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ワールドハウル  作者: シンク
3章 それは曖昧だけど確かなもの
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29話 早さが強さは時代遅れなのか

「迂闊です。まさかこうなるとは思いませんでした……」


 白いローブを羽織った少女、百合音は人が行き交う街の中でうなだれていた。

 隣に立つ弥生は不機嫌な様子を見せるが、多少申し訳なく思っているのか百合音の表情を伺うようにその様子を眺めている。


「なんかすみません。私の防具探しでこんな事になっちゃって」

「本当ですよ。折角フリマを回っても所持金不足で買えないなんて、とんだ笑い話です。臓器でも売りますか?」


 浅く被ったフードの隙間から見える少し長い耳がひくひくと動いている。

 野生動物ならば警戒の証しと捕らえることもできるが、彼女の場合は癖で感情を表すかのように動く。この場合はうまい冗句が言えた嬉しさであろう。


「発想が物騒ですよ! それに今のままでも十分って言ったじゃないですか」

「ならば十二分にしましょう。その装備であの洞窟まで行けるなら、装備さえ整えれば抜けた先の火山ですら楽勝のはずです。そう言えば洞窟を攻略したと言っていましたが、火山の方は見に行きました?」

「えっと……まだですけど実は抜けた先に喫茶店がありま……」


 思わず途中で弥生は言葉を引っ込めてしまった。大きな理由は二つであろう。

 一つは百合音の微妙な表情の変化だ。現実(リアル)での喫茶店の事件を思い出したのか、僅かに頬を引きつらせている。

 二つ目は喫茶店での会話の内容だ。恋愛だの挑戦だのという意識高そうな会話の内容を伝えなければならなくなってしまうからであろう。

 そこから続けて百合音からの連絡を「王子様からの連絡ですか?」と問われた際に、否定しなかった自分の事を思い出したのか彼女の顔を凝視したまま固まってしまっていた。


「人の顔見て急に話を止めて、そんなに僕は変な顔をしていました?」

「えっ!? えっと……現実の方で喫茶店関係は良い事が無かったからこの話題は避けたほうが良いかなとか思っちゃいましてー……」


 弥生の頬を汗が伝う。百合音や他のプレイヤーを見て分かることだが、ここはそんなに気温の高い場所ではない。

 そもそも仮想空間(VR)なのだから関係無いと言えばそれまでだが、デバイスが感情の変化を読み取って反映させる事はある。

 弥生は無意識に汗を手で拭い、愛想笑いを浮かべて誤魔化そうとするも、それが通じる相手でないことは明々白々であった。


「まぁ、そうですね。怪しい場所にはこれから足を踏み入れないほうが良さそうです。もちろん現実での話ですが」

「あはは……それにしても、突然ローブを着ろって言われた時はびっくりしちゃいました」


 なんとか話をそらそうと弥生は頬を掻き、目をそらしながら笑った。直後、いつもの事かと思いながらも百合音の口から息が漏れる。


「言葉足らずですみません。アレは別にローブを着ろという意味ではないです」

「分かってます! 本当はちょっと違う意味に見えたと言いますか、そういう気があるのかとか思いましたが……」

「どういう意味ですか?」

「い、いえ! 言い間違えました! 先程説明された通りですよね!?」


 訝しげな表情で目を細めて下から弥生を見上げる様子は、背格好の問題でまるで小動物の威嚇のようにも見えるが、向けられた本人からしてみたらそんな事はない。後退る弥生は足をもつれさせて転びかけた。

 彼女達は今、人で賑わう大広間である通称「フリーマーケット」と呼ばれる場所で買い物をしている。個人商店で溢れるこの場では、思いがけない装備品や消耗品等のアイテムが売られている場合もある。

 百合音が挑発するようにローブを動かしながら出した提案は、かなりシンプルなものだった。

 避けられる判断力にそこまで自信があるのなら、いっそスピードに特化してしまったら強いのではという意見である。

 そこから目当ての物は防具とは言っても全身鎧フルアーマーのように全身がっしりした鎧ではなく、機動力を損なわないような軽い鎧のような物となった。そこまでは良いが、更に問題が発生してしまった。

 軽い鎧と言えばありふれた防具のように思えるが、それがなぜ見つからないのか。それは付与されるステータスに原因がある。


「はい。もう一度言いますが弥生のような短槍を扱うとなると装備の重量で本人のスピードが落ちていては、重槍の劣化でしかありません。なのでスピードを上げるのは理にかなっています。しかし防御スキルに乏しい短槍では半分は防御力に振った装備ではないと全体攻撃に巻き込まれた際に一撃で死んでしまいます」

「百合音さんの話によるとダメージ無効スキルは槍にもあるらしいけど、時間が短くて使えない時間(クールタイム)が長いとかで長期戦には向かない、ですよね?」

「きちんと覚えているようで安心しました。大体スピードを上げて避けるより、ある程度はダメージを受けても良いように装備で防御力を上げていく方が楽だそうです。単独ソロ狩りでも楽そうです。ちなみに上手い人ですとスピード上げて盾職の後ろに隠れる事もできたそうですが、今は敵の攻撃の発生が早過ぎて難しく、スピード特化の短槍はまず居ないそうです。回復職ヒーラーにとっては全部避けてくれた方が楽ですけど」


 装備には基本能力とは別に、強化スロットというものが複数存在し、そこにアイテムを使って任意またはランダムに特性を付与することが可能だ。しかし、理想の組み合わせや極端に突き抜けた組み合わせの装備は高価なので、今の弥生の手持ちでは難しいだろう。


「それで需要が無くて出回らない。でも少し前まで需要があったならみんな持ってて今店に並んでてもおかしくは……」

「自分のレベルを見てから言ってください。アプデ前のカンスト半分にも満たないのですから適正装備は一人(ソロ)用テンプレばかりです。少しは並んでいるかと思った僕が馬鹿でした。もう少し粘って出品されるのを待つしかないですかね。一応手持ちのドロップ品も確認しますが……」

 

 難しい顔で百合音は再びメニューを開き、自分の手持ちを確認する。その後、辺りを見渡し、その視線は人気の少ない場所で止まった。

 プレイヤー達が賑わう広間から抜けた先、少し暗い通路にある建物を見て何か思い出したように彼女は手を叩いた。

 直後、弥生の方を振り返る姿は外見相応の子供のような無邪気さを感じるものだった。


「アレです! 多少高くつきますが、ほぼ確実ですよ」

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