26話 何が良いかは人それぞれ
「それにあの人ったらあんな大きな武器を振り回して強気でいるくせに、実はヘタレでかわいい子なんですよ」
「そ、そうなんだ……」
私は今日二度目の喫茶店で似たような似たような会話を聞かされていた。
一度目は現実で、そして今は仮想世界での事だ。
どうしてこうなったのか思い出してみると、自分が断らなかったせいという結論に落ち着く。もとい、そう思った方が楽であろう。
洞窟からここまでの道のりはかなり楽だったが、本番はここからのようだ。
私は彼女から可視化された紅茶を受け取り、それを口まで運ぶ。
味までは再現されないが、唇に液体が触れた感触がした。そしてそれを口に含もうとした瞬間、光と粒なって消えてしまった。まるでモンスターが倒された時のように。
慌てる私の姿が滑稽だったのだろうか、彼女は目を合わせると微笑んだ。
「笑わないでください。目の前で消えるなんて想像もしてなかったんですから……」
「あら。そうしますともしかしてレベルの割に始めてから日が浅い、なんて事はありませんよね?」
「えっと……そのまさかです」
申し訳なく思いながら捻り出した私の言葉に、彼女は驚愕の声を上げながら口を塞いだ。
本当は知っていて当然の事なのだろうが、そもそも消費アイテムを可視化させた後に使用するなんてどういう場面なのだろうか。
可視化させないと使用できないアイテムとかあるのだろうか。
私が思考を巡らせていると、彼女は口元に当てた手を離して口を開いた。
「ふふ、それなら仕方ありませんね。ところでこの喫茶店、実は鍛冶屋も経営していますので何かあったら使ってみてください」
「鍛冶……屋?」
無意識に呟き、部屋の中を見渡してみてもそれらしきものは見えない。
見えるのは上品で落ち着いたデザインのテーブルや椅子等だけだ。少し変わったものといえばカウンターの上に置かれた花瓶だろうか。見た目自体はそこまでおかしくもないが、場所がカウンタのー中央なので、あそこに立って何かするなら少々不便だろうなと印象を受ける程度だった。
「あの、厨房の奥が工房になっているとか、そんな感じですか?」
「半分合っていますが半分外れです。奥の倉庫から地下に向かう階段があって、そこを降りていくと素敵な工房があります」」
「そ、そうなんですか……詳しいですね」
何か含んだ言い方に聞こえたが、私はあえて工房には触れずにお茶を濁すように無難な言葉を返した。つもりだったのがそれが間違いだった。
「ふふ、私達の経営するお店です。あの人と二人で選んで二人で買い、二人で増改築して二人で経営しているお店ですからここのことならなんでも聞いてくださいね」
口早に語るそれを聞いた私は何か恐ろしいものを感じ、帰りたい気持ちでいっぱいになった。
「えっと……このゲームってお店の経営とかもできたんですね」
「はい。結構苦労しましたね。色々と厳しい条件もありましたが、なんとかお店を持つことができましたので今は楽しいですよ。弥生さんもレベルは足りてそうですので、何か挑戦してみてはどうですか?」
「挑戦、ですか……そうは言っても色々と大変そうですし今は……」
「それなら誰かと一緒にやれば解決です。弥生さんはリアルでも若そうですし、恋人とかいますよね? そのお相手と一緒に挑戦するなんて最高だと思いませんか?」
今日は厄日なのだろうか。行動が裏目に出すぎて何をしていいか分からなくなる程だ。今私は興奮した彼女にどのような言葉を返そうか悩んでいる。下手に否定すれば宗教勧誘のような執拗な説得が始まるだろう。だからと言って肯定しても後が面倒になりそうだ。さらに言うならば私には恋人と呼べる人はおろか、異性の友達すら少ない。そこから説明しなければいけない事に気付いた私は、心の中でもう逃げたいと叫びながらも口はうまく動かせずにいた。
「あの……何かに挑戦するのは、いい事だと思いますが、私にはそんな……」
言い訳を並べながら、張りぼての笑顔を浮かべていたであろう私の画面端にメッセージの通知が軽快な音と共に表示された。
「どうかいたしました?」
首を傾げ、真っ直ぐな瞳に見つめられるが私はすぐにそのメッセージを開き、差出人と内容を確認する。都合の良いタイミングに私の元に届いたメッセージは先輩からのものだった。
『用事は片付けました。街で待っています』
短い内容だが、今はとにかくこれが届いた事が嬉しかった。元からスノウさんには先輩が来るまでという約束だったはずなので、これを伝えて私はすぐにここから離れよう。
「ふふ、待ち合わせの王子様からの連絡ですか?」
「え? 確かに待ち合わせの相手から来てますけど……通知音って周りにも聞こえるんですか?」
「いいえ、聞こえはしませんが貴女の動作と表情で分かります。台詞を途中で止め、何かを確認した直後にそんなに明るい表情をされてはそう思うほうが自然です」
自分の推理を言い終え、生暖かい表情で私を見つめる彼女は「早く行った方が良いのでは?」と最後に付け加えた。
妙な勘違いをされているようではあるが、それでもこの場所から移動できることには変わりないだろう。喫茶店から出る直前、彼女からメッセージとフレンド申請の通知が視界の端に浮かんでいる。
私は外に出てすぐに肩を落としながら溜め息を漏らし、しぶしぶフレンド申請を承認していた。
「はぁ……期待外れもいいところ、か。あいつは何が気に入ったんだか」
金髪の女性は両手を真上に突き出し、先程の上品さを欠片も見せない素振りで伸びをしながら独り言を呟いた。
その後、彼女はフレンドリストに追加された『弥生』という名前を確認し、別の人へメッセージを送りながら店の奥へと消えて行ってしまった。




