ろ
すると突然、顔を上げてきた藤谷が、必死に眉根を寄せ上げながら口を開けた。
「だけど、櫻がっ、苦しい思いをしちゃうからっ、……だからいっそ、独似|三次元《っ》空間の私を忘れてしまえばいつもの、気持ちでっ、過ごせるはずだってっ……」
「……ごめん……。でも、違うんだ。独似|三次元《っ》空間の記憶だけじゃない。……思い出すと、ごちゃごちゃになるけど、現実の記憶もちゃんとある。……ちゃんと、忘れようとしていたっ」
「……うそ……。そっちも……なの……?」そう言って藤谷が、目を見開いて驚愕している。
「でも、……覚えているのは、きっと、……一生忘れちゃいけない、ものだからなんだと思う」
そう言ったら藤谷と目を合わせられなくなって、櫻は掛布団の方へ俯いた。
そして鈍痛に襲われるほど両手を、知らない内に握り締めていた。
「今思っていることだけど、忘れたら、一生後悔するって、恐くて堪らないんだっ……!!」
そう言った時、声まで力んでいた。しかし、どうしても忘れたくない気持ちでいっぱいだ。
「……思い出せないかもしれないけど、忘れようとしてくれてたのは、あの時から分かってた」
櫻は藤谷へ顔を上げると、藤谷は目を伏せていた。
「――けどっ、」しかし急ぐように目を合わせてきて、口を開けた。
「櫻のその、忘れたくないって、忘れたら後悔するって気持ちは、本当は失くさないように、大切にしてほしい気持ちだよっ。ウソじゃないっ。だからもう、忘れようとしなくていいっ」
藤谷がそう必死に言った。――忘れようとしなくていいと、言ってくれた。
櫻は、脱力とは違う力が抜けるような感覚を抱いた。
それはまるで今まで知らず知らずの内に張り詰めていた緊張が、一気に解れたみたいだった。実は重かったらしい胸の奥底が、軽くなっていくのを、感じることができている。




