空っぽな頭で考えて、空っぽな心で感じ取ってよ
クソみたいに空っぽ。
本当、鳥の骨の中の方がまだ身が詰まっているってくらい、スカスカの空っぽ。
可哀想になるくらいだ。
「兄さんは、愛してるなんて言葉一つで落ちそうだよね」
冷凍庫からアイスを二つ出して戻って来た兄さんは、私の言葉に瞬きを二つくれた。
そんなもん二つくれるなら、その手に持ってるアイスをまとめてくれ。
よっこいしょ、と掛け声を付けて反発力のあるソファーから身を起こす。
三人掛けのソファーを私は右半分。
兄さんは左半分。
「えっと、どういうことだ?」
「そのまんまだけど。あ、私こっちね」
ひょい、と迷うことなくハーゲンダッツのいちごを奪う私。
ついでにスプーンも。
兄さんの手に残ったのは抹茶。
「良く分からないんだが」
パカリ、アイスの蓋を開けながら横に座る兄さんを見る。
困ったように眉を下げて笑う兄さんは、酷く甘ったるく優し過ぎるのだ。
この人を手玉に取るのも、転がすのも簡単だろう。
まだまだ硬いアイスを、銀色のスプーンで突っつきながら、うーん、そうだねぇ、と私。
兄さんは兄さんで、アイスを開けることなく私をガン見している。
両手でアイスを握り締めているが、溶けるよ。
「兄さんは空っぽだから。何にもないから。誰かに求められれば、全力で応えようとするから」
「お、おう?」
「どんな愛でも受け入れそう。てか、心中しそう」
口の中に入れたアイスを溶かしながら、舌の上で転がすようにして味わう。
私の言葉を聞きながら、兄さんの首は傾いていく。
死んで成就するものか?なんて、全くもって見当違いな答えまでくれる始末。
別段、頭が悪いとかそんなことはない。
むしろ学校の成績で言うと半分よりも上だったはず。
それがどうして、人間としてこんなにも空っぽでスカスカなのか。
「だ、大丈夫だから」
「何が?」
今日はコンタクトらしく、目が乾くのか瞬きの回数が多い。
指先で軽くコンタクトを調整する様子も見られる。
そんな兄さんは、何を決意したのかアイスを握り締める手に力を入れた。
「可愛い妹だからな」
「何の話してんの、マジで」
私のアイスを一掬いして、そのアホみたいなことを口走る口内に、ずぼり、突っ込む。
むが、とか、むご、とか変な声が聞こえたが知らん。
何を勘違いしているんだろうか、この兄は。
両親は決して私達二人を差別することはなかった。
勿論男女としての区別はあったが、虐待などもなく普通の幼少期を過ごして、今の今に至る。
空っぽの兄さんと、そんな兄さんを見守り忠告しながら、暴言まがいな言葉を吐き捨てる私。
友人には一度だけ、夫を尻に敷く嫁、という表現を受けたがそう見えても仕方ない。
だって、兄さんは危ないから。
「だからさ、今回の彼女も違うよ」
兄さんの手の中からアイスを奪って、蓋を開ける。
ペリペリ、ビニール部分も剥がしてから、スプーンを刺して返す。
手の中に戻ったアイスを眺めて、更に眉を下げる兄さん。
いいから食べなよ、と言えばおずおずとスプーンを握る。
「あんな女、兄さんには似合わないよ」
思い出すのはアイスと同じようなピンク色の頬をした女。
兄さんと同い年の女。
私を見て可愛い妹さんね、と聞き飽きたお世辞を並べた女。
どうせ兄さんの甘さに、優しさに、漬け込んでいるだけなんだから。
そんな兄さんに向けた言葉の刃物を、お高めのアイスと一緒にお腹に流し込む。
ごくん、喉を上下させる私を、不思議そうに眺める兄さんは、やっぱり空っぽだ。