21話 女性でも退けない場面はあります
「隠れ家的カフェって言うやつですか?」
木製のドアを前にして私は疑問を溢す。
先輩の方を見ると数秒前の自慢げな表情はどこへ行ってしまったのか、険しい顔でドアを睨んでいる。
確かに大通りに出る前に店はあったが、見た目は明らかに民家そのものだ。
一応呼び鈴を探してみるが、そんなものは見当たらない。
先輩は再びスマホを取り出して調べ直しているようだが、やはり私達がいる場所が目的地のようだ。
仕方なく彼女は強張った顔で頬から汗を流し、ドアノブに手をかけて静かに口を開く。
「間違えたらナビのせいですし、止めなかった楚良にも非がありますからね」
「えっ!? ちょっ、ちょっと待っ……」
どう考えてもおかしい言葉に私が反論しようとしたその時には、ドアは彼女の手によって既に開かれていた。
ドアの上部に付けられている鈴が鳴る。ドアを押し、鈴を見上げながら先輩が入って行くと、奥の方から少し高い女性の声が聞こえた。
「いらっしゃい。あら……あの子のお友達かしら?」
ドアの隙間から顔を覗かせて見ると、店員と思われる若い女性がカウンター越しに立っていた。
若いと言っても私達よりは年上に見える。多分大学生のバイトだろうか。
店の制服だと思われるが、古風なメイドを思わせるその女性の服装は店内の落ち着いた雰囲気も相まって、上品さを感じさせるには十分過ぎる程だ。
「あちらの席へどうぞ。えっと、そちらの方は……」
店員さんは先輩に向けて入り口近くの席に案内を始める。
しかし私に気付いていなかったのだろうか、目が合った時に少し驚かれてしまった。つられて私も無意識に後ずさりをしてしまう。
「僕の後輩です。店が怪しいと言って警戒しているようです」
「そんな!? 怪しいなんて言った覚え……あ、本当に言ってませんからね?」
急に変な嘘を吐かれ、私は思わず大声を出してしまったが、店員さんへの釈明は忘れない。勘違いされたままでは嫌だったからだ。
そんな私の気遣う心境を余所に、店員さんは少し驚いた表情で軽く頭を下げた。
「申し訳ございません。それでしたら一番奥の席へどうぞ」
店員さんに誤解されたままのようで何か違和感を覚えるが、案内されたのでその場に立っているわけにもいかない。
そのまま私達は奥の席に座り、テーブルに置かれたメニュー表を開いて見ることにした。
「楚良、つかぬ事をお聞きしますがよろしいですか?」
先輩はメニュー表を睨みつけながらながら目を細めている。何か気に入らないことがあったのだろうか。
私は立ち上がり、彼女の手元を上から覗き込んだ。
「どうかしました?」
「楚良は苦いもの、大丈夫ですか?」
「えっと……あー……そうですよね」
彼女が目を細め、加えて多少落ち着きのない様子に見える理由。
それはメニュー表に書かれていた飲み物覧に原因があった。
メニューを決めた人のこだわりなのか、エスプレッソやカプチーノと言う単語が並んでいる。
結論から話すと先輩はコーヒーが飲めない人だ。
喫茶店なのだからジュースくらいあるだろうと思っていたが、メニューのほとんどがコーヒーで占められていた。
ジュースらしきものはあるにはあるが、これもまた怪しく、『女子校生の方限定日替わりジュース』と端の方にあからさまに後から付け足されたものしかない。
「先輩、私これにしますので先輩もどうです?」
たとえ怪しくても仕方がない。
コーヒーはある程度飲めるが、私がコーヒーを注文した場合、先輩は飲めないにも関わらず絶対にコーヒーを頼むだろう。
そんな事で再び不機嫌になられては私の身が持たない。
そして数秒の沈黙、恐らく葛藤していたのだろうが、それも終わったようでようやく返事をもらえた。
「そうですね……そうします。おすすめが何か分かりませんが」
それだけ言うと彼女はメニュー表をテーブルの端に置いて深く腰掛け直す。
スイーツなどは頼まなくて良いのかと先輩に尋ねるが、帰ったらご飯が用意されていますので、と返されてしまった。
注文も決まったようなので、私は座ったまま店員さんに声をかけ、テーブルまで来てもらうように手を振る。
早速来てもらい、店員のお姉さんが伝票を取り出したのを確認してから私は注文を始めた。
「えっと、この日替わり限定ジュースをください」
「はい。限定日替わりジュースですね。本日はクリームソーダとなりますが、何色がよろしいですか?」
クリームソーダとは予想外だったが、これなら二人とも飲めるものだ。
それは良いのだが、色とはどういうことだろうか。
クリームソーダと言えば私の中では緑色のクリームソーダが普通だった。
「何色、と言うより何味がありますか?」
私が返答に困っていると、見かねた先輩が口を開いた。
それに対して店員さんは厨房の方をチラリと見やり、笑顔で説明を始めた。
「味は苺、メロン、ブルーハワイがあります」
それぞれイメージしてみるが、確かにこれなら色でも通じる。
同時に湧き出た「かき氷のシロップみたい」と言うセリフを私は飲み込んだ。
「その中なら苺でお願いします」
「じゃあ私はメロンで」
「かしこまりました。それではごゆっくり」
説明を受けて先輩は安心したのか、額の汗を袖で拭いながら答える。
店員さんは私達の注文を伝票にメモし、ゆっくりとした足取りで厨房へ戻ろうとしたその時の事だった。
ドアが勢いよく開き、鈴の音が激しく店内に響く。
何事かと思い、入り口に注目してみると、そこには私達と同じ学校の制服を着た二人の女性が立っていた。




