ep9.新米見習いメイド長の特技はナイフ投げ。それに対して魔王を一撃で倒す俺は
何時だってあたしは嗤われていた。やること為すこと全てに嗤われていた。
大好きだったライトノベルも、大好物だったイチゴ大福も、大事だったアコースティックギターも、全部全部大嫌いなアイツ達に壊されて破かれて踏まれて。
だから、あたしは非凡を望んだ。異世界を望んだ。心の何処かでそんな自分を嗤いながら。だけど、それは叶ってしまった。そう、叶って『しまった』のだ。叶ったじゃなくて、だ。
今、思えばあたしは元の世界を心の何処かで愛していたのかもしれない。今、思えばあたしはあの世界に心の何処かで見返してやろうって執着していたのかもしれない。
だから、こんなに悲しいんじゃないだろうか。だから、こんなに悔しいんじゃないだろうか。
いつも通り嫌われ者のいつも通り嗤われる者の役から抜け出すために努力をしてみたりすることが私の大事なパーツだったんだろう。
「だったら、この俺がお前のその抜け落ちたパーツの代わりになってやる。だから、泣くんじゃない。俺は思うぜ。紅梨のその声はとても綺麗だって。俺は思うぜ。紅梨のその容姿は綺麗だって」
「ふ、ふふふ……。葵さんって誑しって言われません?」
「茶化すな。俺はどっかのラノベの主人公みたく格好いい気の利いたセリフは言えないけどさ、俺はお前を受け入れるよ」
「……さっき涙は涸れちゃったと思ったんですけどね。すみません、少し」
「さっさと泣いて、スッキリして、見習いメイド長生活頑張れ」
○
……今、思ったんだが見習いメイド長って何だ?
いや、間違ってはないんだけど、間違いだらけのような気がする。なんて矛盾だろうか。
それはそれとして、やっぱり女の子は笑顔が一番良い物だと思うんだよ。だからこそ俺は皆を笑顔に出来るラノベの主人公を尊敬して、目標にしているんだがな。
凄いと思う。ああ言う周りを笑顔に出来る人は本当に凄い。
静寂の中に泣いている女の子と二人って結構凄いシチュエーションだよな。俺自身かるく吃驚してるしな。
「……っと、紅梨、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。ふふふ、私には貴方が必要みたいです。貴方無しじゃあ生きていけません。だから責任を取って一生私のご主人様で居てくださいね」
「……っ」
涙に笑顔って本当にズルイ。リアもレイナールも紅梨もそうだけど、美少女の笑顔ってのが一番心に来る。本当になんでこんなにキツイんだろう。
それ以上にそんな顔を見られるだけで心の底から暖かい気持ちなるんだけどさ。
……ッハ、コレが鯉!?
「葵、それ鯉ちゃう、恋や……。って、違う!違うッ!!僕が居ない間になんでこんなに良い感じになってるの!?」
「いや、俺は普通に心からの笑顔が見たかっただけなんだが」
「あ~、やっぱり私だけじゃあケアしきれなかったんだね」
「そんなこと無いですっ!!リアさんに抱きしめて貰ってなかったら……」
「……何そのゆりゆりな展開は」
「それじゃあ、葵は僕といちゃいちゃするっ?」
「魅力的だが、断る」
「なん……だと?」
レイナールのリアクションが大きくて楽しくなる。コイツって本当に楽しいヤツだわ。うん。
一緒に居て嫌なヤツは、後輩くんと熊と虎とピラニアしか居ない訳なんだが。昔爺さんに連れていかれたのがトラウマになってる。
森の奥に置いて行かれて、強制一週間サバイバル生活をさせられたこともあったし、アメリカに置いて行かれて、強制一週間一万円生活もさせられたこと、あったな。
まさか、連れて行くだけ連れて行って放り出されるって、なあ。その度その度母さんと幼なじみの二人に怒られている爺さんを見て嗤ったのも覚えている。
「……本当に懐かしいなあ」
「急にどうしたの?そんな辛い思い出を思い出して涙が出そうなのを堪えているような顔をしちゃってさ」
「ジャストだよッ!!」
なんで解るんだよ!?本当に吃驚が止まらないんだが。
いや、解っているんだ。コイツの行動に一々驚いていては驚きが足りなくなるって事も。だが、やっぱり驚いてしまう。
懐かしいと言えば幼なじみとの去年のクリスマスだ。
始まりは俺の一言だった。そう、何気ないただの一言があの状況を生み出したのだ。
部屋には一本の木が色々なイルミネーション的なナニカで彩られ、部屋の天井はもこもこしたナニカをつり下げており、窓硝子には赤い帽子を被った少し太ったお爺さんをデフォルメしたものが貼ってある。
そう、クリスマスだ。クリスマスは今年もやってくる、らしかった。
