かりんとう
マスクの下で鼻をすする。アレルギー性鼻炎って、なんでこんなに面倒なんだろう。
あ、アレルギーだからか。
まぁそんな事はいい。とりあえず何処かでティッシュを買わなくては。
不意に梨絵のセリフが頭に浮かんだ。
駄菓子屋さん、此処から近いよな、確か。
行ってみよう。
***
……暑い。暑過ぎるよ。青年はテレビを横目で見ながらレジ台に突っ伏した。夏ってなんでこんなに暑いのだろう。
それが夏か。そうだよな。
からん。
音が鳴った。
「いらっしゃー…い。」青年はなんとか体を起こす。マスクをした少年だ。風邪だろうか。
少年は、鼻声でこんにちは、と呟く。話すのも辛そうだ。
そして真っ直ぐに店の奥へ向かった。え?、と青年は驚く。
「……これ……。」
少年がレジに持って来たのは、ポケットティッシュ。そして会計を済ませるとすぐに「……すみません、失礼します……。」鼻を噛む。どうやらかなり辛かったようだ。
それにしても、此処はポケットティッシュを売っていると知っている人がいたんだな。
「……はぁ。すみません、有難うございました。」
少年は頭を下げた。おう、と青年も何故か軽く会釈してしまう。
「よく知ってたね。此処にポケットティッシュがあるって。前にも来てくれてたの?」
少年は頷く。
「よくあんこ玉とも遊ばせてもらってました。」
「え、何。燕の知り合い?」少年は頷く。青年はふーん、と笑った。
「今俺、暇だから、ゆっくりしていきなよ。」
少年のマスクの下は、嬉しそうな笑顔だ。
「そうですね。ちょっと見ていこうかなぁ。」
「此処にポケットティッシュをまだ置いてくれているとは思っていませんでした。」少年は呟く。
「婆ぁちゃんが置いていたから俺も置いているだけだよ。」青年はテレビを見ながら笑った。
「……おばあちゃん、俺の為にポケットティッシュ、置いていてくれてたんですよ。」少年の目が懐かしそうに弧を描く。
「君の為?」
「はい。アレルギーはつらいだろうって言って。俺が何時でもティッシュを買えるように。」
自分の知らない祖母を見れた気がした。優しい祖母の笑顔が青年の頭に浮かぶ。
懐かしいなぁ……。
「それはそれは。」
婆ぁちゃんの優しさは、まだ人の心の中に残っているんだね。
少し嬉しい。
「そういえばもうすぐ夏祭りだけど、駄菓子屋はなにか屋台とか出すんですか?」
「今のところ、考えてないねー。行くのかい?」
勿論、と少年は目を細めた。マスクの下で笑っているらしい。
「毎年、燕や咲歩達と七人で行っていたんですよ。今年はー……無理そうだけど……。」
「なんで?皆、此処に住んでいるんじゃないのか?」
「一人、遠くの学校に進学して、寮生活してる奴がいて。」
仲が良かったのにな、と青年は思う。もったいない、というのは少しおかしいが、そんな気がするのだ。
「……あ、これ、懐かしい。」少年が手にしたのは、
「かりんとうか。渋い所つくね。」
「これ、好きだったんですよ。渋いですかね?」
否、俺も好きだよ、と青年は笑顔になった。
かりんとうにこの様な表現を使うのは不思議だが、色鮮やかだ。
駄菓子屋の優しい色。
「買うかい?」
「うん……。買います。」
会計を済ませて、口に含む。
……うん。
少年は満足そうに笑った。皆で一緒につまんだ、懐かしい味だ。
あの、優しい味。
嬉しそうな少年の顔に、青年までもが幸せな気持ちになった。
***
背中を、ぽん、と叩かれた。
「奏舞、か……?」
少年は振り返る。あ、
「燕っ!うっわ、久しぶりーっ!」
「うわーっ!奏舞だーっ!まじで久しぶりじゃんっ!」
駄菓子屋さんに寄って良かった、と心から思う。舌に残るかりんとうの味。
また行こうかな。