11話 反撃から反省
思い付いた唯一の攻撃チャンスは、相手の動けないタイミングを狙うことだった。
さっき槍を横に振った時、彼女はバックステップを踏んだ。
バックステップ中は地面から足が離れているから狙うならそのタイミングしかない。
これは賭けになるかもしれないけれど、何もやらないでいるよりは、躊躇って何もできないでいるよりはマシだ。森での私とはもう違う。強気でいく。そう決めたから。
覚悟を決め、私は槍を横凪に振るようなフェイントを入れる。ラビさんがバックステップを踏み込んで宙に浮いた事を確認し、スキル『チャージング』を発動させ、彼女に向けて強く踏むこむ。
焦りから槍を握る手に余計な力が入っているのを感じるがこの距離だ。狙いから若干逸れたとしても攻撃を外すことはない。
槍の穂先が当たる寸前、彼女の表情を確認する。スキルエフェクトのせいで見辛くなっていたが、その口元が緩んでいるのがはっきりと見て取れた。
刹那、何もしていないにも関わらず、スキルのエフェクトは消滅し、私はバランスを崩して倒れる。顔から地面に激突し、情けない声が漏れてしまうがそんなことはどうでもいい。何が起こったのか分からないまま顔を上げたが、その目の前に表示された文字から何が起きたのか理解できた。
「時間……切れ……?」
「そう時間切れ。惜しかったね」
決闘が始まる前に決めていた3分という制限時間。それは無慈悲にも私の反撃と共に訪れてしまった。とても悔しいが、もっと早く気付けなかった自分のせいだ。少しの間だけ拳を強く握るも、終わってしまった事は仕方ないと自分を励ましながらゆっくりと解く。
時間切れの表示が消えると同時に、ラビさんは私に手を差し出してくれた。
先程の戦闘中のような怖い雰囲気はなく、無邪気な笑顔で差し伸べられたその手を取る。脱力した体を引き上げるように立たせられた直後、私は小さな溜め息を漏らしてしまう。
「はぁ……もう少しだったのになぁ……」
「あはは。気付けただけでも大した進歩だよ」
笑いながらラビさんは私の肩を叩く。戦闘時でなければ近付かれても怖くはなく、むしろ百合音さんの時とはまた違った安心感を与えてくれる。それにこれからはレベリングを手伝ってもらえる。つまりあの殺気に満ちた目を向けられる事は無いだろう。それだけでも心が穏やかになる。
――この直後のやりとりが無ければの話だったのは、言うまでも無いだろう。
「それはそうと君、まだまだ基礎的な動かし方の練習が必要かもね。全体的にタイミングがずれてると思うけど、レベリング中に矯正する?」
一見穏やかな表情に見えるが、目が笑っていない。
ただレベリングの手伝いをしてもらうよりは、直してもらえた方が遥かに短時間で強くなれるのは分かる。ただ動きに関しては自分でも違和感を抱いていた。戦闘中は多分焦っているせいだろうと思っていたが、終わった今なら分かる。
「あの、矯正はお願いしたいんですけど、ここに来てから何かおかしいんですよね」
「このエリアに来てからって事だよね。何がおかしいの?」
「えっと……ここに来てからって言うか、別のプレイヤーと森で決闘した時はもっと明らかに早く動けたような……」
ウトとの戦闘を思い出し、先程の自分の動きと照らし合わせる。すると明らかに槍を振るスピードや、移動するときのスピードが違ったように感じ取れた。当時は決闘で自分がレベル的に下だろうから、ハンデでも付いたのかと思っていた。
質問を受けた彼女は腕を組んで目を瞑る。
「その森がすぐそこのフェーゴの狩り場だったら、負荷はあまり変わらないからそんな事はないはず。だから多分気のせいじゃないかな」
「そう、ですか……」
彼女は目を開くと同時に、近くの岩に腰掛ける。そしてメニュー画面を開くような素振りをし、何かを打ち込んでいた。
「でもさっきの戦いでタイミングがずれていたのは事実。矯正する部分はメールで送るから確認してね」
「え? 戦いながら教えてくれるんじゃないんですか?」
「戦闘中ずっと指示出してたら覚えないでしょ?」
喋りながらも打ち込む手は止まらず、数秒の後に停止する。それとほぼ同時に私の画面に通知が二つ表示された。
「読み終わったら行こうか。これからよろしく」
手を差し出し、握手を催促される。伸びた爪に目がいき、よく見ると綺麗かもと思うと同時に鋭く、握られたら手に刺さりそうだとも思えてしまう。
そのせいで躊躇してしまったのは、ここだけの秘密にしておきたい。
その後、しばらく彼女の近くに座ってメールの内容を確認していた。意味を考えながら読んでいたせいで、かなりの時間が経過してしまっていたらしく、気付いたら座っていたはずのラビさんは横になって控えめに寝息を立てていた。
読み終えたので少し試してみようと思っていたが、先に一人で行く訳にも行かない。
起こさなければ。そう思いながら私は彼女の大きな耳に触れようとしていた。実は最初に会話したときからこの耳が気になっており、一度触れてみたいとも思っていた。風になびき、静かに揺れる狐のような黒い耳。一見硬そうに見える毛並みだが、いったいどんな触り心地なのだろう。
寝ているから気付かれないだろう。大丈夫。これも強気でいる為の一歩だから。
そして、わくわくしながら耳に触れようとしたその瞬間、彼女はその目をゆっくりと開いた。
「やっと読み終わった? 待ちくたびれたよ」
彼女は伸びをしながら立ち上がり、私の目の前で先程触れようとしていた耳をピクピク動かす。
焦りながら私は手が当たる前に引っ込め、照れ隠しに顔をそらす。横目で見やると何か勘付いたのか、口元を緩めて目を細める彼女の顔が見えた。
「何かしようとしたでしょ? まぁ許してあげる。さぁ行こっか」
フードを深く被り直し、彼女は私にそう告げると足早に洞窟内に入ってしまった。




