19話 黒歴史は増えるものです
「納得しました。思い切ったパワーレベリングですね」
大きな学校の屋上で、小柄な少女が肩を竦める。
雲一つない晴天の下、彼女は隣に座っている自分より一回り背の高い少女を見つめ、言葉を投げた。
二人とも同じセーラー服を着ているが、胸に栄えるスカーフの色だけが違っている。
「パワーレベリングって、なんですか? こう、力押しってイメージがするんですけど……」
隣の少女が疑問を口にした。
小柄な少女は目を細め、溜め息を漏らす。
「楚良は、いえ、弥生は例の『師匠』に何も教わりませんでしたか?」
「うっ……師匠は関係ないじゃないですか。それに先輩だってやれば分かるなんて言って、何も教えてくれなかったですし」
楚良は小柄な少女に皮肉を言われ、小声で反論していた。
彼女たちは一緒にやっていたゲームの話をしていた。
楚良と呼ばれた少女はプレイヤーキャラ、弥生の現実の名前だ。
彼女のゲーム内アバターは現実の体格に近く設定してある。
ゲーム内だけでも違う自分になりたいと思う反面、現実とほぼ変わらぬ体格なのは操作性を考慮してのことらしい。
「ああいうゲームは体で覚えるものです。基本的な操作はバカでも分かるほど簡単ですので。それよりボスを格好良く倒した後はどうなりました?」
「えっと、その、実はですね……」
楚良は静かに瞼を閉じ、前日の出来事を思い出しながら話し始めた。
洞窟での戦闘は過酷なものであった。
師匠が残してくれた魔法のおかげでなんとか勝てたが、その代償は大きい。
ひとまず師匠がどこに転送されたのか探し、それから――
「弥生、よくやったね」
物思いにふけっていると、突然後ろから背中に手を当てられた。
振り向くとそこにはピンと立った黒い狐耳が見える。
どこかで見覚えがあるような、と言うよりは私はその特徴を持つ人を探していた。
もしかしてと思い、視線をそのまま下げていくと、赤い瞳の獣人と視線が交わる。
「師匠、ですよね? アレ? どうして生きて……?」
「だってゲームだもの。死んだら中身ごとロストなんて洒落にならないよ」
あまりにもリアリティのある雰囲気に呑まれ、すっかり忘れていたがこれはゲームだ。
それなら師匠のあのぐったりとした姿は演技だったのだろうか。
実際には死んでもいないのに、師匠の敵と思いながら槍を強く握って走り出したことを思い出していると、似たように空回る普段の行動が次々と頭に浮かんでしまう。
顔が熱くなり、頬に汗が流れるのを感じる。
痴態をごまかそうとしても、目の前にいるのは観察上手な師匠だ。そう簡単に騙されてくれないだろう。
しかし話題を逸らせば、ある程度はなんとかなるはずだと信じて私は口を開いた。
「それならチャットでもメールでも送ってくださいよ。指示があればもっと簡単にできたと思いますし……」
「難しい話だね。死亡中は言葉も出せなければチャットもメールも打てない。そういう仕様なんだけど。と言うことは弥生にとってパーティメンバーが死ぬのは今回が初めてなのか。それならあの言動は理解できるね」
最初は少しこわばった表所を見せていた師匠だが、徐々に笑顔になっていき、最後には悪戯な笑みになっていた。
勝手に色々納得されてしまっている気もするが、話題を逸らすことは成功しているので、なにも言わないことにした。
「戦闘中の独白、なかなかかっこよかったよ」
笑いを堪えながら師匠は私をからかうようにそう続けた。
「あれは、その……」
「まぁでも」
師匠は言葉を短く句切り、私の手を取って今度は優しい笑顔で語りかける。
「心配かけてごめんね。一生懸命私の敵をとってくれようと頑張ってくれて、本当に嬉しかった。いろいろ教えた甲斐があったよ」
「んぅ……師匠…………」
私は感情に任せ、師匠の懐に飛び込んでしまった。
こうして私たちは感動の再会を果たし、時計を確認すると夜も遅い時間だったのでそのまま解散となった。
「えっと、こんな感じなんですけど、先輩的に何か聞きたい事とかは……?」
「楚良が空回って勝手に一喜一憂していただけなのは置いておきまして、ドロップアイテムは何でした?」
ショートヘアを風になびかせ、小柄な少女は首を傾げた。彼女も楚良と同様ゲームのアバターとほぼ同じ体格、髪型をしている。
現実では低身長に困っている彼女だが、ゲーム内だと当たり判定その他諸々の事情で都合が良いらしい。
「槍ですね。まだ装備したり実物を見ていませんが、装備できそうな気配はしましたよ」
楚良はそれを手に取る事を楽しみにしているのか、クリスマス前の子供のような笑顔になる。
強い武器ならいいな。などと彼女が続けて呟いていると、小柄な少女が楚良の目を見つめ、追加の質問を口にした。
「武器の名前、何と書いてありました?」
「名前ですか? えーっと、パラなんとかって書いてあった気がします」
「はぁ……まぁ楚良の事だからそんなだろうと思っていました」
小柄な少女は溜め息を吐きながら立ち上がり、楚良を見下ろしながら手を差し伸べた。
「ですが、イベント専用ドロップ武器ならそれなりに強いはずです。帰ったら見せてください」
楚良は彼女の手を取り立ち上がる。
逆光のせいでよく見えなかったが、その表情に呆れの色はなく、楚良には微笑んでいるように見えた。




