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「いや絶対平気じゃないはずだぜ!? 絶対押しただけで泣くよ!? え、違う? ……違うの?」
いっぱいいっぱいな感じでそう言った油賀祐樹が、左前を向いている。
制服の紺スラックスに青いPコートという格好で、ピンクチョコレートの脳みそがトロトロ溶けているその同級生の前には、先ほど、四人だけのスケートリンクで尻もちをついた女子が立っている。結崎中学校の制服姿だ。ファスナーが上手に隠れているからまるでプルオーバーのようなセーラーパーカーにプリーツスカート、ダークグレーのニーソックスの制服姿。
そんな藤谷へ祐樹が滑り寄っていく。――何だかお尻目がけて近づいているみたいだ。
と、左から美喜が、凄まじい勢いで祐樹に接近したが早いか、肘鉄で鮮やかにかっ飛ばした。だから美喜の長く暗い茶髪が激しく広がったが、髪の一本一本が、悠然と纏まっていく。
ハ、として櫻は顔を右へ向けた。――夕色の光沢が輝く白い氷の上でうつ伏せ状態の祐樹が遠ざかっている。一直線に遠ざかっていく。そしてダシャン!! と透明な仕切りを突破した。
いやいやいやいや! と大口を開けた櫻は、咄嗟に美喜へ顔を戻した。
祐樹を眺める美喜が、ざまぁねぇぜ、と言いたげに鼻で笑った。――爽快で極悪な笑顔だ。セーラー服専用の厚手のコートに、肌の見えない黒タイツという格好で、女子らしいのに、だ。
「やっは!」と今度は藤谷にハイタッチを促して、戸惑い気味に苦笑いする藤谷と叩き合った。
それを見ながら櫻は身震いした。そして、美喜が、腹の底から恐ろしい。
仕方がないのは分かっている。藤谷を祐樹から守るとともに、仕返しもしたに違いないのだ。美喜はすでに、ここに入る前に祐樹からセクハラをされたのだ。
何よりも美喜は、藤谷が大好きなのだ。妹みたいで大好きなのだ。小さい顔に小さい背だが、それでいて黒茶色の瞳は微かに凛々しい。ミディアムの黒髪をツーサイドアップにしているがあまり横に広がっていない。――そんな藤谷が可愛くて仕方がない美喜なのだ。
ただ、櫻は思った。祐樹は真剣に心配していたから、友達を大事にする一面が裏目に出たに違いないと思った。スケート中に、格好悪く全身を打った経験もあるらしいのだ。別の友達と馬跳びに挑戦している中で、ヘッドスプリングなんて大技を試そうとしたから避けられたのだ。
――その激痛に及ばないが僕もさっき左肩を打った。それが強烈だったから祐樹があんなに必死になっても仕方がないと思えてくる。それ以前に美喜に対するセクハラも不可抗力だった。
……もう、祐樹が気の毒だ。そう思うとハァ、とため息が出てきた。
これに学んで美喜を怒らせないようにしようとも思った。
「よくあんな飛ばせたね……?」と若干驚きながら言った藤谷の声は、柔らかい感じだった。
その時も爽やかな笑顔を藤谷に向けている美喜は、誇らしげだ。