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野良犬のスー

作者: 綾戸いずな

 僕の母は殺された。といっても、やったのは小さな野良犬だ。名前はスーと言う。スーはとても悪戯好きで、度々村人を困らせては喜んでいるのである。所詮は犬のやること、今までは甚大な影響を及ぼしたことは一度足りともたかった。それがスーを更に調子づけたのかもしれない。

 スーのする悪戯は、夕食を勝手に盗み食べたり、夜中に迷惑なほど吠えることであったり、本当に些末なものだった。

 ある日、母は急病になり、いち早く医師にかからなければいけない状態に陥ったのである。病院まで数十キロあるから、僕は慌てて車を走らせようとした。けれど、それは叶わなかった。普段置いていた鍵入れに、車の鍵がなかったのである。初め、なくしたと思った僕は、血眼になって家中、庭中を捜しまわった。すると、スーが鍵を咥えているのが見えたのだった。そうと知った僕は全力を使って追いかけた。さすが犬だけあって、人間の足では引き離されるのがオチであった。結局、鍵が戻ってきたのは三日後のことだった。でも、母はその日のうちには息を引き取り、帰らぬ人となっていたのだ。

 母の葬式で、ひたすら涙を流した僕は、心の片隅に沸いたスーへの怒りをふつふつと巨大化させていたのである。あの時、スーさえいなければ、悪戯をしなければ、母は助かったのに。母を殺したのはスーなのだ。

 母が逝去して一月が経とうとしている。スーに対する憎悪と憤怒は、更に大きさを増していた。

 母が亡くなってから、周囲の人々の対応がやけに優しくなっていた。しばしば料理を作ってくれたり、僕が落ち込んで働けなくなった分、代わりに働いてくれたりと、それは奇妙なほどだった。

 そんなことを考えながら、僕はこそこそと罠を仕掛けていた。これはスーを仕留めるための罠である。かかれば一発で葬れるだろう。罠は全部で五つある。今日中にでもかかってもおかしくない。

 僕は森に設置した罠を確かめに向かった。すると、無惨にも血まみれになったスーがいた。まだ細細とした鳴き声を上げている。それも時間の問題だろう。やっと、スーに復讐を果たせたのだ。

 つい僕は笑ってしまった。

 ふと、スーの背にたくさんの薪が落ちていることに気づいた。どうしてスーが薪を集めていたのか、さっぱりわからなかった。でも、僕はスーを殺れた愉悦さでどうでもよくなった。

 その帰り、歌を歌いながら帰宅していると、隣のおばさんに会った。いつも料理を振舞ってくれる人である。

 おばさんは怪訝そうな表情で僕を見ている。それもそうだろう。ついこの間、母を亡くしたばかりなのだ。けれど、僕は復讐を遂げたのだ。母も一時くらい喜ぶことを許してくれるだろう。

「どうしたんだい、そんな元気で」

 おばさんは目を皿にして聞いた。

「ちょっといいことがありましてね。実は母を殺したあのスーを仕留めまして。やっと復讐できたのですよ」

 笑ってくれると思っていた僕は、おばさんが渋面したのに些か疑問を覚えた。

「どうしたんですか、おばさんも喜んでいんですよ。あんな迷惑犬、死んでよかったんです」

 不承不承と言ったところか、言いづらそうにおばさんは語り出した。

「私達、あなたに優しくしてたでしょ。あれ、スーに頼まれたのよ。直接は自重したんだしょうね、スーは毎日私共の手伝いをしたのよ。それで私も、スーがあなたにお詫びをしたいのかと思ってね……」

 俯いたおばさんは、それ以上なにも言わず行ってしまった。その後には、僕だけがポツンと残された。

 僕は思い立ったように踵を返し森へ行った。そして、スーの亡骸を家に持ち帰り、小さな墓を建て、幾つかのお供え物をした。

 それからは、周囲の支援は全くなく、むしろ蔑みの目を向けられながら暮らしたのであった。

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