15話 勘違から現実
「あ、あの、師匠。どうしてそんな格好に……?」
言われて荷物の整理をし、報告しようと振り向いたら既にローブを脱いでいた。
黒いタンクトップから大きく露出した肩はシミひとつなく、薄暗い洞窟で見たせいか妙な色気を感じた。正直に言うと羨ましいに尽きる。もし現実の私にもそんな魅力があれば、彼氏いない歴に別れを告げる事ができるのに。
しかし今はそんな事などどうでもいい。人通りのない場所だが、来る可能性はある。女性ならまだしも、男性に見られたらその格好は危なすぎる。
「一旦外して装備を選びなおす為、いざという時に助けられるようにスピードを重視したものを選ぼ――」
「でもここ外ですよ! そんな格好、もし人に見られたらどうするんですか!?」
「大丈夫だよ。それより多少は攻撃的にするか少し悩んでるからちょっと待って」
説明を遮るように声を張り上げて私は注意するも、師匠は意に介さずメニュー画面を見つめている。
肩が出ているのは私も人のことは言えないけれど、問題はそこではない。
背が小さいせいか、背伸びして大きめなサイズを選んだようにも見える服。百合音さんに負けず劣らずな平坦さとオーバーサイズな服のせいで中が簡単に見えてしまいそうだ。
脇を大きく開いたその服を見ていると、別の意味で十分攻撃的な装備ですと言いたくなる。
同じ体勢でいる事に疲れた師匠は両手を上に伸ばし、数秒かけて体を横に捻った。体の動きに合わせ、服の隙間から隠れていた部分が途中で見えてしまっている。これは確実にアウトだ。
「師匠! いくらなんでもこれは見過ごせません! その、中が見えてます!」
「見えるって……あぁ、なるほど。弥生もショタコンだね」
「違います! ショタコンなわけ……あれ?」
ショタコンとは小さな男の子を好きな人、という意味だと前に誰かに教えてもらった気がする。この場合はロリコンが正しいと思われるが、どちらにせよ小さい子に手を出す趣味はない。
それでもそんなニヤニヤしながら一定間隔で揺られるピンと伸びた耳には、多少の魅力を感じるがそれは別の話だと思う。
「このアバター、男なんだよね。声と見た目から勘違いされやすいけど、言ってなかった?」
「えっと……師匠、からかってますよね」
「そう思うならこれも外す?」
自分の服を指で摘まみ、少しだけ引っ張って見せつけられる。
女性アバターなら上は全て脱げないらしく、それができれば証明になる。
だけど女の子としか見えない師匠をこんな場所で脱がすとなると、道徳的に良いわけがない。
さらに師匠の言っていることが本当だとして、私は男の子にあんなに強く抱きついてしまったのだろうか。もう穴があったら入りたいとも思えてくる。洞窟の冷えた空間にいるはずなのに、途端に暑く感じてきた。
「まぁ今の弥生のように興奮したお姉さんの前では脱がないけどね」
「んなっ!? 興奮って、そんなことしてません!」
故意的に私の近くに立ち、師匠は屈めてあざとく私を見上げた。
その天使のような悪魔の笑顔に、私は何をしても詰んでいる状態だと思い知らされた。
「でも変に期待しないでね? キャラクターは男でもリアルの体はちゃんと女だから」
「期待ってそんな……でも師匠は師匠ですし……」
「そろそろ冗談はこれくらいにして、準備はできてる?」
手を伸ばそうとした途端、師匠はくるりと身を翻し、赤いローブを装備しながら私から距離を置く。
どうしたものかと見ておると目が合い、師匠の顔つきが変わる。幾度と見た戦闘直前の顔だ。
それに合わせて私も気持ちを切り替えるために自分の頬を二、三度叩く。
「はい師匠。バッチリです!」
「いいね。それじゃあついて来て」
師匠は壁に向かって歩き出し、そこに手を伸ばす。押し込む様に手を当てると、閃光玉のように眩く輝いた直後、不思議とすり抜けて壁の中に消えていく。
「こういう事。ここからは地図を開いても現在地が表示されないから、私から離れない様に」
手を握られ、強引に引っ張られる感覚は幼い頃姉に手を引かれて歩いた通学路を思い出す。そのまま連れられ、壁に顔が当たる直前に目を瞑ってしまうが衝撃はこない。目を開けてみると、壁の中は暗く静かな空間だった。
それが暫く続き、やがて再び少しだけ明るい場所へ出ることができた。
「隠し部屋って言うのかな。数は多いけどノンアクティブ設定になってるみたいだから、狩場にはぴったりの場所だよ」
到着と同時に始まった師匠の説明通り、洞窟内だがやたらと広い場所にモンスターが点在していた。コウモリ型のものやゴブリン。奥の方にはやたら大きな鉱石でできたモンスターの姿が見える。
しかしそれよりも眼を見張るのは、部屋の中央に堂々と浮かぶ巨大な赤い宝石の様なものだった。
「それ、調べても何も無かったけど綺麗だよね」
私が見惚れていると、それに気付いた師匠は私の手を引き、巨大宝石の元へ進む。
近くで見ると赤い色が際立ち、まるで血の様な色をしている。現存する宝石で言うならルビーやスピネルに近いだろうか。煌めくそれは、少し削ってアクセサリーにしたい程美しい物だった。
そんな思いで見ていると無意識に手が伸びてしまい、気が付いたら触れていた。
――瞬間、宝石は光の爆発とも思える程、桁違いの閃光を放った。




