが現れ、称号とアイテム、そして経験値を獲得したと表示される。ファンファーレが流れ、大きくレベルが上がったらしい。嬉しい反面何もしていなかったせいで背徳感に襲われた。
「そんな暗い顔してどうした。目当てのものが出なかったのか?」
コートをそよ風になびかせ、ケントさんが笑顔を浮かべて問いかけてきた
「いえ、そんな事は……それよりケントさんは何か良いもの貰えました?」
「もちろん。この猪の牙は武器の材料になるからね。君達もこれ目当てだったんじゃないの?」
「えっと……」
「弥生のレベリングついでにアレの用事に付き合っていただけです」
始めたばかりの私では、武器の材料になるとか言われてもピンとこなかった。多分これは話が合わないパターンだ。それに気付いて百合音が間に入ってくれたお陰でなんとかなったものの、彼は百合音が喋り終わると再び私に声をかけてきた。
「ふーん。今だいたいどれくらいなの?」
「ちょっと待ってください。 えーっと」
ステータス画面を開き、レベルを確認する。先ほどの戦いでレベルが3も上がって14と表示されていた。状態表示の部分にたくさんのアイコンが並んでいるけれど、これは後で百合音に聞いてみよう。
確認している最中にもかかわらず、ケントさんは話を続けてきた。
「まぁでもここでレベリングするくらいだから、そんなに高くはないか。20くらいかな? よければこの辺でしばらく手伝おうか?」
「えっ? レベル20って、ここってそんなーー」
「お楽しみ中悪いんだけど、別の場所に用事ができたから私はここでお別れ。一応フレンド申請は全員に送ってあるから、何かあったらよろしく。それと今度は負けないからね!」
私の言葉に被せるようにウトは唐突に別れを告げ、街に帰還するスキルを使って帰っていった。帰る直前の彼女の様子はどこか焦っていて、私達が何か言葉を返す前に去っていってしまった。
「私もそろそろリアルの用事の時間ですので、お先に失礼します」
百合音も同じように帰還スキルを使い、街へ帰って行ってしまった。
二人とも用事があるから仕方ないとはいえ、急においていかれると何か物寂しい。
「二人だけになっちゃったけど、レベリングは人数が少ない方が効率いいからね」
レベリングとはレベルを上げる作業の事であり、百合音から事前に聞いた話だと、長く行う時は数時間続ける時もあるらしい。
「それじゃあ行こうか」
どうしようかと悩んでいると、彼は私の手を掴んで歩き出してしまった。




