金太郎飴
燕は笑う。
「梨絵。兄貴。彩。咲歩。奏舞。ごめんな、いきなり呼んで。」
「別に気にしてないぜ?」あいからわずの鼻声だ。「そういえば、彩。辻は元気なの?」
んー?、と彩は笑った。「あのねー、おにーちゃんは、テレビに出てるよー。」
はぁ?
梨絵と咲歩は顔を見合わせ首を傾げた。
「辻がテレビ?」
「うんっ!」
ないないない。
別に容姿も特別恰好良い訳でもなかった。テレビ?それは、ない。ないない。
「……ないない。辻が出る位なら俺が出てる。」
「いや、お前もない。」
「……。いいよ、もう。話題を戻そうよ。駄菓子屋の事なんだけど。」
兄貴が聞いた、あのやりとり。
咲歩の見た、書類。
兄ちゃんの様子。
「……本当に、閉店しちゃうのかな……。」梨絵だ。「彼処が、閉店しちゃうなんて、嫌だよ。」
「皆そうさ。」
俺等に出来る事、何かないだろうか。
***
甲子園特集。彼奴と期待の新人とかいう奴がインタビューを受けている。全く、有名になったものだ。彼奴も。
からん。
音が鳴る。青年はテレビを消して、目を向けた。
「いらっしゃい。……おお、兄貴君。彩ちゃん。」
「俺は兄貴なんていう名前じゃないんですけどね……。」少年は苦笑いをした。
「彩。なんでもいいよ、買ってやる。選んでおいで。」
「やったー!」とてとてと彩が走って行く。「良いお兄ちゃんじゃねぇか。兄貴君。」
「……俺は兄貴なんて名前じゃないんですって……。」
あ、とカレンダーを見る。
「祭りまで、後二週間か。はやいですね。」
青年は、少し目を大きくした後、顔を伏せる。
「……あぁ。そうだな……。」
「ん?何かあるんですか?祭りの日。」
これだから察しの良い奴は、と青年は少し顔を顰める。
少年は気付かないふりをしているが、その表情もしっかり見ている。子供でも、その位わかるのだ。
祭りの日の前後辺り、かな……?
「打ち上げ花火、楽しみだなぁ。」残りの日にちを知りたい。駄菓子屋の寿命を知りたい。それには、話題を変えないことだ。
「ああ。燕達と行くのかい?」
「はい。店員さんは?」
青年は戸惑う。どう答えれば良い?
駄菓子屋が終わりになる事は、まだ告げたくないんだ。
「あー……、店。此処からも結構見えるんだぜ?」
「へぇ。知らなかった。」
嘘つけ。角度的に此処からは見えないぞ。
もしや、と思う。少年の勘はよく当たるのだ。
……祭りの日?
だとしたら、皆が幸せに楽しんでいる中で店員さんは……。
「ねーえー。彩、これがいいっ!」
彩が出したのは、金太郎飴だ。あの、鮮やかな。
ふわり。
彩が来るだけで、店に色がつく。小学生ってすごいな。店をここまで元気にさせる事が出来る。
「まいど。これ、可愛いもんな。」
「うんっ!」
あぁ……。
一生此処で、こんな笑顔を見ていたかったのに。もう、無理な願い。
でも、まだ二週間も、ある。も、だ。
後少しだけれど……でも……。
「あまーいっ!おいしっ!」
「それは良かった。」
彩が幸せそうに口を動かす。少年はこっそり店内を見渡した。咲歩の言っていた書類も、もう目の届く範囲にはなさそうだ。まぁいい。だいたいの日にちはわかったし。
青年はテレビをつける。彼奴の特集の続きが見たかった。
「じゃあ俺達はこれで……っ⁉えっ……?」
少年は固まった。
「どうした?」
彩がテレビに目を向ける。
「あ、お兄ちゃんだっ!」
「……辻……⁈」
“○○学園の勝利に大きく貢献している期待のピッチャー、辻直哉君です……”
リポーターが話している。
彼奴の学校の期待の新人、が燕達の幼馴染の“辻”?
***
“今年はー……無理そうだけど……。”
奏舞の声が頭をよぎる。全員揃わない、と言っていたっけ。
駄菓子屋も守れない俺だけど。
彼奴等の為に出来る最後の事を見つけた気がする。
青年は携帯を取り出した。