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怒鳴られる気配もないし、襲いかかるように迫りくる気配もない。まるで気づいていない。機械のように歩いてくる。――ただ、迫りくるたびに左目の、白い部分が、周りの皮膚や顔のパーツまでも呑み込んでいくように広がりながら、顔の中心へじわじわ寄っていく。
ゾ、と不気味な悪寒に襲われた。不気味だ。なんだあの得体のしれない奴はっ。
ハ、と夢で見たことがあるのを思い出した。覚えている。まだ幼稚園くらいの頃の夢だ。
『お、お詫びといっては、』と突然オルゴールと入れ替わったようにカード型ICレコーダーの簡易スピーカーが容易く割れるほどの大音量をぶち撒けてきた。
『なんですが、聞いてください! 私の夢!』
ダラダラとした話し方で言う男の声の音程を、機械で上げたような大音量。
櫻は心臓が炸裂したかと思った。
ただ、聞き覚えがある。去年のスケート場の中で放送された言葉だ。後の話も想像がついた。
『地元の大きい公園でショットガンを持ったおばあちゃんに追われていました。知らない内にリボルバーを持っていたので太刀打ちしたんだけど銃声が鳴るわ弾は出ないわ。火薬弾でした。その隙にショットガンで両足を分断されて、仰向けにぶっ倒れたのが私なんすけど、ノリノリで笑っているおばあちゃんから銃口を口に突きつけられたんです。「今日の晩飯はひじきだぜェ!!」と言われた時、私の目の前は真っ暗になりました』
なにがなんなんだよ……、と櫻は、笑えなかった。今は。
何だか恐くなってきたのだ。
そんな録音のされたICレコーダーがこんなところにある意味が分からないのだ。
『やっぱおかしいですよね? しかも夢って自分の心理状』と続きも聞こえ出したがプツブツと、大分昔の映像で聞くような音が度々入ってくる。――酷くもなって、砂嵐まで鳴り始める。
急に目眩に襲われた。体の内側の硬い部分をハンマーで殴られたかのような、固い痛みにも襲われた。視界が、まさに振り回されてブレ続けている。そのブレが酷い。体の内側が後ろへ引きずられているような入空間移動の感覚に気づいたが、まだブレが酷い。酷いままだ。
いつの間にか終わっていた。
右頬がツーンとする。厳しく刺さるような酷い冷たさ。白い氷の上でうつ伏せになっている。
まるで眠りから覚めたかのようだった。
戻ったのか!? と櫻は跳ね起きた。そして立ち上がりながら見渡してみる。透明な仕切りで覆われた広大なスケートリンク。仕切りのところどころにいくつもある小さな出入口。その辺りに入り込む雨避けのような二階席。その最上段上にあるオーロラヴィジョンもスピーカーも見えた。そうやって見渡していく内に透明な仕切りが、ガラスの壁とぶつかった。それは、ドーム型天井の防弾ガラスが、スケートリンクにまで下りたことで、ガラスの壁となっている。その向こう側では、青空が広がっている。手を少し上げれば、雲に届きそうなほどの高さだ。
……心臓が慌てている。自分しかスケートリンクに残っていないのが分かっただけだった。