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第六話 人形と約束と歯車仕掛けの神(Deus ex Machine)

中二展開注意。

 カキィィィン!!


「平賀殿、下がるでござる!!」


 すでにそれは、俺の目では見えない位置にあった。固まった姿勢のままの、俺の首筋にひやりとした感触を感じる。恐らく、そこにある物は冷たい刃。俺が少しでも体を動かしたなら容赦なく首を切り裂いていくだろう、冷たく研がれた鎌。

 その鎌は、いつかと同じように刀で受け止められていた。刀を握るのは司。鎌を握るのは乱入者。

 一瞬の均衡の後、乱入者は刀に受け止められた鎌をそのままにもう一方の手を動かす。その先にある物もまた、鎌。先ほどと同じ速度で空気を切り裂くそれは、瞬きを持って司の首に接近する。


「ッ! シッ!!」


 刀を封じられた司はそれに対応することができない。仕方なく刀で応ずることを諦め、鎌よりも尚速い神速の蹴りを人形の胴に叩きこんだ。それと同時に、僅かに肩を動かして刀をずらし、鎌を外す。一方で、バランスを崩した乱入者はそれでもなお司のズボンを切り裂き、その勢いのまま後方へと飛び退いた。空を舞うその虚ろな瞳が、司の事を見つめ続けている。


「ッ! キャアァァァァア!!」


 それらは全て一瞬の出来事。俺は体を動かすこともできず、その動きを目で見ることが精一杯だった。一拍の後、乱入者が優雅に着地し、同時に次美が叫び声を上げる。それでようやく俺達の時間が動き始めた。


 部屋の奥へと飛んだ乱入者。その髪は青く、手足はあり得ないほどに整っている。しかしその髪や肌は人の物とは言い難く。その瞳はただ何も映さないガラス玉。

 ――間違いなく、あの『首刈り人形』だった。

 彼女はただ、何事も無かったかのようにその場に佇む。先日と違う点はただ一つ。一挺だった鎌が、両の手に握られて二挺になったということだった。一挺で司と均衡したというのなら、二挺であれば司を超えられる。短絡的でありながら、確かにその効果はあった。

 今までのような一方的な狩りではない。この人形は確実に、司との戦いに備えてきていた。


「……」


 人形が再び疾駆する。司の首。司の首、司の首。首。首。首。首。

 先日の倍となったその斬撃は全て司の首だけを狙って行く。それらはすべて必殺であり、司が刀を動かす手を一瞬でも緩めれば一つの首が宙を舞うだろう。司はただそれを防ぎ続けた。


「ハァ!!」


 らちが明かないと感じたのか、司が気合い一閃、全力の斬撃を持って反撃に転じる。人形の鎌が司の髪を僅かに切ったが、それでも司はひるまない。


「……」


 人形はその斬撃をかろうじてかわす。再びバランスを崩した人形に、今度は逃げる暇を与えず司が反撃へと移った。


「っふ!」


 司の動きが変化する。それは切断から貫く動き、線から点へと。それは圧倒的な手数となり、人形をはちの巣へ変えんと迫る。司の後ろに立つ俺には、それがまるで刃の壁となったように見えた。


 キキキキキキキキキキキキキキキキン!


 しかしその圧倒的な手数は、二挺の鎌によって防がれていった。鎌が踊り舞い、刀を逸らし受け止め、確実に捌いていく。否。少しだけ人形の服が切れていく。しかしそれだけだ。決して致命的なダメージを与えているとはいえない。


「く!」


 シャッ!


 限界が来たのか、司が苦し紛れに横に斬る。今までで最も鋭かったそれは、体をひねりながら宙を飛んだ人形のスカートを少し切っただけで終わった。

 再び人形が距離を取り、俺たち全員をその視界に入れた。ただの空洞のような人形の瞳に、思わず俺の体が固くなる。――やっぱり、人形の目線が、怖い。


『(ザ、ザー、ザザ……)あーあー、聞こえるかな?』


 動かない人形に全員が集中しているところに、僅かなノイズと男の声が響いた。それは、昨日少しだけ聞いた男の声。この人形の、持ち主。


『さて、初めましてと言っておこう。僕がこのチエの主人だ。今日は僕のチエが完成する瞬間を見たくて、こんな仕掛けをつけてしまったよ』


 誰もが押し黙った静寂の中、ノイズ混じりの男の声が響き渡る。見れば、人形は首のあたりに小さな機械が取り付けられていた。カメラのレンズと、スピーカー。恐らく、何処か遠くからこの機械を通して見ているのだろう。


「お主が首刈り人形の主でござるか。……率直に聞くでござる。それの完成とはどういう意味でござるか?」

『ああ、君が例の少年か。へぇ、遠目に見た時よりも随分とかわいいじゃないか。しゃべり方も面白いね』


 明らかに怒っている司の質問を受けても、男はそれに答えない。ずっと一人でしゃべり続けている。


「……質問に答えるでござるよ。人形の完成とはどういう意味でござる? 人の頭を集めていたのは、全てそれのためでござるか?」

『うん、せっかくの完成祝いだ。いらない物は全部消すつもりだったけど、君だけは僕の所有物にしてあげるよ。そうだな、手足の腱を切って着せ替え人形にしようかな。君なら女の子の服も似合うだろうし。ああ、楽しみだ』


