糸引き飴
お祭りが近づいて来た。少女は憂鬱でたまらない。今年は皆で行けないから。
去年までは皆で一緒に行っていたのになぁ。高校生って、なんか嫌だな。皆と離れちゃうなんて。
辻。
君の学校は全寮制だったね。その位知っているよ。知っているけど、帰って来れない程忙しいの?
ねぇ、辻。
もうすぐお祭りだよ。
***
青年は溜息をつく。夏って暑い。暑過ぎる。せめて冷房があれば、と思うがそんな金は無い。
「こんにちわ?お兄さん、いる?」
お面の少女、咲歩だ。
「いるから出来ればいますぐ、早急に、速攻、そのドアを閉めてくれ……。熱気が入る……。」
「寧ろ風を通した方が涼しいと思うよ?」そう言って、咲歩はドアと奥の窓を全開にした。確かにそうだ。風の通り道になる。だが、お前は俺の母親か。
「学校帰りか?」見た事のある制服だ。というか、燕と同じ制服だ。近くの学校なのだろう。まぁねと咲歩は笑って自転車を指差す。かなり地元の高校らしい。
「それにしても、此処は本当に暑いねーっ。小学校の低学年の時はうちもクーラー無かったけどさ。あの時の事、思い出すなぁ。」
俺はこんな環境しか知らないんだけどな、と心の中で愚痴を言う。そんな家、今時珍しいのだろうけど。
「そういえば、テレビも古いよね。今はそんなの売ってないよ。ある意味すごいなぁ。」
「ある意味って。褒め言葉に聞こえないよ。」青年は弱々しい声で不平を言った。褒めてないもん、と可愛らしい笑顔で咲歩は言う。
「あっ!十円飴だぁーっ!」
「十円飴?」そのような名前のお菓子など、あっただろうか。
これだよ、これ!、と彼女の指差す先には、
「嗚呼、糸引き飴か。」
「糸引き飴?」首を傾げる。
「嗚呼。糸がついてんだろ?それ引いてくじみたいに買っていく飴だから。衛生面で糸がついたらしいけどな。引いていくかい?」
「うんっ!」咲歩は懐かしさに嬉しそうだ。
咲歩にとっての此処は、どんな場所なんだろう。思い出の場所?
「しゃっ、これだっ!……ああーっ、ハズレだぁ……。」三角錐の飴。これは一番多い、ハズレ、と言われる飴である。
「……でもおいしーから、いっか。」
「まいど。」青年は笑う。「俺も昔、それにはまったなぁ。」
「お兄さんも?」
「だって楽しいじゃん。」安くてくじみたいにわくわくする。しかも美味しい。こんな素晴らしい駄菓子、駄菓子屋跡取りの俺が見逃す筈がない。
今の小学生達は、この素晴らしい駄菓子を知らないのかな。
教えてあげたい。駄菓子の素晴らしさ、美味しさ、面白さ。全部。
昔懐かしいこの店に、来て欲しいのに。知って欲しいのに。
もう、全ては今更だ。
「お兄さん?どーしたの?ぼーっとして。」
咲歩が不思議そうに覗き込んでいた。慌てる。
「い、いや、なんでもない。」
「そう?ならいいけど。あ、私、もう行くね!今日も有難うっ。」
「こちらこそ。気を付けて帰れよ。」
はーい、と弾んで消えた彼女の声は、もう高校生だった。
***
自転車をこぎながら考える。お店に入ってすぐに開けた、あの奥の窓の近くに置いてあった書類。
家賃滞納って書いてあった。お店も、もうやっちゃ駄目って。
兄貴の言っていた事は、本当なんだ。本当に駄菓子屋さん、失くなっちゃうんだ。
「……そんな……っ。」
大切な場所なのに。
高校生の私達には……。
……。
……否、
高校生の私達だからこそ、出来る事ってないのかな?