☆1話 陣形は大切です
「えっと、これでいいのかな」
片手で振れるサイズの短い槍を降ろし、装飾が金属音を鳴らす。
顔を上げ、自慢げな表情で赤髪の女性は呟く。
足元には小さな猪の死体のようなものが転がり、それは瞬く間に光となって消えた。
地面から真っすぐ生える高い木々に囲まれ、鳥の鳴き声が聞こえる。
女性は辺りを見渡し、これでもVRなのかと思った。VRとはバーチャルリアリティのことであり、現実のような仮想空間のことである。現実より現実味があり、草木の青い匂いや鳥の綺麗な鳴き声も聞こえる。
そんな声を遮るようにファンファーレが鳴った。
右上にはレベルアップと表示されている。どうやらレベルが2から3に上がったらしい。
「おめでとうございます。弥生」
あどけない声が聞こえた。
弥生と呼ばれた女性が振り向くと、フードを深く被った少女の姿が見える。手には身長より長い杖が握られており、先端には青色の大きな玉のようなものが埋め込まれていた。
弥生は自分より頭一つ程背の低い少女に向かって一礼する。
「ありがとうございます。せん……えっと、百合音?さん」
目の前の空間にメニュー画面を表示させ、名前を確認してから口に出す。ゲームの中だからこそできることだ。現実ではそうはいかないだろう。現実と言えば弥生と百合音は、この世界では数分前に初めて会った者同士だが、現実では昔からの知り合いであった。プレイキャラクターこそ弥生の方が体格も良く、背も高いため年上に見えるが、その実百合音の方が年上だ。
「はい。次のエリアに行きますね」
百合音と呼ばれた少女は静かにそれだけ言うと振り返り、森の奥へ歩いて行ってしまった。本来なら槍術士である弥生が先に行かなくてはならない。百合音は見た目通り後衛を担う職であるからだ。しかし序盤だから大丈夫と言わんばかりに、百合音は足早と先に行ってしまう。
それを見ながらも、弥生は荷物がモンスターの落とした素材やら装備品のせいで一杯になってしまったのに気付き、いらないアイテムを捨てて行った。
「うーん……たしかに装備できないけどこれ売れそうだしなぁ……」
アイテム欄から大きな剣を可視化させ、状態を確認する弥生。優柔不断な彼女はそれをまたアイテム欄に戻し、何か要らないものを再び探す。
そんなマイペースなことを繰り返した後、彼女の耳に自分を呼ぶ声が入った。
「弥生、早く来て!」
切迫した百合音の声だった。弥生はマップで彼女の位置を確認し、急いでその場所へ移動する。一つ隣のエリアの中央に百合音はいるらしい。
弥生がその場所に駆けつけると、百合音が蛇型のモンスター「フォレスト・スネイク」と表示されたモンスターと戦闘しており、彼女の頭上に表示された体力を表す「HPバー」と呼ばれるものが半分を切って黄色になっていた。
「百合音さん! 当たったらごめんなさい!」
弥生は大声で謝罪をしながら、槍を持っている場合のみ使用可能な初期スキル「突進」を発動させる。槍を水平に構え、先端から赤いエフェクトを発生させながら弥生は蛇に突っ込んでいった。
弥生の攻撃は見事敵に命中し、その頭上の頭上のHPバーを完全に削り切り、蛇そのものを吹き飛ばした。吹き飛ばされたそれは悲鳴を上げ、数秒後に光となって散った。
「ありがとうございます。助かりました」
百合音が軽く頭を下げて礼を言う。戦闘時に邪魔だったのかフードは外しており、空色に光る髪から伸びる尖った耳が少し目立つ。
尖った耳はエルフ族の証だが、百合音の場合は本物のエルフより短い。ハーフエルフという人間と中間の種族らしい。それに比べて弥生は特にこれと言った特徴は無く、胸が外見年齢の割に大きい程度。つまり種族は人間だ。人間は全てのパラメータが平均的であり、エルフは力が弱く、魔法を使うための力「魔力」が高いのが特徴だ。
そんな2人は今蛇から獲得したアイテムを確認しながら会話をしていた。
「いえいえ。私がそこでゆっくりしてたせいでもありますし」
「ゆっくりしてた? 僕は次のエリアに向かうとはっきり言いましたよね?」
百合音の表情が微妙に変化し、弥生を睨みつける。
弥生は慌てた表情を見せ、顔を反らしながら返事をする。
「えっと、その……ごめんなさい!」
槍をしまい、両の手を目の前で合わせて勢いよく言い切る。
その勢いに負けたのか、百合音は微笑む。
「いいのです。それよりここからは、僕達から攻撃を仕掛けなくても襲ってくるモンスターが出ます。さっきの蛇も向こうから襲って来ました。強姦魔です」
「え? うん。 手強そうですね」
何か疑問に思いながらも感想を述べた弥生に対し、百合音はため息を吐いた。
「手強いので貴女が先陣を切ってください。でないと僕は死んでしまいます」
この世界では移動する動作を行わなければ、体力は自然に回復できる。それでも百合音のHPバーは、未だ体力が三分の一を切っている表示である黄色のままだ。自然回復の量はそこまで多くはない。ただでさえ最大体力の少ない彼女に先頭を任せていては、本当に死んでしまう。
「わかりました。でもなんでさっきまでは先に……?」
「それについてはこのフィールドを舐めてかかっていただけです」
「そ、そうですか……」
言いにくそうな内容を躊躇い無く言い切り、何事も無かったかのように百合音はその場に座り込んだ。苦笑いをしながら弥生が立ち尽くしていると、いきなり目の前に赤文字のメッセージウィンドウが立ち上がった。
「決闘……申請?」




