ザラメ煎餅
自転車をがーっとこぐ。兄貴の言っていた事が、本当なら駄菓子屋は……。
やっと、古い看板が見えてきた。なんで何時もよりこんなに時間がかかるんだろう。自転車を乗り捨ててダッシュする。どうせもう古くなった自転車だ。
「兄ちゃんっ!」
燕は叫んでドアを開ける。
***
「おう燕。」扇子をぱたぱたとさせながら、青年はよっと手をあげる。「いらっしゃい。」
「いらっしゃい、じゃねぇーっ!」燕はどん、とレジ台を叩く。「駄菓子屋っ、潰れんのかっ⁉」
「はぁ?何言ってんだよ。俺がばぁちゃんの店を潰す訳ねぇだろ。」青年は何気なく目をそらした。気付いて欲しくなかった。
「だ、だよなぁー……うん。兄貴の奴、嘘言いやがって。」
「兄貴?お前、兄弟がいたのか?」青年は無理矢理話題をそらした。燕はううん、と安心した顔で首をふる。「そういうあだ名の幼馴染。」
「ふーん……。」不思議なあだ名だな、と思う。まぁ、燕の友達らしいけど。
「兄貴も来たんじゃないの?多分、彩と一緒に来たと思うんだけど。」
彩。その名前は聞き覚えがあった。という事は、
「あぁ!彼奴か。」この間、来てくれた少年だろう。なんだ、彼奴とも友達だったのか。てか燕の友達ばかりじゃねぇか。
「で?なんか買っていくのかい?」
「そうだな、そうしようっと。」燕が笑って駄菓子に目を向けた。
もし此奴等が、と青年は考える。もし此奴等が事実を知ったら、どう思うのだろう。この店がたった三週間の命だという事実を。
今まで忘れていたのだから、何とも思わないのだろうか。駄菓子屋はもう必要の無い年齢だ。高校一年生、青春の真っ只中である。駄菓子よりも洋菓子の方がよく食べる世代だ。失くなっても、何も思わないのだろうか。
青年は俯いた。
ばぁちゃんとの、思い出の場所だ。でも……。
「兄ちゃん?どうした?考え込んで。らしくないぜ?」
燕が青年の顔を覗き込んでいた。その手にはザラメ煎餅だ。
「……甘党か?餓鬼か?女か?」
「うるせーな。好きなんだよ。人の好みだ、ほっとけ。」まぁ確かにザラメ煎餅には他の煎餅にはない美味しさがある。
「まいど。」
「ん。」
燕は、何と返答してくれるだろう。
レジ台に寄り掛かってテレビをつけろ、と催促する燕に、青年は問いかけてみる。
「なぁ、燕。」
「んー?なんだよ。テレビつけろよ。」
「駄菓子屋は、大切か?」
失くなっても別に構わない存在だろう?
流石にそこまでは言えなかった。でも、少年にとってのここは、必要とされているものなのだろうか。
「忘れてた俺が言うのも説得力に欠けるけどさ、俺達は大切だと思ってるよ。」
即答だった。
「あんこ玉と遊んだ思い出の場所だしな。てゆーかテレビつけろよ。」
複数形だった。俺は、じゃない。俺達は、だ。
「……本当か?」
「嘘ついてどーすんだよ。兄ちゃん、今日、変だぞ。」それもそうだ。
彼奴等、皆、此処が大切だ、と思ってくれているのか……。
もう、ばぁちゃんの為だけじゃない。
此処を慕ってくれる此奴等の為だ。
「ちぇ。塾の時間になっちゃったじゃんか。じゃあな。またくるぜ。」
燕に軽く手をふる。
悔しい。此処を守れない事が。
テレビをつけた。夏の甲子園、彼奴の学校はまだ勝ち進んでいる。
進んだ道は大分違ったけどさ、お互い良い道だったのかもな。