 司の声は恐ろしい程に冷たかった。静かに、ただ静かに怒りを湛えている。司から感じる気配に、後ろに立つ俺の方が怖くなってきていた。

 しかし、それでも男は質問に答えない。俺はその言葉を聞きながら、この男がどういうような人間なのか、理解しつつあった。

 つまり、この男は人を人として見ていないのだ。

 司にしろ俺達にしろ――そして被害者たちにしろ。こいつは、そういう人たちを『モノ』として見ている。むしろ、自分以外の人間を全て見ていないと言うのが正しいかもしれない。そんな独りよがりな人格が、男の声から伝わってくる。ノイズ混じりの声以上に、この男の存在が気持ち悪かった。


「……」

『おや、声が聞こえなくなった。そうだね、僕は自分の物を大切にする性格なんだ。だから君も大切にしなきゃだめだね。ええと、なんだっけ? チエの完成がどういう意味かって?』


 男はあくまでも自分のペースで語り続ける。正直もうこいつの声を聞いているのは嫌だったが、俺も少しだけ興味があった。今までの被害者の頭をどうするつもりだったのか。

次美の頭を、どうするつもりなのか。


『完成って言うのは、文字通りの完成さ。僕のチエは未完成なんだ。まだ完成していない。完成させて初めて、僕は神になるのさ』

「……それは、『完全な人形』を目指すということでござるか? 感情を持った人形を。生憎でござるが、、それではいくら人の――」

『は? 何を言ってるんだ? 感情? 人形に感情なんているわけないだろ』

「――、お主、一体何を……?」


『僕が目指してるのはただ僕だけに従う完全な人形だよ。感情はいらない。だって、感情とかがあったら、僕の言うことを聞かないじゃないか。僕を嫌うかもしれないじゃないか。僕は、僕だけに従って、僕だけに笑いかける人形が欲しいんだ。――そのために、表情豊かな顔を、頭を集めているだけだよ? そこの少女が持っているあの表情。あれをチエに付けて、僕のチエは完成するんだ』


「――――っ!!」


 その男の言葉に、次美は俺の後ろで声にならない悲鳴を上げていた。

 あの人形に次美の顔をつけられ、その人形がこの男のために笑いかける。あの、次美の笑顔で。――それは、想像するだけで嫌だった。

 俺は動かない体に抗いながらも、出来る限りの声で叫ぶ。


「この野郎……! テメェなんかに、次美を、次美の顔を取らせるもんか!」

「……正直、あまり話が見えていないんだが。……これが敵で、田沼が狙われていることは分かった。……悪いがな。やらせはしないぞ」

「拙者も同感でござる。どんな理由があろうとも、次美殿を渡すつもりはないでござるが。――拙者、お主には全く同情できぬ。疾く消してやる故、首を洗って待っているでござるよ」


 俺の言葉に、いつの間にか横に立っていた源六が続いた。俺と同じように次美をその背に隠して、体を半身に構えている。普段は静かな源六の瞳には、燃えるような闘志。源六もまた、怒っているようだった。

 司も俺達に同調する。俺の前で刀を構えるこいつの顔を伺うことはできない。しかし、雰囲気だけはその背中から伝わってきていた。源六の身から炎が立ちあがっているとするならば、司は冷気。凍りつくほどの殺気が、俺達にまで伝わってくる。普段の温かい司とは、全く違った。


『……どうしてこう、ヒトは僕に敵意を向けてくるんだろう。僕はただ人形を作ろうとしているだけなのに……。でもまあいいか。どうせ、チエが完成すればもう関わらなくなるんだし。――さあチエ。早くあの首と彼を連れて来てくれ。そして二人で完成を祝おう!』


「りょうかいしました、ごしゅじんさま」


 男の言葉に、ただ淡々と人形が答える。感情を持たない人形は、ただ主のために。

 ――そして、戦いが始まった。




 人形が駆ける、跳ぶ、跳ねる。狭い部屋という空間を最大限利用して、上下左右前後全ての方向から現れ、鎌をふるう。


「ちぃ!!」


 カキィン!

 司の身を掠めるようにして黒い影がすれ違うたび、金属が撃ち合う音が鳴り響いた。それでも、司の学ランに傷がつく。完全には防げていないのだ。

 元々脚力に優れた人形だったのか。ヒットアンドアウェーに切り替えた人形の速度に、完全に司は置いてけぼりをくらっていた。司が刀を振るっても、すでに人形は別の場所へと離脱しているのである。


「……」

「っく! ちょこまかと……!!」


 いや、司とて捉えきれていないわけではない。しかし、司の得物は刀。ただでさえ、彼の身長に比べると長く見える代物である。いかに司が剣の達人であったとしても、人形の鎌よりも長いその刀が、室内と言う限られた空間では足かせになってしまっている。

 それに対して、人形は壁や天井を利用して加速していく。一歩、また一歩と司は追い込まれていっていた。


「司!!」


 俺は思わず叫ぶが、今の人形の姿をほとんど捉えられない俺には何も出来ることがない。俺と源六、そして次美は部屋の片隅に集まり、ただ司の奮闘を見ているしかなかった。

 俺と源六は壁を背にし、その間に次美を囲んでいる。僅かながらにでも、彼女を人形に襲わせないためだ。もし人形がこっちに向かってきても、この位置なら最大の速度で突っ込まれることがない。

 それでも相手は化け物。本気で殺しに来たならば、あっという間に俺達の首と胴は離れてしまっていただろう。まだそうなっていないのは、単にあの男の慢心と、司がうまく位置どってくれているからに他ならない。


 事態は非常に芳しくない。しかし俺達には耐えるしかなかった。


「平賀殿!」

「なんだ司!」


 しゃべる余裕もないであろう司が、僅かな隙を見つけながら俺達に声を飛ばす。


「ここはしばらく拙者が食い止める故、平賀殿たちは―――」

「バカ野郎!」


 俺は司が何を言おうとしているかを察し、その声を遮った。その言葉だけは、言わせてはならない。


「お前も俺たちと一緒だって言っただろう!? 一人になんかさせやしない! ああそうさ、俺たちは一蓮托生なんだからな!」


 俺の言葉が部屋に響き渡る。何処かで鼻で笑うような音がした気がした。しかし俺は、否、俺達はいたって本気である。此処にいる全員が、司を一人にしないと目で語っていた。

 その俺達の気配を察したのか、司の口が少しゆるんだのが俺には見えた。


「違うでござる! 平賀殿たちはこのマンションの外に……広い空間に出て欲しいでござる!」

「広い空間……!?」

「左様!」


 シャ、カキィン!


