3話 確認の重要性について
「勝負、あったわね」
ウトが高らかに勝利宣言をする、両手で大剣を大きく振り上げる。それから余裕を見せつけるかのように笑い、両腕を振り下ろした。
「これで最後、さような……ら?」
弥生は振り下ろされる剣が見えたにも関わらず、恐怖で目を瞑ってしまった。
重い打撃系の武器が直撃する音が聞こえた。
しかし、攻撃を食らった感覚はしない。大剣が彼女に振り下ろされたわけではなかったらしい。
不思議に思い、瞼を開き見上げると目の前に金髪の少女は居なく、代わりに百合音が立っていた。
何が起きたのか分からず、弥生は彼女の顔をぼーっと眺めていた。
「困った時のサポートが僕の仕事でしょ?」
彼女は軽く握った杖を大きく横に振る。
何が起きたのか理解するため、弥生はおどおどとした様子で周りを確認する。
うっそうと生い茂った草の中、少し遠い場所でウトが倒れているのを発見したようだ。
頭上の体力ゲージを確認すると空の状態になっており、『lose』の文字が表示されている。
「え? これはどういう……」
驚いた様子を隠そうともせず、弥生その赤いポニーテールを大きく振り回すように百合音の方を向く。
言葉の代わりに微笑みで返され、弥生は困惑した表情で質問を投げかける。
「えっと、百合音さんがやったんですか?」
「うん。このさっき拾った杖で、試しに」
百合音は誇らしげに杖を掲げて見せた。
杖はたしかに打撃武器としての扱いになるが、本来は魔法の威力を補助する為に使われる。
普通の杖で直接殴ってもあまり威力は出ない。あの時ウトの体力は四分の一程残っていたのだが、それを完全に削り切っていた。
「それ、見せてもらってもいいですか?」
「多分レアドロ装備です。あげません」
大体のネットゲームでは、相手を選択すればステータス確認はできる。しかしこのゲームでは他人の装備品や能力値などを確認することはできず、体力のみ確認できる。
なぜそのような仕様なのかは不明だが、他人の武器性能を確認したい場合は、一旦預けなくてはならない。
百合音は杖を渡す様子もなく、アイテム欄に収納する。そのまま羽織っているローブを翻し、その場から立ち去ろうと歩き出した後ろ姿は、風でローブが揺れているせいか、小動物のような可愛さを感じるものだった。
「ちょーーーーっと待った!!」
少し遠くの草むらから声が響くと同時に、何かが弥生に急接近してきた。
歩いていた百合音が振り返ると、そこには先ほど倒した吸血鬼、ウトが立っていた。
彼女は先ほどの戦闘では折り畳んでいたであろう翼を広げ、気に食わないと言わんばかりの表情で百合音に詰め寄っていた。
「これは1対1の真剣勝負だったの。それなのに急に割り込んできてどういうつもり?」
「割り込みではありません。僕にも決闘申請されていたので」
「はぁ? そんな訳ないでしょ。私は確かに個人に……」
ウトは自分のログを確認し、絶句してしまった。
決闘申請には2種類ある。個人に向けて送るものとパーティに向けて送るものだ。
最初に弥生へ決闘申請をした時は、個人に向けてだったが2回目の申請は、パーティに向けて申請されていた。
「でっ、でも1対1の勝負って感じの空気出してたし……」
「2度目になりますが僕にも送られていました。2対1がお望みだと判断できる状況でした」
ウトが小さな声で文句を垂れ流すが、百合音にはしっかり聞こえてしまい、反論される。ウトが今にも申請無しで飛びかかりそうに見えた為、弥生はその場に駆け寄って2人の間に入って叫んだ。
「ストーーーーップ! 喧嘩はそこまで。百合音さんは口閉じて。ウトさんはえーっと、また今度勝負しましょ?ね?」
「はぁ、しょうがないわね。今回の勝負は預けてあげる。それからさん付けはいらない」
「え?それってその……」
「『ウト』って呼べって言ってるの! 気持ち悪いからそろそろ行く」
困惑の表情を浮かべた弥生を尻目に、ウトは森の深くへ向けて歩き出す。
「あ、ちょっと待って」
「何? こんなところで呼び止められたら格好つかないじゃない」
「それはその、ごめん。だけどその……なんで一人なのか気になって……」
この森のステージは、種族が『人間』の場合はチュートリアルの後、すぐに出るクエストのある場所であり、弥生はそれを行っている最中だった。
ウトの種族は吸血鬼だ。種族が人間ではない以上、誰かのクエストの手伝いをしているはずだが、相方の姿が見えない。
一人でゲームをしていた可能性もある。それだとなぜレベルの低い場所に居たのか。それを含んだ質問を弥生はしたつもりだった。
彼女は沈黙の後に、低く小さな声で答えた。
「ケンカした」
「え?」
ウトは悲しそうな横顔を見せ、百合音が何かを悟ったように距離をとる。どうしていいか分からなくなった弥生は、その場に立ち竦む事しかできなかった。
「……なんでもない。ただあいつが勝手に先に行っちゃっただけ」
今にも泣き出しそうな表情で彼女は切り株の上に座り、ため息を漏らすも草木の揺れる音にかき消された。
「あの、変な事聞いちゃってすみませんでした」
「いいのよ。そんな事より早く追い付かなきゃ」
「それなら私達はゆっくり行く予定だし、先に行った方が……」
「気が変わったわ。一緒に行ってあげる」
さっきまでの暗い表情とは打って変わって自慢げな表情で言い放つ。恐らくネガティブな感情はため息と共に全て出し切ったのだろう。
大きく開いた羽はひらひらと靡き、その存在を全力で主張していた。
「まぁ私は一人でもこんな低レベルな場所、すぐに抜けられるけど、強い味方が欲しいでしょ?」
「いいの? ありがとう。実は前衛が私だけだったから不安だったんだ」
「ふふ。頼ってもいいけど、自分の身は自分で守りなさい」
弥生は笑顔で返事をし、ウトの手を両手で握る。
百合音は何か言いたそうな目でウトを見つめている。すでにウトは気付いているが、先程のやり取りが効いているのか気付いていないフリをしていた。




