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 ばたばたと突然、足音が近づいてきた。(おう)は顔を戻すと、早足で迫りくる高菜(たかな)がみぞおちに何かを押しつけてきたものだから「ごゔッ」と目を見開いた。何だか針に刺された感覚もある。

「色々初めてなんだから、用心でこれも持っとけ」とまるで意地を張っているように言われた。

 櫻は下を見たが、高菜は正面を向いたままだから帽子(キャップ)の平べったいツバで顔が見えない。

 ただ、言われた通り、右手に大型ナイフではない、別の小さいものを(にぎ)っているようだった。

「死にそうな時に使わないとダメだぞ。……別に櫻がしたこと、無駄じゃないんだからなっ」

 えっ、と櫻は一瞬呆然とした。そんなことを、真剣に、強く言われるとは思わなかった。

 と、今もみぞおちに押しつけている高菜の右手が、まるで針を抜いた。櫻は不思議に思うが、とりあえず受け取った。――藤谷(ふじたに)が首に打ったのと同じ、キーホルダーのような注射器だった。

「櫻はちゃんと百合姉(ゆりねえ)の力にも、みんなの力にもなってたんだからなっ」

 高菜がそう言ったが早いか身を(ひるがえ)しながら駆け出して、藤谷の方へ向かっていった。

 何だか複雑な気持ちになって、櫻は目を落とした。見透かされたわけではないのは分かる。(なぐさ)められたわけではないのも分かっている。それなのに……、鵜呑(うの)みにするのが後ろめたい。

「一応、」と片山が言ったのが聞こえたから櫻は顔を上げると、片山の口が開いていた。

「それぞれの脱出通路から脱出してくれ。もしかしたら生き残りがいて、そいつが脱走したら面倒なことになるから、先回りってやつだ」

 ……しかし、しばらく経っても、誰の返事も聞こえてこなかった。

 先に真梨がしんどそうに歩き出した。それを合図にしたように、藤谷たちも歩き出した。

 櫻はだだっ広いだけの空間へ身を翻しながら、注射器をスラックスの左ポケットに入れた。そして右手に握る腕時計(スィクス)に意識を向ける。数秒が経った時に手の中で(ふる)えて動く感覚。右手を見た時にはすでに焼鉄色(やきてついろ)太刀(たち)を握っていた。――同時に誰かが横切った気配。

 櫻は顔を上げると、真梨と東堂(とうどう)と高菜と天野(あまの)が、警戒しながら、右の方へ歩いていっている。櫻はそれを見て、そっちの方に行くのかと思いながら後を追おうとしたが、藤谷に服の左肘(ひだりひじ)を引っ張られて、左前へ(うなが)された。櫻は左前を見ると、すでに片山が先を歩いていた。

 片山と一緒の方が安全だからか? と思いながら、藤谷と片山の後を追っていく。

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