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不気味な、気色悪い鳥肌に呑まれている中、櫻はブレザーの左の内ポケットからiCPCを取り出した。まるでポイントカードが二枚重なっているような薄い板を横にして最上両端のボタンを押した。貝のような開き方をした後、その二つの画面が合体した。アイコンの一覧が表示される。ハガキのアイコンが半透明だ。重なっている〝1〟。そこへ視覚操作でマウスを重ねると、三連続の瞬きでクリックした。――藤谷からの二通のメールが一分前に来ていた。
その一通目のメールを見ると『どこ行っちゃったの!?』と酷く心配された。
『まさかエラーが起きたの!? 連れ去られて、迷い込まれたの!?』とも心配された。
だから反射的に画面の左上辺りの『返信』を押そうと――〝圏外〟の文字が見えた。
ガンッ!! と頭を殴られたかのように、目の前が一瞬ブレた。
全く分からない。何、なんだ? 一体ここは、誰のものなんだ? まさか、帰れないのか?
このまま帰れない?
その時、凄まじい危機感と罪悪感に襲われた。
美喜と祐樹が、幸生が、藤谷が思い出された。
ふと、涙が少しだけ滲む。iCPCを落としそうにもなった。
今までのことが全部思い出された。――全部忘れていたっ。
藤谷も、幸生も、美喜も祐樹も、僕をここまで引き上げてくれた人だということをっ!
恩知らずじゃないか! 本当に最低な人間だっ!
なんでだっ。なんで忘れるなんてしてしまったんだっ!
忘れていなければ、ずっとこのままでいいや、と思うなんてことはしなかった!
奴らからの気持ちに負けて、部屋に閉じこもり続けて、何もできなくなってしまった僕を、立ち上がらせてくれたんだぞっ! 泣いたり、笑ったりすることも、思ったこと、感じたことまでも声に出せなくなった僕をっ。無感情だと周りに誤解させるほどだった僕をっ!
そうだ。頭が腐り過ぎて、誰にとっても大前提で当たり前なことさえもできなくなっていた。学校で半日を過ごすだけで一日の全てのエネルギーを使い果たした。完全に極限状態になった感じだった。一日の最後の授業まで受けられずに、早退せざるを得なくなってしまうほど苦痛だったほどだ。気絶でもしそうだった。もう死ぬしかないのかと、心から恐怖した。
そんな、さっさと死ねばよかったはずの僕でも、父さんと母さんが支えてくれた。
美喜だって支えてくれた。中学一年の頃、美喜は学級委員だった。〝全員が楽しいと思えるクラスにする〟という学年全体の目標を目指していた。だから支えてくれたのだと解っていたが、それでも心から嬉しかった。僕がこうなった経緯まで解ってくれるなんて思わなかった。
袴田という、メガネをかけていて、鼻が上を向いている小学五年の頃の同級生。存在否定。大竹櫻の存在を否定せずにはいられないほど嫌ってきた男子。――そいつによる経緯を。