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町の片隅で  作者: 那海晴
3/13

あんこ玉

からりとした空気。あっちぃな、と思わず呟いてしまう。本当に夏は暑過ぎる。

「……後一ヶ月、か……。」

この町で唯一自慢できる事。そのお祭りまで後一ヶ月だ。大きな打ち上げ花火が夜空を彩る、年に一度の大切な行事。

今までは幼馴染と行っていたけれど、今年は皆でいけないんだろうな。

幼馴染といえば、皆で通っていた駄菓子屋だ。梨絵と咲歩がまだ営業している、と教えてくれた。そして、駄菓子屋といえば、

「……あんこ玉。」

きっと、もう……。

少年は自転車にまたがった。

行ってみようか、懐かしいあの場所に。



***



昔の友人からメールが来た。高校の教師になった奴だ。自分の指導している野球部が、甲子園出場を決めたらしい。……自慢か、おい。

まぁいいけれど。駄菓子屋を守る事が俺の夢だったから。

青年は伸びをして、金平糖を口に含んだ。じんわりと甘い味が広がる。毎週やって来るスーツの男達を追い払うのはなかなか疲れるのだ。しょうがないのだが。

からん。

音が鳴った。

「いらっしゃい。」

最近、あのお面の少女は神様だったのか、と思うようになった。今まではお客さんが来る事などなかったのに。

そして青年は、

やって来た少年の顔を見て固まった。

「……あっ……。」

それは、少年も同じだ。

たっぷり一分間二人はそのまま固まって、

「……あー……、あんこ玉、元気?」

先に口を開いたのは、少年の方だった。

「……お前はあの、歳を取っていた犬がまだ生きていると思っているのか?(つばめ)。」

「……思わないね。」



燕、という名の少年は、青年の祖母が生きていた頃の常連客だった。青年も良く話していた相手だ。

仲良くなった理由として、燕が拾って来た犬が挙げられる。あの日、泣きながら彼は駄菓子屋にやって来た。捨てられていた犬を拾ったはものの、家では飼えない為駄菓子屋のばぁちゃんが飼ってくれ、と訴えてきたのだ。

そして青年の祖母は笑顔で引き取り、名前は何故か“あんこ玉”。燕のこのセンスの悪さは一体なんなのか。

「まぁ、とりあえず久しぶり。」

青年は笑う。

「うん、兄ちゃん。」

燕が懐かしそうに店内を見渡した。

「懐かしいなぁ。小学校卒業以来、一度も来てねぇもんな。」

青年は微笑む。そうだな、と。

「まだバスケ、続けてんのか?」

「勿論。……あ、俺、これ集めてたーっ!」

どれどれ、と覗くと確かに彼が何時も買いに来ていた消しゴムだ。様々な形をした、子供心をくすぐる商品。

「嗚呼……。毎年祭でも売ってた奴だな。」

「今年は屋台、出すのか?」

青年は、そんな事を考えてもいなかった。

「……それもいいな。」

だが、今はそれどころではない。残念な事に。

「兄ちゃん。俺、これ買いたくなっちまった。お会計頼むよ。」

消しゴムは、嬉しそうだ。バスケットボールの形をしたそれは、ぽんっと弾んでいるかの様にいきいきとしている。

「……有難う。」

「へ?なんで?」

「……否、消しゴムがそう言っているから。」

燕はきょとんとして、それから豪快に笑いはじめた。

「あいからわず、変な兄ちゃんっ!」



燕はレジ台の上で、購入した消しゴムをころころと転がしている。

「……なーあー。」

「ん?」

「……なんでもね。」

なんだよ、と青年は笑う。あ、そういえば。

「前は友達と大人数で来てただろ。彼奴等はどうなったんだ?」

燕が、へ?、と目を大きくした。

「二人はこの間、来ただろ?ほら、お面を集めてる咲歩(さほ)と、金平糖が好きな梨絵(りえ)。」

ああ!

青年は驚いて身を乗り出した。

「お前、あの二人と友達なのか!」

「?うん。」

人の繋がりってすげぇなと思う。

「……なぁ、兄ちゃん。」

「ん?」青年は燕を見る。

「……あんこ玉のお墓、何処に作った?」

燕はそれの為に来たのだと思う。此処に来ては何時も一緒に遊んでいた、あの犬に会う為に。

「裏庭。行くか?」

「おうっ!」

少年は嬉しそうに笑う。



「あ、カルメ焼き供えてある。好きだったもんな。でもタッパーに入れたまま供える?普通。」

「そのまま供えたら虫が寄って来るんだよ。」

それもそうだ、と燕は笑った。

「……あんこ玉、幸せだったと思う?」

あんこ玉は、というか……。

ばぁちゃんも……。

青年は、当たり前だろ、と。

「幸せだったんじゃねぇの?飢え死してねぇんだから。」

お前に拾って貰って、と言外に青年は言っていた。

「でも、俺、あんこ玉の世話なんもしなかった。なんか、あんこ玉にもばぁちゃんにも申し訳なくて……。」

なんでこんなに舌がまわるんだろう。

そういえば、咲歩も梨絵も不思議なお兄さん、と言っていたな。なんでも話せる気がする。

「……別に、そんな風に思ってねぇよ、婆ぁちゃんは。」

そんな風に思う人じゃない。それは、青年が一番知っている。

「……まぁな。」燕はそう言うと、ぱぁん、と大きな音をたてて手を合わせた。ほう、と青年は目を細める。不真面目な餓鬼に見られがちな彼だが、意外に真面目なのだ。

本当に、本当に、心からあんこ玉の事を思って手を合わせている。

いい奴だな。



***



また来るよ、と言って駄菓子屋を出た。夕日が眩しい。

自転車にまたがって下り坂を駆け下りる。

あんこ玉。

俺は元気だよ。

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