20話 嫉妬なんてしていません
目の前を不機嫌な少女が歩いていた。
少女と呼ぶと少し失礼な気もするが、私よりも小さいのだから許してほしい。
「あ、あの……先輩?」
「はい、なんでしょうか。ショタコンの後輩さん」
なんと返して良いか分からない言葉に、私は何も言い返せないでいた。
下校の時間なのにまだ明るいなんて随分日が延びたなと、のんきな事を考えている場合ではない。
一刻も早く彼女の機嫌を取らなくては、私がこの重い雰囲気に押し潰されてしまう。
屋上ではあんな笑顔を見せてくれた先輩の表情も今は険しい。
彼女が不機嫌な理由。それは私のせいかもしれない。
数分前までは楽しく会話をしていたのだが、ある話題になってから急にこうなってしまった。
「否定はしないのですか? 『師匠』にべったりな弥生さん」
追い打ちをかけるように彼女は言い放った。
ある話題とは師匠と冒険した話だ。
わずか数時間の出来事ではあったが、本当に面白かったのだから仕方がない。
屋上から移動し、昇降口の辺りからつい先程までそれらを話していたのだが、気付いたら今の状況だ。
私自身は楽しかったのだが、彼女にとってはそうではなかったのかもしれない。
「否定と言うか、その……先輩は師匠の事、もしかして嫌い、ですか?」
「は?」
短い言葉の後に彼女の足が止まる。
師匠の話を続けていたら不機嫌になったのだから、その可能性はあると思い、そんな軽い気持ちで質問してしまった。
知り合いだとは言っていたが、仲が良いと師匠は一言も言っていなかった。
本当に仲が悪いのだとしたら、聞かなかった方が良かったかもしれない。
さり気なく彼女の横顔を覗くと、珍しく僅かだが口を開けたまま立っていた。
それから数秒後、理解が追いついたのか、先輩は溜め息をついてから話し始めた。
「はぁ……話題が変わりすぎです。質問の意図を読み取るのに時間がかかりました。答えだけ言うなら嫌いではありません。ですが楚良、貴女は彼女の事を本当はリアルでも男かも、とか思っていませんか? いますよね? 断言します。彼女のリアル性別は女性です。それにあのアバターのように小さくありません。むしろ貴女より大きいです。僕への皮肉のつもりでしょうね。きっと」
急に喋り出したかと思うと、彼女は私に反論させるつもりがないかのように、早口で言い切った。
一気に言われたせいもあるが理解力のなさもあり、半分ほど分かっていない。
頭の中で先輩の言っていたことを整理していると、先輩が再び口を開く。
「それよりも大事なことを事を思い出しました。今日はサーバーメンテの日です。すぐに帰ってもプレイできません」
「そうなんですか? えっと……どうします?」
「とにかく時間を潰してから帰りましょう。この辺りですと……」
先輩は制服のポケットからスマホを取り出し、時間つぶしの場所を探し始めた。
それにつられて私もスマホを取り出し、とりあえずSNSで公式アカウントの告知を探して見る。
告知には18時にメンテ終了予定と書かれている。今の時刻は17時を少し過ぎた所だ。
帰る頃にはメンテは終わっている。何も心配することはなさそうに思える。
安堵の息を漏らし、私は悩んでいる様子の先輩に精一杯の笑顔を作って教える事にした。
「先輩、メンテ18時までですよ? 多分帰ったらメンテも終わってます」
先輩は地図アプリを起動させながら、目を細めて横目で私を睨んだ後、再び視線をスマホに戻す。
邪魔をするなと言うことだろうか。仕方なく私はこの背を丸めてスマホを凝視する黒髪少女を見ていることしかできなった。
「楚良。今回のメンテは大型メンテです。武器やマップ、新しい種族も追加される予定です。絶対に延長します。ですので……」
「帰ってもメンテは続いてる。ですか?」
「はい。何度このパターンに苦しめられたか、もう数えたくもありません。そんな事よりそこの脇道に入って少し歩くと、喫茶店があるそうなのでそこで時間を潰しましょう」
スマホから目を離さず、電柱の陰になって見辛くなっている道を指さして彼女は案内を始める。
前を見て歩かないと危ないと注意しようと思ったが、常に注意散漫な自分が言ったところで説得力が全く無い。
ゆっくりと彼女が歩き始めたので、私はそれについて行くことにした。
指を差された場所へ曲がると、薄暗い雰囲気の道がしばらく続いてるように見える。
不安に駆られて確かめようと、彼女のスマホをさり気なく覗き込んだ。
しかし顔を少し近付けた時、気配か何かで分かったのだろうか。直後に鋭い視線が私の目に突き刺さる。
「勝手に見ないでください。覗き魔ですか?」
「えっと、ごめんなさい。ここで合っているのか気になりまして……」
「たしかに少し不気味ですが抜けた先、大通りです。まぁそこに出る前に着きますが」
先輩は自分のスマホの画面を私に見せながら、少し得意げな顔でそう言った。