「壁がなければこ奴もこれほど厄介に動けぬでござるし、拙者も思う存分刀が触れるでござる! 拙者がこ奴を引き受けている間に、平賀殿達だけ移動してほしいでござるよ!」


 人形の攻撃を何とか受け止めながらも、司は大きな声で叫んでいた。それは現状を打破するための一手。決して逃げるわけではない。


「うちのマンション、前に公園があるわ!」

「なら、そこがいいでござる!」


 次美の言葉に反応し、僅かに目をこちらに向ける。そしてそのままそれを肯定した。

 しかし、俺には一つ心に引っかかることがある。


「……でも俺らが離れてる間、お前は、」


 ――一人ぼっちになるじゃないか。

 そこまでを言おうとして、司が微笑んでいることに気がついた。その顔を見た瞬間、俺は何も言えなくなる。


「大丈夫でござるよ、平賀殿」


 シャシャシャ! ズバッ!

 一閃、また一閃。視界を何かが横切るたび、司の服が切れていく。もう、その学ランはボロボロだった。そんな中でも、司は倒れない。喚かない。ただ、微笑みを湛えつづける。


「拙者、今は一人ではござらん。拙者の後ろには平賀殿たちがいるでござる」


 その言葉が、俺の胸に突き刺さった。


「……わかった! 俺らは公園に向かう! 必ず後で来るんだぞ!」


 俺達三人はお互いの顔を見ると、次美を先頭にして玄関へと向かった。その後に俺、源六が続く。


「……」

「させないでござる!!」


 リビングから出る瞬間人形がこちらに向かってきたようだったが、司が今まで以上の速度でそれを迎え撃つ。幸い、リビングから玄関までは細い廊下があるのみ。俺達三人は底を一気に駆け抜け、表へと飛び出した。




 マンションの非常階段を全力で駆け下りる。倒れないように気を使いながら、出来うる限り早く。後ろから人形が追って来る気配はない。司がうまくやってくれているのだろう。

 目的の公園はそれほど大きいものではなかった。端っこの方に遊具があり、全体的に広い空地のような空間である。すっかりあたりは暗くなり、設置された街灯が照らしていた。

 この時間だからだろうか。子供どころか、人っ子一人見かけない。


「ここなら大丈夫か!?」


 俺達はその公園の中心付近に立ち、周囲をうかがう。木々も少ないその都会のオアシスは、確かに先ほどの部屋に比べて広く、遮蔽物も少ない。ここならば、あの人形の動きが封じられるだろうか。


「……ああ、ここならあの人形の動きも抑えられるし戦間も剣が振りやすい。……ただ、なにもない分だけ田沼を守る場所が難しいな。……あそこのトイレを背にしていたほうがいいだろう」


 俺の言葉に、源六が作戦をまとめる。その目線の先には、確かに四角い建物が設置されていた。源六の言うことなら、恐らく間違いないだろう。

 次美を背に、俺と源六はマンションの方へと向き直った。


「司―――!!!!」


 俺はあらん限りの声で、司の名前を呼ぶ。あの部屋はもう窓ガラスがなかったし、司ならきっとこの声を聞いてくれるはず。

 事実、その俺の声に反応したであろう人影が、マンションの四階辺りから飛び出してきた。一瞬遅れて、もう一つ、影が飛び出してくる。


 黒い影は地面に着地した瞬間、その勢いそのままにこちらへと駆けてくる。それが司だと思って安心していた俺は――


「……均! それは違う!」


 源六の声に、思わず体をすくめてしまった。街灯に一瞬照らし出されたその人影は、ひらひらとした衣服を身にまとっている。その姿は、司ではない。


「しまっ―――」


 メイド服を身にまとった人形が俺に急接近する。速過ぎてその顔は確認できないが、影の手がきらめくのは分かった。司にしては短すぎる得物。俺の首を刈らんとする、刃。







「平賀殿―――――!!!!!」







 遠くから司の声が聞こえてくる。







「――!!」








 後ろからは息をのむ声。次美か?






 再び、俺の時間が延びていく。







 ああ、確かに目の前にいるのは首刈り人形だ。







 虚ろな瞳が俺を見ている。







 それだけで、俺の体は石のように硬くなった。







 振り上げられている、右手の鎌。







 それは奇しくも、昨日の夜の再現のよう。







 俺と人形の距離がなくなる。









その瞬間に――






 人形よりも尚速く、俺の前に躍り出た人物がいた。その長身を折りたたみ、大地に伏せるように構える男。名を、松平 源六。その男――


「―――!」


 弥十八流やそはちりゅう古武術次期継承者である。


「……弥十八流古武術、陸闘、千波」


 ゴッ!!

