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その時、真梨の方へ体ごと向いていた藤谷が、慌てて駆け寄ってきて、同じ目線まで屈ん(かが)だ。
「だっ、大丈夫っ?」と藤谷が打って変わって、心配そうに眉尻を下げて聞いてきたのだが、泣きたいほど痛いせいで大口を開けることしかできない。
が、藤谷の後ろでシルキィを抱きながら不安そうに眺めてくる高菜の口が、開いた気がした。
「大丈夫じゃ、ないだろうな……。百合姉って、やられたことない……でしょ?」
「え? ……あ、う、うん……」と藤谷が高菜へ振り向きながら戸惑った感じで返した。
途端、高菜が、恐る恐る、櫻に目線を向けてきて、目が合ったがその直後、恥ずかしそうにそっぽを向かれた。しかし今度は目だけで見るように、しかも目は合わないように、櫻の方へ目を向けながら、恐る恐る、歩み寄ってきた。ただ、眉尻の下がった顔は申しわけなさそうだ。
「あたし、も……さっきよりも、さっきだけど、やられた……んだ」
右前にきた高菜はそう言って、顔もこっちに向けてきたが、申しわけなさそうに俯いた。
しかし櫻はまだ、涙目のまま歯を食いしばることしかできない。まだ会話ができそうにない。
「真梨が、さ、いつも、シルキィを可愛がってるのに、その時だけいじめられたって、勘違いした、ばかりにあたし、跳び膝蹴り……したから……」
「っ、……ゔっ、うんっ……」と櫻は頑張って、相槌を入れたがまだ左胸がしつこく痛い。
そんな中で高菜がチラ、と控え目に、勇気を出したのか、上目遣いで目を合わせてきた。
そして、高菜の体が一瞬身震いしたように、櫻には見えた。
「さっき……は、……ごめっ……ごめんな? 真梨の方が怖いのに。……反省する」
高菜がそう言ったと同時に、抱き締められているシルキィも申し訳なさそうに、櫛のような触覚をへな、とたらした。
シルキィも引っ叩いたことを謝っているのかな、と櫻は思った。
思ったが、理由があるようだから気にしていない。高菜のことこそ、そうだ。
櫻は、歯を食いしばりながらだが「気にしてないよ」と声に出した。
と、高菜が驚いたような顔になったが、一気に緊張が解れたように力なく苦笑いを浮かべた。
「立てる?」
そう訊いてきた藤谷の言葉も、控え目な感じに聞こえた。
櫻は藤谷へ頷いた。すると藤谷が、呆れたのか安心したのか分からないため息をついた。
そして目を閉じながら立ち上がって、「行くよ」と言ったから、櫻も、痛くても頑張って、ゆっくり立ち上がりながら、すでに先を歩いている藤谷と高菜を早足で追いかける。
追いかけて、食堂への角を曲がった時、左胸の痛みが、会話はできそうなほど静まっていた。
すぐ前を歩く藤谷が不意に振り返ってくると、口を開けた。
「そいえば真梨は中一だからね?」
「………………歳上っぽさの完成早いよ。……雰囲気とかさ」
本気で歳上だと思っていたので、ため息がもう一度出た。
その時、丁度食堂に入ったのだが、床で割れた茶碗から、恐らくみそ汁が床に広がっている、その左前に向かって、四つん這いで落ち込んでいる男の、その尻が左下にあった。
その男の体格は筋肉質のようでもスマートに見える。高菜や真梨と同じ色のタートルネックだが、ブーツインしているカーゴパンツと、厳ついハイカットブーツを黒一色に統一している。
「どんよってんじゃねぇよ男!」と視界の右斜め前の方から、真梨の怒鳴り声が聞こえてきた。その方へ顔を上げると、まだ新品のような台所で、真梨が食事をトレイで運ぶ用意をしていた。
「情けないなぁ」と右から聞こえた高菜の呟きが、気に入らないと言いたげで、不機嫌だった。
そして藤谷が台所の方へ向かっていく。櫻も高菜の後ろで台所へ向かって、手伝いにいった。




