お面の少女
ばぁちゃんのやっていた、駄菓子屋が好きだった。小学生が学校帰りに少ないお小遣いを駄菓子と交換して、笑顔で帰っていく……。そんな、暖かい駄菓子屋が。
そこには、ばぁちゃんの柔らかい笑顔があった。子供の嬉しそうな笑顔があった。色鮮やかなお菓子。くだらない、けれど欲しくなる不思議な玩具。小学生に必要な文房具……。
だけど、ばぁちゃんがいなくなって全てが消えた。
小学生は、もうこない。お菓子も玩具も色褪せてしまった。
ばぁちゃんの駄菓子屋は、存在しているだけ。立っているだけ。もう、暖かくない。皆の中に、もういない。俺の大好きなばぁちゃんの駄菓子屋なのに。皆も大好きだったはずなのに。
だから、俺が最後まで守ってやる。
ばぁちゃんの守っていた駄菓子屋を。俺が大好きな駄菓子屋を。皆が大好きだった駄菓子屋を。
これは小さな町に住む青年と、小さな町を見守る古い駄菓子屋のお話。
***
懐かしいな。
空を見上げる。今日の空、私でも飛べそう。
久しぶりに駄菓子屋さんに足を向けた。“お面の咲歩ちゃん”と何時も呼んでくれていたお婆さんは、元気だろうか。
***
スーツを着た、場違いな男達を適当に追い払い、青年はため息をついた。最近、何時もこんな毎日だ。青年が駄菓子屋を今は亡き祖母から譲り受けて三年。高齢化が進むこの地域では、もうお客が来る事等ないだろう、と青年は考えている。この町には大規模な打ち上げ花火以外、何もない。
でも、俺はこの駄菓子屋が人生を終えるその日まで、一緒にいてやりたいんだ。
レジの奥にあるテレビをつける。そういえばもうすぐ高校野球のシーズンだな、とぼんやり思った。どうでも良いのだが。
そんな日々だったのだから、青年が驚いたのは無理もない。
からん。
久しぶりの音だった。
「……えっと、こ、こんにちは?まだやっているのかな?」
高校生らしい制服を着た、一人の少女。青年は目を見開くがすぐに笑みを作る。
「こんにちは。」久しぶりの、お客さん。うわぁ、と少女は嬉しそうな笑顔を見せる。
「小学生の頃はよく来てたんだけど……。失くなってなくて良かったぁ。お婆さん、いいお歳だったから……。貴方が継いでくれたんだね、お兄さん。」
少女は頭を下げた。「有難う。」何が?、とは、何で?、とは訊けない。
でも、彼女にとっても此処は大切だった場所なのかな。
「なにかお探しですか?」
「ううん。お婆さんが懐かしくて来たくなっただけー。あ、でもせっかくだから何か買っていこうかな。」少女は軽くステップを踏んで、店内を笑顔で散策し始めた。
笑顔だった。
青年が大好きな、この駄菓子屋の笑顔。
「うわーっ!この玩具、懐かしいっ!」少女が触れた玩具に、色が戻ってゆく。まるで、主人を見つけた、とでも言う様に。
「……買ってあげて下さい。」
「へ?」
少女は、ぽかんと口を開く。
「あ、否……。な、なんかその玩具が君を呼んでいる気がして……。」
少女は口を閉じて少し考えた後、ゆっくりと笑った。
「面白い人だね、お兄さん。……そうだね、買おうかなぁ。」
レジにポン、と出されたのは、先程の玩具と……、兎のお面。
「……お面?」
少女はうん、と頷いて、代金を置いた。
「お面が好きで集めてるんだ。なんか、違う自分になれる気がして。」
不思議な子だな、とお釣りを渡しながら……、ふと思い出す。ばぁちゃんがいた時、何時もお面を買っていた、小さな女の子を。
あの子が……、この子?
何時も大人数で来ていた。
「……他の、子達は?」つい、口から漏れる。勿論少女はえ、と硬直した。
「あ、否……。なんか、昔お面を祭の季節じゃないのに何時も買いに来る子がいたなって。君じゃなかったのなら、御免。」
しばらく待ってみる。少女はやっと、金縛りから自分を解放した。
「あ……、うん。それ多分、私だよ。」他の皆は……。「高校生になって、皆ばらばらになっちゃったから……。」
「そうか……。あんなに仲が良かったのにな。」どんなに仲が良くても、目指す物は違う。それは当たり前なのだが。
少女の瞳が悲し気に揺れる。
「今年は、皆でお祭り、行けないだろうな……。」
そして、それを振り払うかの様に満面の笑みを作った。
「お兄さん、有難う!またくるね!」
***
携帯を耳にあてる。
「もしもし、梨絵?咲歩だよー。」
少女はお面を眺める。
「お婆さんの駄菓子屋さん、まだあったよ。面白いお兄さんがいるの。」
また、行かなくちゃ。
何故か、そう思った。