 源六の両腕が高速で霞む。次の瞬間、振りかぶられていた人形の右腕は、多くの陥没ができて弾かれていた。それは、まさに千の波がたたきつけたかの如く。手首があらぬ方向に向いており、その手が使えなくなったのは見るからに明らかだった。手の中にあった鎌は、すでに見当たらない。


 弥十八流古武術。源六の家に伝わる、謎の武術。その発祥は日本で稲作が始まったころまで遡るというが、定かではない。


「うぉぉぉぉぉおお!!」


 源六が間に入って生まれた一瞬の隙をついて、司が全力で駆けてくる。その速度は凄まじく、その表情は鬼気迫るものであり。


「ハァ!!」



 ――その一閃は大地を割らんするほどの威力だった。


ガキィィイン!!!

 態勢を崩していた人形は、かろうじて左手の鎌でそれを防御する。しかしそれしきの壁、この一撃の前には無意味。結果、チエは鎌と左腕を犠牲にかろうじてその一撃をいなしたのであった。


「ッシ!!」


 返す刀で首を狙う司。しかし人形は辛くもその斬撃をかわし、むなしくも宙を薙ぐ。


「っ! 悪あがきを!」


 俺、源六の前に立つ司。髪はところどころ切られ、服も、むしろ切れていない部位がないほどである。その姿はあまりにも痛々しかったが、不思議と出血はなかった。

 誰も欠けることなく、状況が好転する。この空間なら人形の機動力を生かしきれることはないし、逆に司は思いっきり刀を振るうことができる。何より、人形は得物を無くして両腕が使えなくなった状態である。

 ようやく、俺達の勝ちが見えてきていた。


『(ザ…ザザ……)チエ、チエ! ああ、チエ、どうしたっていうんだ? ……ここはさっきの部屋の中じゃないな? 何があったんだ!?』


 あのノイズが走り、慌てた男の声が聞こえてくる。あの人形の速度だ、いくらカメラで見学しようとも、とてもじゃないが目で追い切れなかったのだろう。


「もうしわけありませんごしゅじんさま。ぜんいんそとにでてしまいました」

『全員!? 一人も消してないのか!?』

「はい、ごしゅじんさま」

『へぇ……思ったよりもやるんだな』


 スピーカーの向こうの男は、心底意外そうな声を出していた。確かに、チエの能力をもってすれば、俺や次美だけならあっさり殺されていただろう。しかし俺たちには司がいる。源六もいる。この二人の戦闘力が、あの男の予想を上回っていたということなんだろう。


「申し訳ないでござるが、拙者、お主を許す気は毛頭ないでござる。もうお主の人形は廃棄目前。塵は塵に、人形は人形に。外道は地獄に還す故、覚悟するでござる」


 司が剣を構えなおす。ボロボロの服装ではあったが、その立ち方は威風堂々としていた。

「……同感だ。……成敗致す」


 源六も、俺の横で静かに構えた。この頼もしい二人がいれば、俺たちは負けることはないだろう。

 それなら――


『廃棄、目前? チエ、お前まさか……』

「すいません、ごしゅじんさま。りょううでをそんしょう。せんとうぞっこうはかのうです」

『――――っ!! お前ら……チエになんてことを……!』


 男の声色が変わる。穏やかに話していたつもりであろうこの男の仮面は崩れ。その隙間から、怒気が噴出しているようだった。


『お前らの命より! チエの方が遥かに大切なんだぞ!! もういい、貴様ももういらない! おまえらみんな、壊れてしまえばいい!! チエ、もう遠慮はいらない。首なら後で回収すればいい。そいつらを壊せ!!』


 相手の人形の表情に変化はない。しかしその右腕はひしゃげ、左腕は折れ。武器である鎌も何処かへと弾け飛んだ。五体満足である司や源六が負ける要素はどこにも見当たらない。そう、このままならあの人形は確実に負けるだろう。


 しかし。


「りょうかいしました、ごしゅじんさま」



 ――それならなぜ、俺はこれほどに不安を覚える?



『――僕のチエに、ニンゲンが勝てるはず、ないだろう!?』


 俺の不安を煽るように、男の声が響く。それはまるで、聞き分けのない子供に地球が丸いということを諭すような口調だった。




「……っ!」


バキン!


 その瞬間、俺には何が起きたのかわからなかった。両腕を壊し、静かにたたずんでいた人形が視界から消えた瞬間、俺の前にいた司が凄い勢いで横に飛んでいった。俺の足もとには、司が持っていた刀の切っ先が突き刺さる。

 それは、司が倒されたことを意味していた。


 司が立っていた場所には、いつの間にか人形が立っている。腕をだらんと伸ばしたまま、片足をまっすぐに伸ばした姿勢で固まっていた。その姿勢を見て初めて理解する。


 司は『蹴り飛ばされた』のだと。


 ズササササ!!

 十メートル近くを飛び、地面を滑って行く司の小さい体。ようやく止まったその体躯は、しかし立ち上がるそぶりを見せなかった。ピクリとも動かず、生きているかも疑わしい。


「司!」


『は! あの少年からやったか。よくできたぞ、チエ! これでもう邪魔する奴もいない!』

「ありがとうございます、ごしゅじんさま」


 人形はまるでそこに主人がいるかのように、そこで恭しく頭を下げていた。人の形をした、人でない物。改めて、その存在は化けものだった。


「……! ハッ!」


 あまりの事態に反応できない俺達の中、ただ一人源六が行動を開始する。今までのように守りの体制ではなく、自分から攻撃するように。体を地面に近付け、一気に疾駆する。それは恐らく、ヒトとしては最高の加速。


「ハァァァァァ!」


 ズバッ!

