ep8.メイド長になった彼女と駄弁った俺は
普通は嫌だ。普通はつまらない。そう思う事はあった。
現実は嫌だ。現実は辛い。現実から逃げ出したい。そう思うこともあった。
異世界に行けたら良かったのに。異世界で勇者になれたら良いのに。そう思うこともあった。
だけど実際は日常は掛け替えのない尊い物で、現実は幸せで、異世界なんて来るもんじゃあなかった。
あたしは今、物凄く辛くて、物凄く泣きたくて、物凄く夢であって欲しい。
「……と、言うわけなんだ」
「ごめんなさい。全く何言ってるか解りません」
「あ、やっぱり?」
……この人はちゃんと説明してくれる気はあるんだろうか。と、思ってしまうあたしは悪くないと思う。きっと、気分を明るくしてくれてるんだと思うけどね。
それにしても、リアさんとか葵さんとかって全然『悪』に見えない。そもそも、魔族が『悪』っていう定義はないんだからコレも魔族の形なのかもしれない。
まあ、葵さんは後輩だし、人間だけどさ。
「それじゃあ、説明させて貰うね。紅梨ちゃんが此処に来てしまったのは、葵の次の勇者の所為なんだよ。まあ、元を正せば葵が『アヴァロン』から飛び出してきたからだから、葵の所為とも言えるんだけどね」
「……それで?」
「あ、ゴメンね。勇者の所為っていうのは、勇者が召喚される時の等価交換によるものの所為って事なんだよ。勇者召喚時のコッチの世界の対価を10とすると、アッチの世界も10の勇者を差し出さなければいけないんだけど、アッチの世界の勇者が7位だったから更にプラスで3の分の紅梨ちゃんが巻き込まれたんだよ」
「つまりは『とばっちり』、ですか?」
「そういう事になるね。それも紅梨ちゃんの価値が3以上だったから不完全な召喚になってしまって、あの状態になった。と私たちは考えてるよ」
……あれ?葵さんとリアさんが話している所を見てないんだけど、どういうことなんだろう?
「因みに葵限定読心術が使える様になったんだよ♪……話を戻すね」
今、さらっと心を読まれた気がする。……それは気になるけど気にしないでおくとして。ここから先の話を聞いたあたしは更に絶望することになった。
どうやら、あたしは一生この世界から元の世界に戻ることは出来なくて、家族に会えなくなってしまったらしい。
親孝行できなくて、ごめんなさい。急に居なくなってしまって、ごめんなさい。そんな言葉を心の中で繰り返していると、涙があふれ出してきて、止まらなくなってしまった。
「……我慢しなくて良いよ。私じゃあ紅梨ちゃんを抱きしめる程度のことしか出来ないけどさ、此処なら外まで声は聞こえない……筈だし」
……今の間は何だったの?とか、つっこもうと思ったけどつっこむ事なんて出来なかった。正直、我慢の限界だった。
「辛いよね、家族に一生会えないって。キツイよね、仲の良かった人達と会えなくなるのって。怖いよね、自分の知らない土地に一人でいなければならないって」
そんなリアさんの言葉に「そんな解ったようなこと言わないでよ」とか「あたしじゃ無い癖に」とか、そんなことは言えなかった。ただ、有り難かった。
○
……それにしても、だ。勇者召喚に巻き込まれて酷い目に遭うとかあっちゃいけないことだよな。
紅梨みたいな境遇のヤツをもう作っちゃいけないし、いっそ『アヴァロン』潰すか?勇者がコッチに来るのなんて待たないで。
正直、最低で、最悪で、非人道的で、人間としてやっちゃいけないことだと思うし。俺的には絶対に許せない。後輩君に関しては『ザマァみろ』で良いんだが、紅梨に関しては許せないしな。
後輩君の扱いの雑さに全女子に鬼のような視線で見られたことがあったけど、それが原因じゃあない。
後輩君を蹴った時に全女子に人を殺せるような視線で見られたことがあったけど、それも原因じゃあない。
後輩君を罵った時に一部の女子に一時的に虐められたことがあったけど、それも原因じゃあない。
それじゃあ、何が原因か?ってなるんだが、簡単に言うと全部だ。ストーカー仕掛けてくるわ、考査勉強中に話しかけてくるわ。邪魔でしか無かったんだよ。
あ、よくあるツンデレでもなんでも無く、ただ邪魔だっただけだから。
「葵って変なのに好かれやすいんだねっ!僕とか、リアとか」
「……自分で自分と自分の親友のことを『変なの』って称すのはどうなんだろう」
「いや、リアも僕も解ってるから大丈夫だよ!!」
「……レイナール、一片後ろ見てみ」
「怖いから止めとくよ!!」
「残念、振り向かないでも連れて行っちゃうよ♪バリバリ~」
「……え、えと、良いお湯でした」
なにこのカオスな状況は。それにしても風呂上がりの女の子って物凄く色っぽく感じるのは俺だけなんだろうか。
あの少し肌がピンクに染まっている感じが若干エロく感じると言うか、何というか。……っは!?
