plologue.Xyst
不定期投稿。ストーリーは脳内にしかないです
ジスト・ゼナスは英雄を継ぐ者だった。
その昔、畑の麦を食い荒らし、生娘の生き血を啜るお化けトカゲを切り伏せたジストの先祖は、アンセスターの英雄となった。そうしてゼナスの子孫達は英雄の子となり、時代の困難に立ち向かうことを人々から期待されるようになったのである。
かくして、ジストの剣は、人間に向けられることになる。
アンセスターの属するグリーシアは、ジストが齢19の頃、隣国ローナスからの宣戦を受けた。ジストらアンセスターの若者も、魔術を繰り、魑魅魍魎を操るローナスの戦線へと送らることになった。
ジストは英雄としての活躍を期待され、そしてその期待に彼は答えた。
その当時戦線の指揮を執っていたローナスの将を、彼は討ち取ったのである。そうしてその首をグリーシアへと持ち帰り、戦争を終結に向かわせた。
従軍記録による、ジストの戦果は計り知れなかった。
かくしてアンセスターだけでなく、グリーシアの英雄となった。
――その片手片足と片目を引き換えに。
英雄であろうと、戦後保障を受け取られねば生きてはおれない。隻眼・隻腕隻脚のジストにできるのは、鍛冶の手伝いと、薪割りくらいのものだった。
そして、ジストは英雄となった。英雄となり、人々から畏怖されるだけの存在となったのである。
戦後のジストに、既に家族はなかった。アンセスターは都市機能のほとんどを失い、今もなお復興が続いている。人々は故郷を離れ、グリーシアの各都市へ散っていった。
ジストは英雄として、首都に閑静な住宅を与えられた。障害を残し、職業復帰が困難と判断され、永続的な保険を受け取ることにもなった。買い物はすべて、国からの保証金で賄えるくらいには安くなる。
戦争が終わって十年が経ち、ジストを穀潰しと呼ぶ者も増えてきていた。
人々の抱く感情は様々で身勝手だ。
英雄ジストがその日食べるものだけを買って足早に家に帰り、何をするともなく一日を過ごす姿を嘆く者もいれば、ジストが国から貰っている保証金の金額を勝手に想像して妬む者もいる。
ジストは、東西戦争の象徴ではあったが、戦後グリーシアの道標にはならなかった。
ジストは二十九になっていた。
戦争の記憶も、もはやあまり残っていない。なにより、人間に向けられた剣戟の記憶など、ジストにとっては悪夢そのものだった。
ジストは優しい少年だった。けれども、ジストが今も優しい青年であることを、首都に住む人々は知らない。
起きて、食事を摂り、湯浴みを済ませると、外は既に夕暮れになっていた。
「……――――」
革張りの大きな椅子に腰掛ける。遠い昔を思い出す。アンセスターの風や光を覚えているのも、「あと半分」になってしまった。眼帯の奥の、「なにもないという感触」にも、もう慣れた。
「さて、と……」
義足の方で立ち上がらないよう、一度確認してから椅子を離れる。杖を突きながら、ジストは奥の暗い部屋へと向かった。
二年前にそれを手に入れてから、ジストは逃げるようにその世界に没頭していった。その世界では、ジストは両目も両手両足も健在であり、周りの人々もジストを英雄視して疎んだりすることもない。ましてや、誰かと戦う必要もない。
ジストには英雄後の人生があった。「Alterpia」へと、ジストは今日も没入していく。