 源六の全体重が乗った、最大最高の一撃。この人形に対するにはもはやこうするしかないのだろう。すなわち、自身の最大攻撃力を自身の最速をもって叩き込み、一撃で仕留める。


「………」


 源六の繰り出した、起死回生の一手。おそらくヒトとしては十二分に速い、その一撃。――しかし、ヒトならざる人形には尚届かぬ速度であった。まるで何事でもないようにその拳を避けた人形は、その足を動かす。


 ドゴ!!


「ガハッ!!?」


 それだけで、百九十を超える体は吹っ飛んで行った。


 ドシャアアアアア!!

 司よりも体重のある源六は、司よりは近い位置に転がる。しかしそれでも、数メートル離れた所まで行ってしまった。


「……ックゥ!」


 司と異なりまだ源六の意識は消えていないらしい。なんとか立ち上がろうと、体をゆすってもがいている。しかし、一向に立ちあがれる様子はない。やはりそのダメージは酷いものらしかった。体を動かすごとに、源六は苦悶の声を上げる。

 ――司に続き、彼もまた再起不能になってしまっていた。


「……」


 唯一人次美の前に立つ俺を、人形の虚ろな瞳が捉える。そのガラス玉は何も映さない。そのガラス玉は何も思わない。ただ、俺を邪魔ものとして排除しようとしている。

 一瞬にして、俺たちの最大戦力である司と源六が無力化された。さっきまであったはずのアドバンテージは、しかしその僅か数瞬で無くなった。


(『――僕のチエに、ニンゲンが勝てるはず、ないだろう!?』)


 俺は人形の視線に体を強張らせ、震えさせながらその言葉の意味をようやく理解する。つまりは、どれほどに鍛錬を積んでも、人間という肉体の限界がある以上、『人形』という存在には勝てない。そういうことなのだろう。


「……均……!田…沼を、連れて、逃げろ……!!」


 源六の声が聞こえる。

 逃げる?

 いや無理だ。こいつに背を向けたら、その瞬間に吹き飛ばされるだろう。

 戦う?

 二人が負けた相手にか?

 勝てるはずがないだろう。


 それ以前に、俺の体が動かない。人形の目線。そうだ、俺は人形の目が怖いんだ。あの日。家にある倉に入った時。あの中で、幾百の人形の目に視られてから。体が強張る。足が動かなくなる。のどが渇く。それが、俺という存在だった。


「……ねぇ! 私の首がほしいんでしょ! 私は大人しく捕まるから、皆は見逃してよ!!」


 次美が後ろで大きな声を上げる。その声は震えていて、強がっているのは明らかだった。


『……ダメだね! そもそも僕は僕の邪魔をしたやつが嫌いなんだ。おまけに、そいつらはチエを傷つけた!! 許せるはずがないだろう!? そいつらを全員殺してからでも、十分君の首を刈り取れるしな!』

「……! この、人でなし!」

『そうさ、僕は人じゃない! 神なんだよ、神になるんだ!』


 男の声が聞こえる。次美の泣く声が聞こえる。俺はいつしか、二人の声が遠のいていくのを感じていた。


 あの日。俺は婆ちゃんの隣で泣いていた。病院に入るのを最期まで拒み続けた婆ちゃんの、布団の横で。

 涙を流す俺に、婆ちゃんは仕方ないわね、と言って微笑んでいた。自分の命よりも俺の事を最期まで心配する、大好きな婆ちゃん。そして、婆ちゃんはこう言った。


「私より、長生きしてね…………でも」


 俺は婆ちゃんのその言葉に頷けなかった。婆ちゃんがいなくなったら、俺一人じゃ生きていけないと思っていたから。そのまま、自分で死のうとすら思っていた。それでも源六や次美のおかげで、少しずつでも生きてきた。婆ちゃんの約束も、果たせると思っていた。


 人形への恐怖。婆ちゃんとの約束、源六や次美――――








「…………………それが、」


 俺が、生きていた理由。――生かされてきた、意味。























「――――それが、どうしたああああああああああ!!!」


――その時俺は確かに、何かが砕ける音を聞いた。


 足が動く。体に力が満ちる。俺はゆっくりと、目の前にいる死神の目を見据えた。ガラス玉のようなその瞳、しかし感じるのはそれだけだ。決して、体が固まったりはしない。


 人形に勝てない? それがどうした。 元より勝つつもりなんてない!

 人形が怖い? それがどうした。 大切な人を失うほうがもっと怖いさ!

 約束を破る? それがどうした。


 ――婆ちゃんも言ってた。本当に、本当に最期の言葉。


「……でも、どうしても必要な時があるなら……仕方がないわね」


 そう言って微笑んだ婆ちゃんの顔は、忘れない。




 男なら……今が死に時だ!





「均!」


 次美が後ろで叫ぶ。……ごめん、やっぱり俺には守れないかもしれない。でも勘弁な。


「……均……!」


 源六がうめく。源六、お前はやっぱすごいな。こんな相手に恐れずに戦えるんだから。


「……」


 寝ている司を、ほんの少しだけ見る。

 ――司。たった一日の付き合いなのにお前とは何だかもう何年も一緒にいたような気がするよ。楽しかった。

 ありがとうな。


「うぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!」



 俺は全身で咆哮する。血液が湧きあがる。魂が震える!

 体の動かし方なんてほとんど覚えていない。拳の握り方なんてすでに適当だ。喧嘩なんて、ここしばらくやってない。

 それでも―――


「おおおおおおおおっ!!!」


 拳を握り、全力で人形に向けて放つ。




 ――人間をなめるなよ、こんちくしょう!!!!




