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町の片隅で  作者: 那海晴
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金平糖

ふわわ、と大きな欠伸をする。この道を通るのは何年ぶりだっけ。思い出せない。スクールバッグを自転車の籠に放り込み、思い切りこぐ。百メートル先には長い下り坂だ。其処に向かってダッシュ。スピードが出ている時程、風が気持ち良いのだ。少女はそれを知っている。子供の今だからこそ、できる事だ。少女はそれも知っている。

そういえば昔、スピード出し過ぎて駄菓子屋のお婆ちゃんに怒られたっけな。

先週あった、咲歩からの電話。駄菓子屋は健在だそうだ。

ちょっと、寄り道してみよう。


***


梅雨の晴れ間、という言葉がある事を、青年は今日知った。まさに今日がそんな日らしい。じめじめとした季節に時々やって来る気まぐれな晴れの日は全人類の救いではないか、と思ったり。

こんな事考えている俺って暇人なのか?

まぁ、そうだよな。世間から見ればただの暇人だよな。そんな事を青年は考えた。でも、暇人だろうが守りたい物を守っているんだから、いいか。それで。

からん。

今日も音が鳴る。お面の少女以来のお客さん。

「いらっしゃい。」

青年は笑った。「何かお探しですか?」

「別に。友達が駄菓子屋、まだあるって教えてくれたから。来ただけだよ。」

お面の少女のお友達か。

じゃあ、昔も来てくれていたのかな。

「お婆ちゃんは?」店内を懐かしそうに見渡してから、少女は疑問を投げた。

「あ……、祖母は他界していて……。」

付け睫毛が悲しそうに揺れて、少女は俯いた。

「……そうか……。そんな事訊いちゃって、ごめんなさい。」

青年は笑って首を横にふった。祖母を覚えていてくれているだけ、嬉しかったのだ。

皆の中に、まだ祖母は生きているのだ。

「……お婆ちゃん、優しい人だったから。もう一回会いたかったなぁ……。」くるり、と青年に背中を向け、駄菓子を眺める。「すっごくお世話になったんだ。勉強を見て貰った事もあったしね。」



「あ、そういえば自転車をお店の目の前に止めちゃったけど平気?」

「嗚呼、大丈夫だよ。」どうせ、他にお客さんなどこないだろう。あの男達しか。

「お客さん、来ないんだ?」少女は少し笑った。「潰れちゃうって事は……、ないよね?」

青年は少しの間、目を細めて黙る。高校生に悟られない程度の沈黙。

「……まだ、潰れないよ。俺を舐めんな。絶対守るから。」

「よかったぁー……っ!」

私にとっても、ここは大切な場所だから。

カラフルな駄菓子。文房具。玩具。学校帰りの楽しみだった。

思い出が詰まった場所なんだ。



青年は楽しそうに歩く少女をみつめる。この子達の為にも、この店は俺が守らなくてはいけない、と心に決めながら。

「……ね、お兄さん。」少女が急に振り返った。「ずっと気になってたんだけど、なんで此処、駄菓子屋さんなのにポケットティッシュ売ってる訳?」

青年は突然の質問にきょとん、としてさぁなぁ、と首を傾げる。「ばぁちゃんが何時の間にか置くようになったんだよ。なんでかはわからない。」

「ふぅん……。」納得。

そんな表情をしていた。なんでだろう。

「あっ!金平糖だぁーっ!」

ふわりと金平糖に色がつく。

「私、何時も金平糖を買いに来てたんだぁ。懐かしいな……。」

嬉しそうに少女が金平糖を手に取った。

嬉しそうなのは、少女だけではない。金平糖もだ。

「買ってあげてください。そいつ、貴方に買って欲しいみたいだ。」

また、言ってしまった。でも、実際青年の目からはそう見えるのだ。

少女はえ?、と瞬きをし、しばらくして、ふっと笑った。

「……咲歩の言うとおりだ。不思議なお兄さん。」

「ん?悪い、聞こえなかった。何か言った?」

「ううん、なんでもない。金平糖、買うね。」

有難うございます、と青年は笑う。



「ね、お兄さん。どうせ暇でしょ?ここで食べていってもいいかな。」

構わないよ、と言いながらお釣りを渡した。

「有難う。」

金平糖の入った袋の左右を引っ張る。ぱぁん、と音が弾けた。うおっと仰け反ったのは、テレビの電源をいれようとしていた彼の方だった。

「びっ……びっくりしたぁ……。もう少しマシな開け方、出来ねぇのか?」

「この開け方しないと金平糖じゃないじゃん。」

黄色。緑。桜色。白。橙。鮮やかなお星さま。ふわっと良い香りが広がる。へぇ、と呟く青年は、驚いているようだ。

「懐かしいな。一粒、いいか?」

「どうぞ?」青年に渡しながら金平糖を口に含んだ。甘い、べたっとした味。

お婆ちゃんと、よく一緒に食べた味。

「……うん、この味だ。懐かしい……。」そして、はっと掛時計を見た。「うわっ!やっべ、私、今日塾だった!ごめん、お兄さん。じゃあねっ!」

「あ、お、おう。」

風の様に、素晴らしいスピードで自転車が視界から消えてゆく。

「……金平糖、ねぇ。」

祖母との思い出の味が、口の中に残っていた。



***



自転車を一度止めて、携帯を耳にあてる。

「何?奏舞。私、今日は塾だから忙しいんだけど。……嗚呼、駄菓子屋さんの事?うん、今寄ってた。」

甘い味。

「あんたの思い出も、まだ残っていたよ?」

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