「リア、話したのか?」
「うん、話したよ。キチンと元の世界に戻れないって所も」
「んじゃあ、紅梨。君に選択肢をあげよう。魔王的な意味で二つの、な。一つ目は勇者んところに飛ばす。もう一つは俺のところで……」
「後ろの方で」
「回答早いな、おい」
「当たり前だよ。原因の勇者のところになんてそもそも行く気が起きないし、助けて貰った葵さんの役に立ちたいし」
うん、なんというか、アレだな。さん付けがむず痒い。背中の辺りがむずむずする。アレだ。手の届かないところが微妙に痒い感じだ。まあ、それは置いておいてだ。
「まあ、俺専属のメイド辺りしか出来ないけど良いのか?」
「ええ。それでお願いします」
……敬語止めて欲しいと感じる俺は正常の筈だ。何が嫌で先輩に敬語使われなくちゃいけないんだよ。
俺、紅梨に敬われるようなことしたか?いや、してないはずだ。
「んじゃあ、取り敢えず見習いとして働いて貰えるか?」
「はい」
「ん~、俺等しか居ない時は敬語止めてくれないかな?むず痒い」
「一応、ケジメなので」
……ふむ、なんというか変な感じしかしないな。
「紅梨って何か特技があったりするのか?」
「ナイフ投げくらいですかね」
「……え?」
何処のP○D長だよ。コレで完全で瀟洒になった時点でP○D長2Pカラーって呼ぶことになるな。心の中限定だが。
もしかしたら、勇者召喚に巻き込まれた影響で何かしらの能力があるのかも知れないが怖いから聞かないでおくことにしよう。怖くてしょうがない。
『キャアアアアアアアアアァァァァァァァァァ……』
「……隣の部屋からの声が普通にホラーだな。向こうの世界だったら七不思議になってそうな」
「そう言えば、あの学校の七不思議って聞いたことがありませんね」
「ふむ、確かに。調べたら何かしらあったのかも知れないけど、別に調べる程の事でもなかったしな」
「此処にメイド長とかいるんでしょうか?漫画とかではメイドが沢山いるなら、メイド長がいるのが普通の気がするんですが」
「ああ、紅梨が初めてのメイドだから。メイド長は紅梨になるな」
「……そう、なんですか?今まではどうやって綺麗に保ってきたので?」
「兵士が報告に来る時に何故か綺麗にしてくれるからな」
……アレは一体なんでなんだろうか?気になって夜は眠れるけど、昼は眠れない。まあ、仕事中だから寝られないで当たり前なんだがな。
まあ、それにしてもあの兵士達の報告後の通り道は必ずと行って良いほど綺麗になってるからな。
……もしかしてスライムってのは通り道が綺麗になるっていう特性があるんだろうか?そうだとしたら、スライムを清掃要員にしたら良いんじゃあ無いだろうか。
ふむ、考えておくか。