「……」


 スッ

 俺の全力の一撃は、しかし人形が軽く体を動かしただけで簡単にかわされてしまった。そのまま、俺の体はガラ空きになる。そして――その胴を、人形の脚が穿つ。


「グフッ……!」




 ――ああ、畜生、痛えな。




 ……ドゴン! ズシャ

 俺は後ろに吹き飛ばされてトイレの壁にぶつかり、膝をついて倒れた。全身が叩きつけられ、ばらばらになるような痛みが襲う。意識があるのは幸か不幸か。


「均!均!」


 ――ちくしょう。泣くなよ次美。まだ立てるからさ。

 足に力を入れる。がくがくと震えているが、それでもまだ反応してくれている。腕も、まだ何とか使えるようだった。


「まだ……まだ、……だぜ、この野郎!!」


 立ち上がる。見よう見まねのファイティングポーズ。それはどんなに滑稽だろうか。どんなに見苦しいだろうか。それでもここだけは譲れない。

 少しでも時間を稼げば、司が立てるかもしれない。少しでも時間を稼げば、司が言っていた援軍が来るかもしれない。それでどうなるかわからないが、事態は変化するかもしれない。現状でどうしようもないなら、それに賭ける。


 他人任せだ。でも、それでいい。――俺に出来ることなんて、限られてるんだからな!!


『チエ、どうしたんだ?』

「いえ、もんだいありません、ごしゅじんさま。へいきんてきなおとこがまたたちあがっただけです」

『ほう、チエの攻撃を受けて立てるとは……しぶとさだけはすごいな。ま、それでも僕の人形には勝てないんだから、大人しく寝てればいいのに。ああ、それもできないくらいバカなのか。死ねばいいのに』


「ああ、俺はバカかもな! だからこそできることが俺にはある!」


『は! 世迷い事を……!』


「ふむ、確かにバカだからって、開き直ってそこで殴られてても何の意味もないと思うでござるよ」


 …………。

 俺と人形、そしてあの男。その会話に紛れ込んできたのは、聞き覚えのあるソプラノの声。場にそぐわない、何処かぬけた明るい声。


「ん? 拙者の顔に何かついているでござるか? そんなに見つめられると、その、て、照れるでござるよ」


 いつの間にか立ちあがっていた司が、俺の横で顔に手を当ててくねくねしていた。その空気を読まない司っぷりに、思わず俺は額に青筋を浮かべる。


「司! お前何をやって……いや、いつから!?」

「ふむ? 平賀殿が生まれたばかりの小鹿のように立ち上がった所からでござる。なんか盛り上がっていた故邪魔するのは忍びないと思い、黙っていたでござるよ」

「ああチクショウ! 本当に微妙なところで空気読む奴だな、お前は!?」


 確かに全力で頑張って盛り上がってたさ。テンション駄々上がりだったさ! お前が立ちあがるまでがんばろうってな!


「照れるでござる」

「褒めてない!」


 顔を赤くしている司を見て、俺はあきれると同時に心底安心した。

 ――こいつがいれば、何とかなる。そう思ってしまう俺がいた。


『ヤレヤレ、君も立ちあがったのかい? 思ったよりもチエの攻撃が弱かったのか……まあ、一度倒した相手だ。問題はないか』

「……いや、その人形の蹴りは中々効いたでござるよ? むしろ、そのあとすぐ立ち上がった平賀殿にびっくりするぐらいでござる。拙者でも修復に時間かかったでござるのに」


 司が男の声に静かに答える。その表情もまた静かに。再び、司は戦士へと戻っていくようだ。

 ただ俺は、今の司の言葉の何処かで妙に引っかかった。『修復』? 休む、とか治った、とかではなく、修復?


「所でお主。さっきから平賀殿のことをバカだバカだとバカにしてるようでござるが―――」


 俺が妙な疑問に心奪われている間に、司は話を続ける。その身に似合わないほどの強力な殺気が、辺りの空気をピンと張りつめさせる。


『……なんだ?』

「確かに平賀殿は周りもあまり見ていないバカでござる。相手と自分の実力差も考えないバカでござる。そのくせ、賢く生きようとしてるバカでござる」

「……てい!」


 ポコッ! 「あいた!」


 自分でも賢いとは思っていないが、さすがにそこまで言われるとさすがにムカつく。俺が司の頭をたたくと、司は涙目になって俺を見てきた。


「さ、最後まで聞くでござるよ! ……こほん。とにかく平賀殿はバカでござるが。拙者、そうやって生きているバカのほうが、人間らしくて大好きでござるよ」


 張りつめた空気が、一気に緩む。司の太陽のような笑顔が、暗い公園を照らし出しているようだった。思わず、俺も顔を赤くする。


『は? バカが好き? そうか、君もやっぱりバカなのか』

「バカで結構。拙者、人間らしいと言われるのがプリンよりも何よりも好きでござるよ。ヒトは誰かを守るために、普段以上の力を使って立ちあがる。それが出来ぬ、わからぬ人形は、いつまでたってもヒトに勝てないでござる」

『何言ってるんだ? 現にお前もチエに負けてるだろう?』

「確かにこの状態では負けたでござる。しかしそのチエという人形……別に大した強さじゃないでござるよ? 戊辰戦争の時にはもっと強い人形がうじゃうじゃいたでござる」


 ……戊辰戦争。その話は司から聞いていたが……何か妙ないい方だな? まるで、自分で体験してきたみたいな……。


「一番酷かったのは、覚えている限りで、島原の乱のときでござったな。敵も味方も守るものがあった故、皆死に物狂いでござった。あのときはさすがに拙者も死にかけたでござる」


 ……島原の乱。天草の乱ともいって、三代将軍のとき位にあった出来事……のはず。少なくても、自称高校生の司が生きている時代ではない。


「敵の大将、天草四郎時貞殿は感情を持たないはずの人形でござったが、最後には主人の命令を破って民を守り抜いて散って行った……拙者、彼だけは心から感服したでござる」


 今明かされる、歴史秘話。歴史学者達もびっくりだ。


『……君は何者だ?』


 男の言葉に答えず、司はクルリと俺の方を向く。その様子は、まるでさっきの意趣返しのようだった。そのまま、深刻な顔をして告げる。


「……平賀殿。拙者、今まで嘘をついていたでござる。拙者、実は……。


 男ではないでござる!