クリスマス用の飾り付けが施してある『俺の』部屋はなんというか目がちかちかしてしょうがなかった。クリスマスまであと15日もあったのにどうしてああなったんだろうか。自分の部屋に飾れよ。
まあ、楽しみすぎて遠足前日の夜の眠れない少年少女達……とまではいかなくともそこそこはワクワクしていた。
年甲斐もなかったということは俺自身理解はしているんだが、やはり楽しみではあったのだ。
大嫌いな冬ではあるが、このイベントだけは昔からずっと大好きだった。
冬で良い物と言えば、『クリスマス、ガ○使、紅白、正月』だろうと俺は思うね。もう見れないけど。
「ああ、あの頃は良かったなあ」
「なにそんな幼なじみとの思い出を思い出して軽くホームシックになってる様な顔をしてるの?葵ってば」
「リアまでジャストなのかよッ!!」
まさかのリアさんもですか。驚き疲れたけどまだ驚けてる。頑張れ俺の身体。
「ああ、リアにもちゃんと読心術習得させたよっ!!」
「サムズアップウゼェ!!」
それにしても、無駄に読心術所持者が増えたから俺はちっとも気が許せる状況じゃあなくなったな。
まあ、読まれて困ることなんざ殆ど無いけどね。俺は妄想なんかしない……こともないけど、時々だから大丈夫。問題ない。もーまんたい。
ま、読まれたとしても引かれる程度だと思う。思いたい。思わせて!意味のない三段活用。
「あ、リア。プレゼント。お前誕生日って一昨日ほど言ってただろ?これで俺の二歳年上になるのか」
因みに渡すのは2日かけて作った銀の指輪。俺はシルバーが格好いいと思うのSA☆……おえ。
まあ、無駄な装飾つけたら汚くなるから1000柱ほどの精霊を使った魔法を掛けて防御チート指輪を作ってみた。気持ちは婚約指輪を渡す感じだったり。
「ふぇ!?」
「今のわざとでしょっ?」
「やっぱレイナールには解るか。でも、コレで完全に習得しているということが解った。うん」
「それにしてもえげつない魔法がかかってるね!」
「いや、たった1000柱だぞ?まあ、心も込めたが」
「レイナールさん、葵さんが言う1000柱ってのはどれくらいなんですか?」
「そうだねっ。市販の最高級のお守りは大体1柱分入っていれば良い方なんだよっ。1柱分あれば最上級魔法を一撃程度なら防げるんだけど、葵がしたのはその1000倍だから……」
「なるほど、規格外なんですね」
「その通りっ!!」
……いともたやすく行われる心を傷つけ、その傷を穿り回すという行為。俺のメンタルダメージはエグくてしょうがない。
敢えて言おう、俺は化け物じゃあなく、普通の一般的な元高校生の魔王でしかないんだ!!
「葵のいた世界の普通の一般的な高校生は魔王を一撃で倒せるんだっ!凄いね!」
「いや、それは葵さんだけですからね。私はナイフを投げることしかできませんし」
「ナイフを投げられる高校三年生が居てたまるかっての」
「それなら魔王が一撃で倒せる高校二年生が居てたまりますか」
「因みに勇者な高校一年生はストーカーだ」
「……ああ、葵さんにずっと着いてた少年ですか」
……ああ、やっぱり上級生にも噂にはなってたんだな。まあ、結構ずーっと着いてきてたし知ってる人も多いんだろうな。
「それにしてもレイナちゃんも紅梨ちゃんも胸おっきいねー」
「ふぇ?そうかなっ?重いだけだよっ!」
「……もいでやろうかしら」
リ、リアが怖い……。いや、リアさん。貴方気にするほど小さく無いでしょうが。
そして、俺の居る状態でンな話ししてんじゃねぇよ、コノヤロー。絶賛絶食中の様な状態なんだぞ、コンチクショー。
今流行の草食系男子もとい装飾系男子からジョブチェンジして絶食系男子なんだぞ!!……アレか?そえ膳食わぬは恥ってか!?やんぞ!?やってやんぞ……ッ!!……嘘です。そんな度胸ございません。
俺に出来るのは最高でキスだからな。手を繋ぐのでさえ心臓ばくばくなんだよ。ヘタレで悪いか、コノヤロー!!
「リアはそのまんまで魅力的だから気にしないで良いよ」
「そ、そうだよっ!!」
なんとなくレイナールが『グッジョブ葵!』って言ってるような気がした。まあ、なんとなくであって確証はこれっぽっちも無いんだが。
「……ほんと?」
「応よ。リアはリアだからリアなんだよ。今のリアでなけりゃ一目惚れ告白なんてしてなかったと思う」
「葵さん、一目惚れ告白ってなんですか?」
「……軽い黒歴史だから気にすんな」
まあ、明日は明日の風が吹く、なんて言うし頑張っていこうじゃあないか。
……そういえばバレンタインとかってこの世界にあるのかな?




