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櫻も起き上がろうと、上体を起こした時、偶然、ブレザーの内ポケットに入っていた右手に掴んだiCPCが、割れているようではないから無事だと思った。そして、立ち上がった。
と、後ろ姿の藤谷の向こう側で――いつからそこにいたのか――エプロンを担ぐように肩にかけている高身長の女が、藤谷を見下ろしている。その女の服装も高菜と同じみたいだ。
まさにドス黒い怒りを背後に携えているし、目元のくまもドス黒い。そして琥珀色を帯びる黒の瞳は涙目だ。が、それでも獲物を狙う猛獣の双眸だ。その姿とマッチしている銅色の長髪のソフトドレッドはポニーテールで、整っている感じの髪が、うねりながら下りている。
そんな感じとは逆に体の輪郭は美しかった。高菜と同じ服装がため自己主張がさらに激しい胸だが、まさに芸術的だ。くんっと上を向いている先の輪郭が、急なようで緩やかに見える。
「無視すんのが、悪いんだからなっ」とくまのある女が言ったが、泣きそうな声が掠れ(かす)ていた。
「……ごめん。……その内止むかと思って……」
本気で怯えながらそう言った藤谷だが、ブルブル櫻へ体を捻りながら震える指を差してきた。
「けっ、……ど、けど真梨、……無っ関係な人も巻き込んじゃだっ……だめだよ……」
その時、威圧を撒き散らす真梨が首筋をなぞる刃のようにジロリ――こっち見てきたー!!
まだ獲物を狙う感じの双眸は、やっぱり恐ろしすぎるほど凛とした切れ長の瞳だ。
それを向けられて、見られたまま何も言われない。この間は恐らく、死刑前の待合室だ。
不意に藤谷が恐いものを避けるように左へ避けた。――近づいてくるよぉおおおおおっ!
そして見上げるほどの目と鼻の先で顎を引いて睨み下ろしてくる。その眼力に潰されそうだ。
「何だてめぇは殺されたいのかい?」と威圧感を押しつけてくる真梨が左胸に手を当ててきた。
「ぇ、……は!? ……ぃ、……ぃぇまだっ、……生きたいです」そう言っている内になぜか、ブレザーの下のワイシャツの方へ手を入れられるから急に冷たい。
は!? と焦って、櫻はその手の方へ顔を下ろした。
「そうか生きなわたしは真梨だよ」と、左胸でも出しゃばっている部分を摘み潰された。
エンジンをかけるように捻られた。
「ぐゔわああああああああああ!!」グワッと大口を開けてガッと目を剥きながら櫻は膝からくずおれた。くずおれるほど尋常ではない。全身は強ばって動かせないし、涙も溢れ出てくる。
「あっはっはっはっはっ!」と真梨が、まるで奥さんがさっぱり笑うように笑いながら食堂へ身を翻して歩き出した。さらには藤谷に手招きもするが、それはすぐに角で見えなくなった。