 ……びっくりしたでござろう!? 拙者の男っぷりに、すっかり騙されていたようでござったからな!」

「いや、むしろしっくりきた。っていうか、お前が男だって告白された方が信じられないし」


 してやったり、と言うように笑う司。一方で俺の方は冷やかなものだった。思い返せば、こいつの言動は全部怪しかったのだ。見た目も男に見えないし、とてもじゃないが、少女ですと言われた方が安心する。……よかった、俺、まだノーマルだ。


「なんと! 拙者、平賀殿の洞察力を侮っていたでござるな。拙者が実は女であることを気づくとは……びっくりでござる。してやられたでござるな!」


 かんらかんらと笑う司。その輝きが無性にムカつく。……本気でそう思ってたなら、お前の方がすごいぞ。


『僕を無視するな! 君は一体何なんだ!?』


 スピーカーが何か喚いているようだったが、俺の知ったことじゃなかった。

 ――俺はなんとなく、もうこいつの正体に気づいている。さすがに、ヒントが多すぎた。こいつが何か隠しているんじゃないかと疑っていたが、なんてことはない。少し常識から外れてたから見えていなかったのだ。こいつは、そこまで隠し事ができる性格じゃない。



『お主らの方が大きくなったでござるよ!』

『拙者……のご先祖様に命令を下したのでござる』

『姿を消したとも、壊されたとも、いまだに稼働し続けているとも噂されているでござる』

『戊辰戦争』

『島原の乱』


 ……そして、どれだけ傷ついても血の流れない体。




 司は目をつぶり、大きく深呼吸をした。その口から紡がれるのは、その正体。

 ――司は、瞼を開けて満面の笑みを浮かべ、こう言った。


「拙者、偉大なるからくり技師、戦間玄。そして錬金術師、三賀瑠曼らの娘にして始まりの人形、戦間 司改め、戦間 司奈しなでござる。平賀殿、以後良しなに」

「――ああ、よろしくな、司奈」


 始まりの人形。それが答えだった。

 俺は司……いや、司奈の顔をよく見る。笑みをたたえたその顔は、決して感情の無い人形のそれではない。俺が知っている、人間の……司奈の目だった。


『人形……? 君が人形!? 何だそれは、なんで感情がある!? 必要ないだろう……いや、そんなことはどうでもいい! なるほど、人形ならチエの攻撃を受けても無事なのは道理か!?』

「いやいや、さっきから言ってるでござるがお主の人形、それほど強くないでござる。脚力はなかなかのものでござるが、戦う身としては今一つ。せいぜいが雑兵……というか、足の速さを生かした伝令兵ぐらいでござるよ」

『僕の人形をバカにするのか!? 人形ごときが! 僕は神なんだ、神が作った人形が、どこの誰とも知れないやつが作った人形に負けるものか!』


 男の言葉には、すでに理性という物が無くなっていた。己を神とのたまい、それを信じて疑っていない。そもそも、自身が言っていた神になる条件……人形の完成すらしていないというのに。


「ふむ……現実が分からないでござるか。やはり、叩き切るしかないでござるな」


 そう言って司奈はかぶりを振ると、その手に持った刀の残骸を捨てた。乾いた音を立てて、その折れた刀は地面に落ちる。


「拙者、一応一族の最秘奥。最終兵器でござる故、あまり実力を出さないようにしてるでござる。平賀殿、少し離れててくださらぬか?」


 言われ、俺は次美を連れて源六のもとに走った。次美も源六も何が起こっているかわからないような感じだったが、その司奈の力強い雰囲気だけは伝わったらしい。誰も、悲壮な顔はしていない。

 人形の方は、もう俺たちはどうでもいいようだった。ただ司奈だけを見つめている。


『チエ! チエ! ああ、僕の可愛いチエ! あの生意気な人形をスクラップにしておくれ! そして証明するんだ! 僕が作った君が最高であることを!』

「りょうかいしました、ごしゅじんさま」


 チエが構える。いつでも駆けだせるように、力をためている。恐らくそれが放たれた時、司奈の体を矢のように貫くのだろう。それに対し、司奈は手ぶらのまま、目をつぶっていた。いや、口が動いてるから、何かをつぶやいているのか。


「……システム、オールグリーン。最終コード入力:Deusデウス exエクス Macinaマシーナ……コード確認、モード、≪歯車仕掛けの神≫、起動」


 風に乗って、司奈の声が聞こえる。最後の一言を呟いた、その瞬間。


 ゴウ!!!!!

 空気が振動した。怪しげな月が輝いていた大空は暗雲に覆われ、司奈の周りには雷が吹き荒れる。司奈の髪は黒から白へ。その背には、銀白色の機械の――無数の歯車が形作った翼が、六枚広がった。

 俺にもわかる。それが、とてつもない力を持った存在だってことが。歯車仕掛けの神。司奈はそう言っていたが、なるほど。確かにその姿はヒトが考えた神様の姿なのかもしれない。

 ――しかし、俺たちはわかっている。目の前にいるのは、神ではない。……ましてや、人形でもない。そう。コイツは――


「悪いが、拙者この状態になると手加減が難しい故。何せ、触れただけで躯に変えてしまうでござるからな。知り合った人も、これを見ると皆離れていく。ヒトの中にあることを望む拙者としては、あまり使いたくないでござるが……」


 ちらりと、司奈は俺たちの方を見る。俺達はその目線に、精一杯の声援を持って答えた。


「すげーぜ司奈! そのままぶっ飛ばしちまえ!」

「司奈ちゃん……お願い……!」

「……お前ならやれる……!」


 ――コイツは、俺らの仲間だ。怖がる? 俺らが? 怖がる必要なんてない。なんせコイツの本性は、子犬みたいな、プリンが大好きな女の子なんだからな!


「……やれやれ、久しく見なかったバカたちでござるな。だからこそ、出来ることもある、でござるか。……感謝するでござる!」


 シュアアアアア!

 司奈の右腕に、一本の光輝く刀が出現する。今まで司奈が使っていた刀ではない。それは、力強くも儚い不思議な刀だった。


「――村雨、出番でござる」


 イィィィィィィン!

 司奈の声に応えるように、刀が鳴く。とたん、村雨と呼ばれた剣に呼応するように、天空から雨粒が落ちてきた。雨は俺達を、人形を、そして司を静かに濡らしていく。しかし決して冷たくない。穏やかに、俺達は包まれていた。


「さて、覚悟はいいでござるな、人形。この斬撃は――ちと、かわせぬ故」


『チエ、こけおどしだ、気にせずあいつを倒すんだ!』

「……はい、りょうかしました、ごしゅじんさま」


 人形は司奈に向かって走り出す。それはどれほど無意味なことだろうか。もし彼女が人間であるなら、すでに恐怖で脳が焼き切れるほどだろう。彼我の差は明らかである。それは、人類が太陽に突っ込むようなものだ。

 しかし彼女は人形。感情のない彼女は、ただ主の命に従うしか、ない。


「……悲しき人形よ。塵は塵に、灰は灰に。人形は人形へと還るが良い」


 スィン!

 司奈が振るった村雨は、澄んだ音を立てて空気を切り裂き、宙を薙いだ。あまりにもあっさりと、今までの刀よりもさらにスムーズに、抵抗なく流れた刃。ただそれだけで。人形の体には左肩から右の腰までに線が入り、驚くほどあっけなく崩れた。


 ドサリ。雷鳴とどろくその空間で、その音が妙に耳に残った。


『チエ……チエ! どうした、何があったんだ!?』


 落ちた人形の首にかけられていたスピーカーから、男のあわてた声が聞こえる。


「ふむ。チエとやらはもういないでござるよ。お主も後で屠ってやる故、首を洗って待っているでござる」

『――ッヒ!? やめろ来るな――』


 司奈が静かな表情のまま、その機械のカメラに向かって刀を突き刺した。それで、終わり。もうそのスピーカーから声が聞こえることはなくなった。


「ふぅ……」


 司奈が一息つくと、その手から刀――村雨が消える。そしてその背に輝いていた六枚の翼も消え、髪もいつもの黒髪へと戻った。

 荒れていた空も、いつの間にか何事もなかったのかのような静けさを取り戻していた。月がまたきらめいている。


「司奈!」「司奈ちゃん!」


 俺と次美は急いで司奈に駆け寄った。体の痛みなんてすっかり忘れている。俺たち二人は、そのまま司奈に飛びかかるように抱きついた。


「ちょ、ちょ、次美殿、平賀殿!?」

「ああクソ! この喜びをどうやって表現すればいいかわかんねぇ!」


 人形は去った。俺たちは、誰も欠けることなくここに立っている。それは、俺達が望んでいた完全勝利だった。


「ありがとう、ありがとう司奈ちゃん!」


 次美が泣いている。つい数時間前には絶望の涙を流していたのに、今は喜びいっぱいで涙を流している。


「俺たちの勝ちだ! よくやったな、司奈!」

「わ、あ、頭なでないでほしいでござるよ、平賀殿! ……わふぅ」


 俺は生きている。昨日も今日も何度も死にかけたが、それでも生きている。

 婆ちゃん。俺、まだ生きるよ。まだ、婆ちゃんほど生きられるかわからないけど。精一杯生きる。

 ――だから、見ててくれよな。


「平賀殿……その、拙者……」

「ん、どうした?」


 しばらくなでられるままにまかせていた司奈が、恐る恐る言葉を口にする。その顔が若干、赤くなっている。


「拙者……おなかすいたでござる」


 くぅ、という音とともにそう司奈が呟いた。……そう言えばカレー食べてる途中で出てきたんだっけ。気がつけば、俺も腹が減っていた。



「そうだな。どっか食べに行く……のはこの時間だと厳しいか? うちのカレーを温めなおすか!」

「あ、私も行っていい? 私もうおなかぺこぺこなの!」


 あははははは。

 満点の星空の下、ボロボロの服で、それでも笑いあう俺ら。後のことを考えるといろいろと面倒くさそうだが、今だけはこれでいいだろう。




「……盛り上がってるとこごめんなさい?」




 ……!!!

 俺はその声に反応し、振り向く。そこには、スーツを着た妙齢の女性が立っていた。つり目で気の強そうな、ショートカットのキャリアウーマン風の女性。


「悪いけど、まだハッピーエンドには早いわよ?」


 突如として現れたその女性は、そう言ってにやりと笑った。







 ちなみに。


「……誰か……手を貸してくれ……!」


 源六が少し離れたところで立とうとしてもがいていることに、俺達は誰も気づかなかった。こいつが立てたのは、もう少し後の事である。




後閑話一つとエピローグです。

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